玄関小説とエッセイの部屋作品紹介コーナーお気に入りの本−その他

題名をクリックしても、残念ながら本の内容は読めません。(^^;)

【お気に入りの本−その他】

○「マウリ・キリバス(今日は、キリバス共和国)」郡義典、近代文芸社

南太平洋の楽園・キリバス共和国について、その風俗習慣から観光案内、政治、経済、歴史、言語まで、ありとあらゆる事柄を網羅して紹介したまさに百科事典的な本です。 本書はパソ通ネット仲間であるフリーライター・阿蘭さんから紹介されたものであり、彼女がキリバスを訪れた時に著者の郡さんと知り合い、それが縁で本書の作成も手助けしたそうです。 郡さんとキリバスのことは、以前、テレビでも紹介されたのでご存知の方があるかもしれません。

本書を読みますと著者の広汎な知識と高い見識に驚かされると同時に、キリバスに対する暖かい眼差しと愛情が行間から伝わってきて、ほのぼのと心暖まる気持ちにさせられます。 また太平洋戦争の被害者とその遺族に対するきめ細かな心遣いと献身的な慰霊活動には、戦争経験者らしい良い意味でのこだわりが感じられ、日本の漁業の現状と将来に対する真剣な危惧には、往年の名船頭らしい強い思い入れが感じられます。 色々な意味で充実した読後感と、キリバスに対する興味と憧憬を抱かせてくれる好著です。

○「人見絹枝物語 女子陸上の暁の星」小原敏彦、朝日新聞社

日本女子陸上界初のオリンピックメダリストとして有名な、人見絹枝選手の伝記です。

日本女子陸上界どころか日本の陸上界・スポーツ界全体が黎明期にあった明治時代に、短距離走、ロングジャンプ等の各種種目で世界新記録を20回近くも出し、世界女子陸上競技会(オリンピックに女子選手が参加する以前に行われた、女子選手だけのオリンピック)で個人総合優勝をした彼女は、その偉大な記録のわりには、単なる最初の女子メダリストとしてしか知られていないような気がします。 もし彼女と同じような能力を持つ選手が現在の女子陸上界にいたとしたら、あのマリオン・ジョーンズをも凌駕するスーパースターとして世界中で騒がれまくっていることでしょう。

”早すぎた天才”である彼女は、必然的に女子陸上界の先駆者となってイバラの道を突き進み、その結果、勝利至上主義による過度の競争と硬直したシステムに潰され、若くして命を落とすことになります。 マラソンの円谷選手と違って彼女は病死ですが、国の期待を一身に背負って疲労困憊した晩年の姿には、どうしても円谷選手の晩年の姿がダブってしまいます。

現在の日本スポーツ界ではそのようなことは多少は少なくなったとはいえ、練習の一環として体を休めただけでマスコミから叩かれまくった女子マラソンの高橋尚子選手の例などを見ていますと、勝利至上主義と国を背負うという感覚はまだまだ根強く残っているようですし、マスコミの発達により、ある意味で以前よりも過激になっている部分もあるようです。 またその背景にある、良いニュースでも悪いニュースでも売れればそれで良いというマスコミの売上至上主義には、スポーツファンとして怒りがムラムラと湧いてきます。

○「はるかな記憶」カール・セーガン+アン・ドルーヤン、朝日文庫

「コスモス」で有名な惑星科学者カール・セーガンが、公私にわたるパートナーであるアン・ドルーヤン女史と組んで人類の進化について解説した本です。

カール・セーガン氏は「エデンの恐竜」でピュリツァー賞を受賞したことからもわかるように、惑星科学だけでなく生物学にも造詣が深く、広範な知識と豊かな想像力を駆使して人類の進化と人間社会の成り立ちをダイナミックに解説しています。 論理を首尾一貫させるために、まだまだ仮説段階の学説を大胆に取り入れたり、解明されていない部分を想像力で補っていたりする部分も散見されますが、それ故に一般人にもわかりやすく、人間社会に対する鋭い洞察と深い含蓄に溢れた解説になっています。

本書や「コスモス」を読みますと、最先端の科学を一般人にわかりやすく説明し、科学的思考法や科学思想の啓蒙に努めることも科学者の重要な役目のひとつであると考える、ガリレオやファラデー以来の伝統が脈々と受け継がれていることを感じます。

