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「夕凪の街 桜の国」 「この世界の片隅に 上・中・下巻」こうの史代、双葉社

お気に入りの女性漫画家・こうの史代氏の代表作で、原爆と戦争をメインテーマにした意欲的かつ良心的な傑作です。

「夕凪の街 桜の国」は映画化もされた作者の出世作であり、心の奥に深く染み込むような名状しがたい感動を残す、印象的な作品です。 素朴な絵柄とほのぼのとしたユーモアによって、これほど暖かく淡々と描かれた原爆物は珍しいでしょうし、これほど痛切に原爆の悲惨さと残酷さを浮き彫りにした作品もまた珍しいでしょう。

この作品から受ける名状しがたい感動は、コマ構成の巧みさに加えて、素朴でほのぼのとした絵柄と、それによって語られている物語の悲惨さ、テーマの深刻さのアンバランスさによるところが大きいと思います。 これらはマンガという表現形式の特徴を生かしたものであり、他の表現形式で同じような効果を上げるにはかなりの工夫がいるでしょう。 この作品を実写で映画化した作品が、原作に比較的忠実に映画化されているにもかかわらず、単なるお涙頂戴物のような作品になってしまっているのを見ても、この作品における表現形式の重要さがわかります。

その意味でも、この作品を「マンガ界この10年の最大の収穫」であり「マンガ史にまたひとつ宝石が増えた」と評した、みなもと太郎氏の言葉には大いに同感です。

「この世界の片隅に」は広島の近隣の軍港であった呉を主な舞台にし、第二次世界大戦前後の市井の人達の生活を暖かい眼差しで淡々と描いています。 この作品については作者が、

「『夕凪の街 桜の国』で描き落とした時代や事柄を描きたかった」

と語っています。

これは僕の勝手な想像ですが、この作者は日常の細々とした事柄を描くのを得意にしているため、「夕凪の街 桜の国」を描くために戦争と原爆に関する色々な資料を調べ、自分なりの世界観を構築し、その世界で生活する人達のことを相当具体的にイメージしたのだと思います。

そしてその中から最も印象的な人物とエピソードをすくい上げ、その世界のエッセンスを凝縮して短編にまとめたのが「夕凪の街」であり、「桜の国」ではないかと思います。 だからこそ、これらの物語に登場するキャラクター達には不思議な存在感があり、名状しがたい余韻を残すのでしょう。

ところがその世界に入れ込むあまり、作者にとっては本当に実在する世界のようになり、その世界のことを描かずにはいられなくなったのではないでしょうか。 物語に憑依されて自動書記に描いた作品がたまにありますが、「この世界の片隅に」もその一種であり、自ら構築した世界に憑依され、やむにやまれずに描いた作品のような気がします。

そのためこの作品では戦争中の庶民の些細な日常生活が、まるで実際に体験したかのように丹念に描かれています。 それを読むと、歴史は些細な日常の積み重ねであり、その担い手は名も無い庶民なのだということを実感します。

その些細な日常生活の物語が、まるで御伽噺のような素朴な絵柄で、ほのぼのとしたユーモアを交えて暖かく淡々と描かれているからこそ、逆に戦争の理不尽さと悲惨さが浮き彫りにされ、物語のクライマックスにおけるヒロインの慟哭が胸を突きます。 これほどの悲劇を描きながら、それでもなお読後感として暖かい希望を感じさせるのはこの作者ならではのものであり、戦争物として稀有な作品といえるでしょう。

ちなみに作者は理学部出身であり、この作品の主な登場人物の名前は元素名にちなんで付けられています。 同じ理学部出身の僕としては、こういった遊び心は嬉しい限りです。v(^_-)

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「ニタイとキナナ」高室弓生(タカムロキミ)、青林工藝社

おそらく日本で唯一の縄文時代専門の漫画家・高室弓生女史の、縄文時代のホームドラママンガ(^^;)です。 縄文時代のごく普通の人達の生活を、専門的な知識に裏打ちされた緻密な考証で実に淡々と、そして生き生きと描いています。

