玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー時の彼方へ

【5】

二人はしばらく無言で青年が出て行ったドアを眺めていたが、やがてトモヒトがほうっとため息をついて、ドアを眺めたまま、ぼんやりと独り言のようにつぶやいた。

「時間が遅くなり、空間が縮む、か。 信じられない話だなあ……」
「そうね。 でも、1つだけ確かなことがあるわよ」

ミミの口調はトモヒトと違ってきっぱりとしていた。

「確かなこと……?」

トモヒトが振り向くと、ミミはまだドアから眼を離さずに、

「そ、確かなこと。 あの人、トモヒトとおんなし種類の人間で、あの人の話すことは、全部自分の頭で考えて、全部自信持ってることばっかだってこと」

それからクルッと向き直り、真顔でトモヒトをじっと見つめた。

「あたし信じるわ、あの人が言ったこと。 理屈はよくわかんないけど、とにかく信じちゃう!」

まるで非難に答えるかのようなミミの強い調子に、トモヒトは慌てて弁解するように、

「う、うん、僕だって信じるよ、もちろん」

と答えたが、ふと思いついて、

「……そういえば、あの人、何て人なんだろ? ミミ、知らない?」
「あっきれたァ! 相手の名前も知らないで話してたのォ!? ほら、入会ん時に自己紹介してたじゃない、相変わらず物覚え悪いわねェ」

申し訳なさそうに肯くトモヒトに、ミミはやれやれといった視線を投げかけながら、

「あの人はアルベルト、アルベルト・アインシュタインって名前よ」
「アルベルト・アインシュタインか……。 不思議な人だね、ほんとに……」

二人は肯き合って、どちらともなく青年が出て行ったドアに再び目をやった。

二十世紀も明けそめたある冬の夜、雪深いスイスの街の片隅で、物理学の革命が静かに始まろうとしていた。