玄関小説とエッセイの部屋小説コーナーいつかどこかで

【3.平均値とは何ぞや?】

「じゃあ伴ちゃん、データを要約するってのは、具体的にはどーやるんだい?」
「データによって色んな方法があるけどね、たいていは、まず最初に、データを見やすいようにグラフ化するんだよ」
「グラフ化?」
「うん。 例えばさっきの体重の例みたいに、データが1項目しかない場合には、横軸にデータの値をとって、縦軸にその度数をとった、こんなグラフを描くんだよ」

と言って、伴ちゃんは次のようなグラフを描いた。

度数分布図

「このグラフのことを、『度数分布図』っていうんだよ」
「じゃ、横軸にヤクザの数をとって、縦軸にドスの数をとれば、『ドスー分布図』ってわけね」と、ミミちゃん。
「ミミちゃん、ヤクザ映画の見過ぎじゃないのかい? アラレちゃんみたいな顔して、よく言うよ」

と僕が言うと、ミミちゃんは僕に向かって口を尖らせ、

「どーせ、あたしの顔はマンガ向きですよーだ!」

それから、伴ちゃんに甘えるような視線を向け、

「ポケーッとしてないで、何とか言ってやってよ、伴ちゃん。 友則君がイジメルのよー」
「え? ……う、うん、そうだね、友則、それは間違ってるよ、やっぱりミミちゃんは、ヤクザ映画向きだよ」
「んまっ、ひっどーい!」
「だ、だって、この間の学園祭で、『ある愛の詩』見てた時なんか、まわりの女のコ、みんな泣いてるのに、ミミちゃんだけ、イビキかいて寝てるんだもんね。 隣にいて、恥ずかしくてしょうがなかったよ、僕」
「だって面白くなかったんだもん、仕方ないじゃない。 何よあれ、身分違いだか何だか知んないけど、男も女もイジイジメソメソしちゃってさ。 もっとドバーッと豪快で、バッタバッタ人が死ぬよーなのが好きなのよ、あたしは」
「口直しに、後で、ブルース・リーを観に行ったもんね」
「あれはスカッとして、すっごく良かったわねー。 あーでなきゃダメよ、映画は。 メロドラマなんて、目が腐っちゃうわよねー」
「というわけで、こんなふうに、最初にデータを目に見えるようにグラフ化するってことは、単純なようだけど、ものすごく大事なことなんだよ」
「あのねー! 何が『というわけで』なんだよ、伴ちゃん!」と、僕。
「え? 何か変なこといった、僕?」
「よく、そーコロッと話題を変えれるよ、全く」
「そう? ま、とにかくね、データをグラフ化しただけで、ある程度の情報が得られるし、どんな要約値を使えばいいかってことも、大体見当つくんだよ。 普通のデータはこういう具合に、ちょうどベルを伏せたような格好の分布になるんだけど……」と言いながら、伴ちゃんはさっきの度数分布図を示し、「これを『正規分布』っていうんだよね」
「セイキブンプ?」
「そう、正規分布。 この分布はガウスって人によって発見されたから、別名『ガウス分布』とも呼ばれているんだよ」
「ガウス? なんか、ネズミの化け物みたいな名前だね」
「ネズミの化け物?」
「マウスの化け物で、ガウスさ」
「ネズミの化け物が発見した、世紀の分布ってわけね」と、ミミちゃんも負けじと言った。
「ダジャレは無視、無視!」
「自分だって、言ったくせにー」
「たいていのデータは、この正規分布に近い分布になるから、これはものすごく重要な分布なんだよね」

と、伴ちゃんは僕等二人のダジャレ合戦を無視して続けた。

「ふぅ〜ん、ラッパの先みたいにも見えるわね、正規分布って」
「もっとロマンチックに、朝顔の花みたいって言って欲しいな、ミミちゃん」と、僕。
「朝顔の花? それどーゆーこと、友則君?」
「トランペットなんかの、あの音が出る先っちょのことを『朝顔』ってゆーんだよ」
「へぇ〜、そーなの。 じゃ、クラリネットみたいなちっちゃいのは、何て言うの?」
「あれは、スズラン」
「感じ出てるわねェ、けっこー。 じゃ、チューバみたいなおっきいのは?」
「あれは、ひまわり」
「フン、フン。 じゃ、サックスみたいなのは?」
「夕顔」
「夕顔? どして?」
「サックスってのは、よくキャバレーなんかのバンドが使ってるから、夜がぴったり来るのさ」
「へっえー、ウッソみたい!」
「ウソだもんねー」
「あのねェ……」