作者にとって縄文時代はほんの一昔前のような身近な時代であり、この作品の登場人物達は丘ひとつ超えた隣村に住んでいるような身近な存在なのでしょう。 そして驚くべきことは、三内丸山遺跡が有名になるかなり前から緻密な考証と豊かな想像力だけでこのような見事な縄文世界観を作り上げ、それを基にした作品を描いていたことです。 作者によると、三内丸山遺跡が有名になる前は研究者や考古学マニアからやたらと作品を批判されていたのに、三内丸山によって縄文時代のイメージが変わってからは批評がパッタリと来なくなったそうです。

縄文時代ファンの僕は、この時代を背景にした荒唐無稽ではない物語を読みたいなぁ…と何となく想像していたものがこれほど見事な作品として実現していることに驚き、この作品を見つけた時は随喜の涙を流して喜びました。

縄文時代のことを知りたい人は、特に縄文時代の普通の庶民の生活を知りたい人は、考古学者が書いた難しい本よりも、このマンガを読むことを強くお勧めします。 v(^_-)

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「最終兵器彼女 1〜7巻」高橋しん、小学館

一言でいえば、男が描いた男のための少女マンガです。(^^;) 出世作「いいひと」でほのぼの系の連載をしていた作者が、数巻で完結するまとまったストーリー物、それもラブストーリーを描きたくて始めたところ、描いていくうちに物語に憑依されてしまい、あれよあれよというまに7巻にもなってしまったとのことです。

こういった、物語に憑依されて自動書記的に書かれた作品には圧倒的な熱気と勢いがあるため、読む方もついつい一気読みしてしまいます。 この作品もほとんど徹夜気味で一気読みして、久しぶりに泣けるほどの感動と深いトリップ感を味わうことができました。

読後感は、作者も作品世界も全く違うのに、日渡早紀の憑依型名作「ぼくの地球を守って」と不思議なほど似ていました。 純愛を突き詰めると、最終的に女は菩薩というか聖母というか、とにかくそういったところにまで上り詰め、男はその懐に抱かれて安らぎを得るというところが似ているのかもしれません。

そういえば前田俊夫のやはり憑依型の名作「うろつき童子」も、あれほどエログロな物語なのに、最後はヒロインが女神か聖母のような存在になり、ヒーローは文字通りその子宮に生まれ変わりとして戻っていきます。 欧米にも聖母マリア信仰はありますが、こういった物語はあまり見かけませんので、これは母性神話世界(恵みをもたらす母なる自然)を崇拝する農耕文化圏独特の物語なのかもしれません。

ただこの作品でちょっと気になったことは、恋愛感情のリアルさに比べ、戦闘シーンがまるで絵空事(というよりも、オママゴトに近い(^^;))のようにリアルさを欠いていることと、今はここまで極限状態を設定しないと純愛が描けないのかもしれないということです。

そのあたりのことは作者も十分わかっていて、主人公達の恋愛感情以外のものは意識的に曖昧に描くことによって、幅広い読者が主人公達に感情移入しやすくしたと言っています。 その狙いはもちろんあったでしょうが、本音を言えば、物語に憑依され、主人公達にあまりにも深く感情移入してしまった作者にとって、主人公達の恋愛感情以外のものはほとんどどうでもよくなっていたのでしょう。

まあそれはそれとして、とにもかくにも、ちせちゃんは可愛いっ!!(^^)v

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「あの頃マンガは思春期だった」夏目房之助、筑摩書房

マンガコラムニストの夏目房之介が、自らの青春時代の思い出とその時に読んだマンガを語ることにより、マンガが青春メディアとして立ち上がった時代と、その時代のひとつの青年像−−いわゆるマンガ青年と呼ばれた若者達−−を鮮やかに浮かび上がらせたエッセイ風マンガ評論です。

