玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー

エッセイコーナー

●お宮さん騒動顛末記 2013年7月5日

以前、ある町で区長(自治会長兼町政協力特別公務員)をやっていた時、地元の神社で厄介な問題が持ち上がりました。 その問題には色々とデリケートな面があり、あまりおおっぴらにはできないことが多々あります。 しかしそろそろほとぼりも醒めた頃なので、その顛末をまとめておくことにしました。 アルツ君とハイマーちゃんのせいで、老人の思い出話には実際の出来事と異なることが多々あり、しかもあまりおおっぴらにできない話となると、さらに老人の妄想が入り込んで実際の出来事とはかけ離れた話になりがちです。 このお宮さん騒動顛末記もその例に漏れないので、眉に唾を付けまくって、神罰を受ける覚悟のある方だけこっそりとお読み下さい。(^_-)

●選挙四方山話 2007年4月1日

何の因果か、数年前に、ある町の町議会議員選挙に足を突っ込むことになってしまいました。 そこで経験した色々なことを、僕自身の反省とまとめを兼ねて、当館の会議室に足掛け3年もの間連載したものです。 選挙に関しては色々と差し障りのあることが多いため、全てを正直に暴露したわけではありませんが(^^;)、できるだけ踏み込んで書いたつもりです。 地方選挙と地方政治に興味のある方は、一度、読んでみてください。m(..)m

●行雲流水 2001年8月1日

中国残留孤児を主人公としたNHKのTVドラマ「大地の子」(1995年放映、原作山崎豊子、文藝春秋社「大地の子」)に触発されて、いわゆる「満州引き揚げ者」である僕の両親の体験談を某草の根通信ネットに連載したものです。

題名の「行雲流水」という言葉は、「行く雲や流れる水のように、何の執着もなく、物に応じ事に従って行動すること」という意味です。 この言葉は今は亡き僕のオヤジさんの好きな言葉で、短歌や俳句をひねり出す時の号も、本名の「龍典(りゅうすけ)」をもじって「流水」としていたほどです。 この言葉のような生きざまを標榜しながら、しかし実際にオヤジさんが歩んだ人生は、激動の時代に翻弄された波乱に富んだものでした。 その波乱の人生を偲ぶ意味で、オヤジさんの好きだったこの言葉を表題にしました。 非常に重くシリアスな話で恐縮ですが、興味のある方は読んでみてください。m(__)m

●専業主夫の過労なる1日 2000年1月1日

1993年頃に某パソコン通信ネットのボード上にアップしたエッセイで、カミさんが40度近い高熱でダウンしたため、1日だけ専業主夫をするハメになり、そのことをネタにして、赤裸々なる専業主夫生活の記録をリアルタイムに書き込んだものです。 この頃はちょうどパソ通にハマリ始めた頃で、どんなことでも全てネタにしてしまい、1日3〜5個くらいの書き込みをアップしていました。 ネットでの受けはそれなりに良かったんですが、後で家族の顰蹙を大いに買いました。(^^;)