「それで伴ちゃん、グラフ描いたら、次はいよいよ要約値を求める番かい?」
「うん。 こんな場合、要約値には2つの種類があるんだよ。 1つは分布の中心位置を表すもので、『位置母数』って呼ばれ、もう1つは分布の広がり具合を表すもので、『尺度母数』って呼ばれているんだよね」
「フーン、イチボスーにシャクドボスーねェ……」

とミミちゃんが何事か考えながら言ったので、僕は言ってやった。

「また何か下らんダジャレ考えてんだろ、ミミちゃん?」
「そんなことないわよー。 友則君こそ考えてんでしょ、鼻の穴が広がってるわよ」
「何じゃそりゃ、カバか、わしは!?」

「それで伴ちゃん、母数って何のこと?」
「母集団の要約値のことだよ。 普通、標本集団の要約値のことを『統計量』って呼んでアルファベットで表し、母集団の要約値のことを『母数』って呼んでギリシャ文字で表して、区別しているんだよ」
「またまた数学者の悪い癖ね、わざと難しい言葉使って」
「まあね。 それで、位置母数の代表が平均値で、これはよく知っていると思うけど……」

と言いながら、伴ちゃんは次のような式を書いた。

m=x= x   +     +x   +     +x 1 i n n = 1 n n i=1 x i = ∑x n

「……という具合に、全部のデータを足し合わせて、例数で割った値なんだよ」
「キャーッ! 目が、目が……!」
「ど、どうしたんだよ、ミミちゃん!?」
「す、数式見たから、目がケイレンしちゃったのよォー!」
「なあんだぁ、こんな式、大して難しい式じゃないよ、大袈裟だなぁ……」
「この、この、Mの字がブッ倒れて、上と下に何かゴチャゴチャ付いてんの何よ!? どーゆー魂胆?」

ミミちゃん、伴ちゃんが書いた数式の最後の部分を恐る恐る指差している。

「どういう魂胆も何も、これはシグマってギリシャ文字で、合計するって意味の数学記号だよ」
「シグマァ……? そんなマグマの親戚みたいな邪悪な記号、どーして使うのよっ!」
「それはね、この式の前の部分みたいに、いちいち全部のデータを使って式を書くのが面倒だからだよ」
「フーン、そーゆー魂胆だったのね。 ズボラで怠け者なんだ、数学者って」
「こんな記号で驚いてたら、数学の勉強なんて、とてもじゃないけどできやしないよ、ミミちゃん」
「キャッ! やめて、やめて、脅かすのは!」と言って、ミミちゃんは腕を僕等の前に差し出し、「ほら、見て、見て。 怖いもんだから、鳥肌立ってるでしょ?」
「ほんとだ。 へぇー、すごいねぇ、ミミちゃんて特殊体質じゃないの?」

などと、ミミちゃんの腕を見ながら、伴ちゃんは真剣に感心してしまっている。

「繊細なのよねー、あたしって。 『小猫物語』のチャトランみたいに、可憐でしょ?」
「そんないーもんか! ムツゴロウが聞いたら、怒るぜ」と、僕は呆れ顔で、「せーぜーウラオモテヤマネコがいーとこだよ、ミミちゃんは」
「何、その『ウラオモテヤマネコ』ってのは?」
「イリオモテヤマネコの親戚で、ウラから見てもオモテから見ても、ヤマのよーなネコさ」
「化け猫か、あたしは!?」