僕は著者とほぼ同年代であり、同じ時代を体験し、同じようにマンガ青年でしたので、本書に書かれた著者の心情に大いに共感でき、やたらと郷愁をかきたてられました。 反戦運動、学生運動、ヒッピー、フーテン、アングラ、サイケ、モダンジャズ、フォークソング、同棲、四畳半、マンガ青年……こういったキーワードのいくつかに反応し、暗く重く生真面目だったあの時代を切なく懐かしく、そしてちょっぴりほろ苦く思い出す世代の人には、一読をお勧めしたい本です。

ただし本書に出てくるマンガはかなりカルトなので、よっぽどのマンガマニアでないと知らないものが多いと思いますが……。(^^;)

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「天使のたまご」 「続・天使のたまご」岸香里、学習研究社・ナーシングコミックス

作者の岸香里は元看護婦で、彼女が看護学校の生徒だった頃や、新米看護婦だった頃の思い出をもとにした心暖まるギャグマンガです。 看護婦を対象とした看護専門雑誌に連載された看護婦向けのマンガですが、専門用語や業界用語にはちゃんと説明がついてますので、一般人でも問題なく読むことができます。 業界の内側を知る人はもちろん、知らない人でも、大笑いしながら思わずホロリとさせられること請け合いです。 心優しくけなげで、同時にバイタリティーあふれる天使のたまご達にぜひ会ってやってください。

ちなみに、この作品が一部のマンガファンの間で評判となった結果、「おたんこナース」(佐々木倫子著/小林光恵原案)や「研修医なな子」(森本梢子)といった女性医学物が一般マンガ雑誌にも連載されるようになり、TVドラマ化されるほどヒットしました。

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「ガラス玉」 「ほんのすこしの水」岡田史子、朝日ソノラマ

萩尾望都、高野文子、やまだ紫、柴門ふみなど、多くの女流マンガ家に影響を与えた、『COM』出身の伝説的なマンガ家・岡田史子の唯二(^^;)の作品集です。 今を去ること25年以上前、『COM』に発表されたこれらの作品群を読み、自分でもマンガを描き始めていた当時の僕も強いインパクトを受けました。 しかし、きらめくような才能を持ちながら彼女はなぜか突然筆を断ち、僕等の前から姿を消してしまったのです。 その後、彼女の作品集がまとめられたという噂を耳にし、それを長年探していたのですが、昨年末、ついに古本屋でこの2冊を手に入れました。(^^)v

ボードレールらの詩の一節を引用した、マンガで描かれた耽美的な抽象詩ともいえる作品内容といい、突如として現れ、それまでの常識を破る衝撃的な作品を発表しながら、短期間で創作活動を止めてしまったことといい、彼女は何となくアルチュール・ランボーを連想させるところがあります。

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「まったく若奥様って奴ぁ!」けらえいこ、光文社

女性マンガ家独特の結婚・出産・育児をテーマとした生活マンガは、TVドラマにもなったこの作者の「セキララ結婚生活」や「たたかうお嫁さま」のヒットを契機として、最近ではひとつの分野として確立した観があります。 この作品もそういった系列のもので、明るく素直な下ネタが多く、この種の作品の中では一番のお気に入りです。 行動パターンがうちのカミさんとやたら似てるんですよね。(^^ゞ

ちなみに、けらえいこはルックスも性格もけっこう僕好みなんです。(^^)v

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「恋愛工房」 「あがりっぱなしRomance」藤末さくら、集英社

某パソ通ネットのネット仲間であり、現役の少女漫画家でもある”愛の狩人”藤末さくらさんのアンソロジーで、さくらさんらしいナイーブな感性のラブロマンス物が集められています。 これらのアンソロジーに収められた作品のあるものについては、ネット上で構想を話してくれたり解説してくれたりし、こちらも感想を色々とアップしたりしましたので、やはり感慨深いものがあります。 「あがりっぱなしRomance」の中書きに彼女自身が書かいていますように、色々なことを体験し、大きな変化を経験した彼女が、これからどのような作品を描いていくのか大いに楽しみなところです。

ちなみにこれらの作品集については、ネット仲間であること最大限利用して、著者直々のサイン入り初版本を持っています。(^^)v