玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー時の彼方へ

【6】

「ふうーん……」

原稿から目を上げると、ミミちゃんは僕と伴ちゃんをぼんやり眺めた。 僕はミミちゃんの感想を読み取ろうと、彼女の目を覗き込んだけど、彼女は原稿の内容を反芻しているのか、その黒目がちな大きな目には、様々な色が浮かんでは消え、まだ1つの感情には定まらないでいるようだ。

僕は落ち着かない気分を抑え、努めて何気ない風を装って、

「……で、どう、それ?」

さらに、気恥ずかしさをごまかすために、言わずもがなのことを付け足してしまった。

「ミミってコが、なかなかいいと思わないかい? 何しろ、モデルを相当美化してあるからねえ」

ミミちゃんは僕の言葉が聞こえなかったような顔付きで、ぼんやりとした視線を宙に漂わすと、言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。

「そーねえ、けっこー面白いけど……」
「けど?」
「読者サービスが足んないわね。 トモヒトとミミのラブシーンを入れなきゃダメよ、つまんないもん。 ね、伴ちゃん?」

と茶目っぽい視線を伴ちゃんに送って、純情な彼をドギマギさせた。

「読者サービスじゃくなくて、ミミちゃんサービスだろ、それは? そんなオノロケじゃなくて、もっと建設的な意見はないのかい、ええ?」
「ん〜とォ、そーねー、そー言えば、この原稿、『時の彼方へ』って題名だけで、作者の名前がないけど、どーして?」
「うん、実は今、ペンネームを考えてるとこなんだ。 伴ちゃんから相対論の話を聞いて、それを僕が小説風にしたもんで、まあ僕等の合作みたいなもんだから、僕等二人の名前をもじるか、それとも僕のペンネームで、『杉本典夫』ってのを使おうかと思ってんだけどね」
「杉本典夫……!? 変なペンネーム! 何、それ?」
「アナグラムっていってね、僕の名前『オギストモノリ』を並べ変えて作ったんだよ。 推理小説なんかじゃあ、よくやる手なのさ」
「わざとらしー名前ねえ。 そんなおかしなのじゃなくて、もっとすっごくいいペンネームがあるわよ」
「え? どんなやつ、どんなやつ?」
「有帯一石」
「一石!? なんかお坊さんみたいだなあ。 どーゆー意味だい、それ?」
「ドイツ語で『一』は『アイン』、『石』は『シュタイン』、アルベルト・アインシュタインよ!」

2000年8月31日脱稿 荻須友規