「で、伴ちゃん、このXの上に横棒が引いてある記号、何だい?」
「これは標本集団の平均値、つまり標本平均を表す記号で、『エックスバー』って読むんだよ」
「Xの上の横棒…? あたしのブラウザで見ると、Xの上に横棒なんか引いてないわよ?」と、ミミちゃんが不思議そうな表情で尋ねた。
「あのねえミミちゃん、そういう、オンライン小説の登場人物という自分の立場をわきまえない疑問を抱いちゃーイカンよ」と、僕は突っ込みを入れた。
「あら、だってこのページを見ている人の中には、あたしみたいな人がけっこういるんじゃない?」
「う〜ん、確かに、スタイルシートを完全にサポートしてないブラウザがまだ多いから、Xの上の横棒が見えない人も多いかもしれんねぇ」
「でしょ? だからあたしは、作者の苦しい言い訳を代弁してあげよーと思って、可憐な美少女キャラという立場をわきまえないボケを、無理してかましてんのよねー」
「ミミちゃんは、【主な登場人物】で『奇人大学生』って紹介されてるから、『可憐な美少女キャラ』って設定じゃないよーな気がするけどなぁ……」
「あれは単なる初期設定よ。 物語の途中でキャラの設定がコロっと変わるなんてことは、連載マンガじゃーしょっちゅうじゃないの」

「で、伴ちゃん、『m』って書いてあるのは?」
「平均値のことを英語でmeanっていうもんだから、標本平均のことを『m』って書く時もあるんだよ。 だから、母集団の平均値、つまり母平均のことを、ギリシャ文字で『μ』って書くんだよね」
「じゃ、母平均が沢山集まると、怪物になっちゃうのねー」

と、ミミちゃんが意味ありげに言ったので、また何か下らんダジャレだろうとは思いつつ、一応、尋ねてやった。

「なんで?」
「ミューがたんとあるから、『ミュータント』よ」
「どーしても化け猫になりたいよーだね、ミミちゃんは」
「化け猫って言ったのは、友則君じゃない。 あたしは、どっちかっつーと、ミュータント・サブやスランみたいに、超能力を持ったスマートなミュータントよ」
「そーかなぁ、それよりETの方が近い気がするけど」
「あら、ETは伴ちゃんよ」
「言えてる、言えてる、イメージピッタシ!」
「またそうやって、わけのわからない外国語を使って、僕をからかうんだから……」

と、僕とミミちゃんの会話が見えない伴ちゃんは、ブツブツと文句を言った。

「何言ってんの、マンガとSFと映画の話よ、これは。 伴ちゃんたら、知らない言葉は、みーんな外国語に聞こえちゃうんだもんねー」
「石ノ森章太郎の『ミュータント・サブ』ってマンガと、ヴァン・ヴォークトの『スラン』ってSF小説と、スピルバーグの『ET』って映画の話さ、これは」と僕も補足して、「マンガとSFと映画は、科学を志す若者にとって、相対論やクォーク以上に重要な基礎知識なのだ。 伴ちゃんも、しっかり勉強しなくちゃだめだぜ!」
「ご、ごめん……」
「うむうむ、わかればよろしい。 で、伴ちゃん、μの式は書いてないけど、母集団でも同じ式なのかい?」
「いいや、この式とはちょっと違うんだよ。 でも、まあいいよこの式でも。 こんがらがっちゃうといけないから……」
「あっ、そーやって人のことバカにしとるなぁ? 科学で語学のカタキをとろーって気だろ、伴ちゃん。 コスイぜ、そりゃあ」
「そーだ、そーだ、コッスイよ、伴ちゃん。あたしらナメたら、あかんぜよ!」
「……やっぱりミミちゃん、ヤクザ映画合ってるよ、はっきり言って」
「そ、そういうわけじゃないよ」と、伴ちゃんは僕等の攻撃を受けてタジタジとしながら、「ただ、ちょっと複雑だから……」
「複雑でも複雑骨折でもいーから、とにかく正確に教えなきゃダメよ、伴ちゃん」
「う、うん……。 でも、いいかなあ、本当に……」
「いーから、いーから!」
「それじゃあ教えるけど、母集団の場合、平均値の定義式はね……」

と言いながら、伴ちゃんは今度は次のような式を書いた。

μ=E(x)=∫xf(x)dx     f(x):確率密度関数

「……という式なんだよ。 f(x)はxというデータが得られる確率を与える関数で、『確率密度関数』って呼ばれているんだけど、それにxを掛けたものを、xの全領域にわたって積分した値が母平均なんだよ。 これは『E(x)』って書いて、『期待値』とも呼ばれているんだよね。 ……わかった?」
「ギャーッ!! 頭が、頭が……、血管、切れそー!」
「ケイレンしたり、血管切れたり、色々忙しい人だね、ミミちゃんも」と、僕。
「だから言ったのに……。 大丈夫、ミミちゃん?」

と、伴ちゃん。 呆れ顔で言った僕にひきかえ、純な伴ちゃんは真正直に心配している。

「もーダメッ! こんな式見せられたひにゃー、とーぶん立ち直れそーもないわ、あたし。 ……耳から血出てない?」

と言って、ミミちゃんが耳を見せたので、伴ちゃんの代わりに僕が応えてやった。

「耳から血は出てないけど、目は十分血走ってるよ。 そのうち口が耳まで裂けて、長い舌で行灯の油をペロペロなめそーだね」
「だから、化け猫じゃないっつーの、あたしは!」
「で、友則はこの式の意味、わかった?」
「自信持って、『わからん!』って言えるね」
「ものすごい自信だなあ……」と、伴ちゃんは呆れ顔で、「そうだね、例えば3つのデータからなる集団があって、そのデータが4、5、6だったとするよ」
「それより、5、9、6、3のほーがいーわよ、伴ちゃん」と、ミミちゃんが提案した。
「え? どうして?」
「だって、『ゴクローサン』だもん」
「……ミミちゃん、もう完全に立ち直ってるね。 もうちょっと、メゲててくれた方がいいのになあ……」
「伴ちゃん、伴ちゃん、下手にエクソシスト相手にせん方がいいよ、悪霊に乗り移られるから」
「え? エクソシストって、何?」
「西洋版狐憑きのことさ。 それで、その3つのデータがどーしたって?」
「う、うん、それで、その4、5、6というデータの集団では、それぞれのデータを得る確率は、3つとも3分の1だよね?」
「うん、当然、そーだね」
「だから、その期待値を求めてみるとね、積分というのはみんな足し合わせるって意味だから……」

と言いながら、伴ちゃんはまた式を書いた。

μ =E(x)=∫xf(x)dx=4× 1 3 +5× 1 3 +6× 1 3 = 4+5+6 3 =5

「……ということになって、結局、普通の平均値と同じことになっちゃうんだよ」
「なんだ、こんな簡単なことなの? それならそーと、最初からそー言ってくれればいーのにィ。 血管切って損しちゃったわ、ほんと」と、ミミちゃん。
「なんでこんな簡単なことを、わざわざそんな難しい式で表さにゃならんのかね、キミィ? 責任者を出したまえ!」と、僕。
「データが無限個あるような母集団では、こうしないと表現できないからだよ。 でも、式の意味は普通の平均の式と同じだから、外見に惑わされないで、そんなもんかなって思っちゃえばいいよ」
「そーかー、案外、中身は簡単なのね、数式って」
「そうなんだよ、実は。 まあ、慣れの問題だよね」
「伴ちゃん、さっき『平均値は位置母数の代表』って言ったけど、平均値以外にも位置母数ってあるのかい?」
「沢山あるよ。 例えば、『幾何平均』って聞いたことあるよね?」
「キカ平均? そー言えば、そんな言葉、はるか昔にどっかで聞いたよーな、聞かんよーな……」
「きっと、聞いたことあるはずだよ。 幾何平均はね……」

と言いながら、伴ちゃんは次のような式を書いた。

m*=(x 1 ・…・ x i ・…・ x    ) n 1/n =( Π n i=1 x   ) i 1/n =( Π x) 1/n

「……というふうに、全部のデータを掛け合わせて、例数の逆数でベキ乗した値なんだよ」
「また出たな、妖怪! 何よ、何よ、その壊れた鳥居みたいなのはァ!?」

と、またしてもミミちゃんが数式の最後を恐る恐る指差しながら尋ねた。

「壊れた鳥居……? ああ、Πのことだね。 これはギリシャ文字のパイで、掛け合わすって意味の数学記号だよ」
「パイ? イッパイ掛けろってこと?」
「そうじゃないよ。 掛ける、つまりproductの頭文字pのギリシャ文字だよ。 さっきのΣって記号は、合計、つまりsumの頭文字sのギリシャ文字からきているんだよね」
「フウーン、なるほろ。 じゃ、これ、どーゆーわけで幾何平均なんてゆーの?」
「それはね、例えば2辺の長さが1cmと4cmの長方形があったとするよ。 そうすると面積は、当然、4cm2になるよね」
「あっ、それ知ってる! ハサミで2回切るだけで正方形にするには、どーしたらいーかってクイズでしょ?」
「そんなんじゃないよ。 この長方形と同じ面積の正方形は、1辺の長さが何cmになると思う?」
「ほらー、やっぱクイズじゃない。 クイズは友則君が専門よ、あたしはパス!」
「あのねぇ、こんなのクイズでも何でもないよ、ミミちゃん」と僕が受け、「んーと、4cm2をルートすればいいんだから、当然、2cmだろ、伴ちゃん?」
「そのとおり。 つまりね……」

と言いながら、伴ちゃんは次の式を書いた。

(1×4)1/2=√4=2

「……となって、これは1と4を幾何平均したのと同じことになるよね。 だからこの式で求めた平均値のことを、幾何平均って呼んでいるんだよ」
「なーるほどねー。 1と4を普通に平均したら、2.5だもんなぁ」
「うん。 だから、普通の平均のことをわざわざ『算術平均』って呼んで、区別することもあるんだよね」
「でも伴ちゃん」と、ミミちゃんがふに落ちない様子で、「こんなもん、実験にはあんまし関係ないんじゃないの?」
「そうでもないんだよ、これが。 幾何平均の定義式の両辺をね、こうやって対数にすると……」

と言いながら、伴ちゃんはさっきの定義式を次のように書き換えた。

log(m*)=log{(x 1 ・…・ x i ・…・ x    ) n 1/n }= log(x   )+ 1 +log(x   )+ i +log(x   ) n n = {log(x)} n

「……となって、対数変換したデータの算術平均になるんだよ。 データによっては、対数変換した方がいいものもたまにあるんだけど、その時の平均値は、こんなふうに、実は幾何平均と同じものになっちゃうんだよね」
「ヘェー、意外と面白いのね。 でも、対数とったりして色々計算メンドーだし、だいち、あたし幾何学苦手だもん、やっぱ好きくないわね、幾何平均なんて」
「ミミちゃんが描いた図形は、スゴイからねぇ。 ありゃー、幾何じゃなくて奇怪だよ」

と僕がからかうと、ミミちゃんは口を尖らせて、

「悪かったわね、奇怪で! フン、何さ、幾何なんて。 天は二物を与えないもんなのよ」
「幾何の才能が与えられてないことは認めるけど、何か一物でも与えられてたっけ?」
「麗しの美貌、魅惑のプロポーション、溢れる知性、輝く若さ……、一物どころか、何物でも与えられてるわ」
「てなことを、イケシャアシャアと口にできる図々しさは、確かにひとつの才能だね」
「自分がまず口にしなきゃ、人が口にしてくれるはずないじゃない。 何事も率先して実行するのが、立派なリーダーの条件よ!」
「リーダーってより、サイダーって感じだけどね、ミミちゃんは。 ……んで、伴ちゃん、その他の位置母数ってどんなのがあるんだい?」
「よく使われるのは、分布のちょうど中央の値を表す『中央値』と、最も頻度の多い値を表す『最頻値』だろうね」
「チューオーチにサイヒンチ?」
「そう。 英語で言うと、中央値がmedianで、最頻値がmodeなんだけど、これもどっかで聞いたことがあると思うよ」
「ある、ある! そー言えば、高校ん時の数学の問題集って、メジアンって名前だったなあ。 あれで中っくらいの問題だなんて、よく言うよ、全く。 そんな生易しい問題じゃあなかったよなー。 ありゃー、ほんとは『マキシマム』って名前にすべきだよ」
「モードって、あの『今年の秋のトップモード』のモード?」と、今度はミミちゃんが尋ねた。
「うん、多分ね。 語源は同じだと思うよ」
「あれが最も多くの人が着てる服だなんて、チャンチャラおかしくて、おヘソが味噌汁沸かすわね。 あんな服着て外歩いてたら、保健所が放っとかないわよねー」
「確かに」と、僕もミミちゃんに同意して、「ありゃー、サイヒンチはサイヒンチでも、『最貧値』って書くやつだね」
「そーそー、あえて英語で言えば『modame』かな」
「うんうん、別名『make so !』とも呼ばれてるそーだね。 それにしても、ミミちゃん、一回聞いてみたいと思ってたんだけどね、雑誌なんかに『この秋流行するファッション』ってのがよく載ってるけど、秋に流行するファッションが、どーして春からわかってるんだい?」
「あら、友則君、そんなこと知らないの? あんなの、ファッション業界の陰謀に決まってるじゃない。 業界で結託して、今年はこれにしようって決めるのよ。 そんでもって、そー宣伝して、みんなをその気にさせちゃうわけよねー」
「でもさー、みんながみんな、その気になるわけじゃないだろ? それでもみんな、秋になると、ユニフォームみたいに同じ服を着るよーになるよ」
「それこそ業界の陰謀なのよ! どの店でも、おんなし服しか売らないよーにしてるのよ。 だから、みんな自然とおんなし服着るよーになっちゃって、『ああ、あたしは流行の先端をいってんだわ』なんて思っちゃって、似合いもしないのに、恥ずかしげも無くおかしな服着てんのよね」
「……すごいこと言うね、ミミちゃん」
「だって、ほんとのことだもん。 業界の陰謀にヒョイヒョイのせられて、次から次へと似合わない服買わされるなんて、バッカみたい。 よーは、みんなとおんなしカッコしてれば安心なのよね。 あれじゃ、個性もへったくれもあったもんじゃないわよ」
「ミミちゃん、ファッション業界に何か恨みでもあるんじゃないのかい? 体から怨念が漂ってるよ」
「実は、昔、オソロシー服のタタリで、呪われた小山内一族にオドロオドロシイ事件がァ〜〜」
「ギョ、ギョエーッ! コ、コワイ、声と顔が……!」
「どーして、顔まで怖いのよ! ちょっと、岸田今日子のナレーション、真似しただけじゃないのー。 ま、とにかくね、別にファッション業界に恨みはないんだけど、あたし、やたらと流行ばっか追っかけるのって、大っ嫌いなのよねー」
「そー言えば、ミミちゃんて、いつもユニークでなかなかセンスいい服着てるよね」と言って、僕はミミちゃんの服を観察し、「今着てるそれって、何て服?」

今日のミミちゃんは、チャイナドレスのような感じの黄色いワンピースを着ている。 それは体の線がはっきり出るほどぴっちりしている上、スカートの裾の両側に深いスリットが入っているもんだから、普通ならやたらと色っぽいはずなんだけど、キュートなミミちゃんが着ているせいか、少女のように愛らしく見える。

「これ? これはまあ、チャイナドレス風ワンピースってとこね。 伴ちゃんに見せよーと思って着てきたのにさ、ぜーんぜん気付いてくんないんだもんねー」
「そ、そんなことないよ、ちゃ、ちゃんと気付いてたよ」と、伴ちゃんは焦ったように、「チャ、チャ、チャ……ピースだろ?」
「平和の応援してるみたいねー、まるで」

と言うと、ミミちゃんはいきなりすっと立ち上がり、伴ちゃんの前でファッションモデルのようなポーズを取った。

「ほら、この大胆なスリットに、『色っぽいなー』とか、『グッとくるなー』とか、何かそんな、ホニャララなもの感じない?」
「あれ? それって、服が破れてるんじゃないの? さっき気付いたから、ホッチキスか何かで、くっつけてあげようかなって思ってたんだけど……」
「あのねー、ホッチキスって、レポート用紙着てるわけじゃないのよー、あたしはァ」
「ミミちゃん、ミミちゃん、伴ちゃんのフェロモン受容体は特殊なんだから、そんな場末のホニャララ劇場みたいなカッコして、フェロモンを撒き散らしても無駄だよ」と、僕はしたり顔で、「せいぜい、そこらの野良猫が寄って来るのが関の山だぜー」
「だからァ、あたしは化け猫じゃないっつーの!」