○「縄文学への道」小山修三、NHKブックス

青森県・三内丸山遺跡の発掘をきっかけとして、今、縄文時代のイメージは大きく変わろうとしています。 本書は三内丸山遺跡の発掘に深く関わった著者が、最新の考古学知識と世界の狩猟採集民族の研究成果に基づいて、民族考古学的立場から縄文時代の人々の生活と文化を推理したものです。

考古学ファンであり、”背広を着た縄文人”を自称する僕にとって、当然の事ながら三内丸山遺跡は憧れの地であり、自然と融和して大らかに暮らしていた縄文時代は魂の故郷的時代です。 こういった縄文時代に対する憧れが、「海の向こうには理想的な桃源郷がある」という昔ながらのユートピア思想に根ざしたものであり、対象が空間的または時代的に遠くにあればあるほど、そして謎のベールに包まれていればいるほど、自分勝手に都合の良いイメージを抱いてしまい、憧れを自己増幅しがちであるということは重々自覚していますが、遥か昔の時代には遥か遠くの宇宙と同様、人を引きつけてやまないロマンがあります。

ちなみに著者の国立民族学博物館教授・小山修三氏は、国立歴史民族博物館副館長・佐原真氏と並んで考古学ファンにはお馴染みの考古学者であり、僕の好きな考古学者の一人です。

○「宝暦治水と薩摩藩士」伊藤信、郷土出版社

千本松原で有名な「宝暦治水」の全容を解明した、伊藤信氏の名著の復刻版です。 行きつけの本屋で本書を見つけ、”宝暦治水ヲタク”の僕は大枚4500円をはたいて衝動買いしてしまいました。

たまたま現在住んでいる土地が宝暦治水の舞台となった木曽三川の近くのため、色々なことから宝暦治水のことを知り、そのドラマチックな内容に感動して、たちまち宝暦治水ヲタクになりました。 そして地元の弥富図書館内郷土資料室は言うにおよばす、一部の人にだけ有名な船頭平閘門・付属記念館資料室などの資料を漁りまくり、木曽三川公園にある治水神社、千本松原、薩摩藩総奉行・平田靱負が仮住まいしていた大牧の豪農・鬼頭兵内屋敷跡、薩摩義士の墓がある養老町の天照寺、養老町にある薩摩義士館跡などを尋ね歩き、当時の農民の子孫である地元の古老から話を聞きまくりました。

この未曾有の一大難工事は、幕府の露骨な外様大名潰し政策に従って地元・美濃地方から遥かに離れた薩摩藩に命じられました。 工事に携わったのは総奉行・平田靱負以下、薩摩藩士1千余名。 宝暦4年(1754年)2月から足かけ2年間にわたる工事期間中に、事故や疫病で死ぬ者200余名、外様大名潰しの意を受けた幕府役人による理不尽な命令に対して抗議の割腹自殺をする者50余名など、多くの犠牲者を出しながら、見事に木曽・長良・揖斐の三川分離に成功し、毎年のように繰り返される洪水の被害から地元農民を救ったのです。

しかし多くの犠牲者を出したこと、そして膨大な工事費によって薩摩藩の財政を苦しくさせたことなど難工事の代償は大きく、工事終了後、平田靱負は全ての責任を取って大牧の鬼頭兵内屋敷で静かに割腹自殺します。 薩摩藩に累害が及ぶのを恐れて遺書はなく、次のような辞世の句だけが部屋に残されていたということです。

住みなれし 里も今更 名残にて 立ちぞわずらふ 美濃の大牧

それにしてもこんなにも感動的でスゴイ話を、どうしてNHKが大河ドラマの題材として取り上げないのでしょう…?

○「茶の本(The Book of Tea)」岡倉天心著、宮川寅雄訳注、講談社

明治の美術家・岡倉天心が、茶道を通して東洋の精神世界を西欧に紹介した名著「The Book of Tea」の邦訳です。 岡倉天心と言えば、師のフェノロサと共に新美術創造運動を興し日本古来の文化の復興に努めたことで有名であり、その活動の一環として日本の文化を西欧に紹介するための英語論文を盛んに出版しています。 本書はそういった論文の中でも代表的なもののひとつです。

正味70ページほどの小論文ですが、例えば「西洋人は、日本人が穏和な芸術にふけっているころは野蛮国とみなしていた。 しかし、日本が中国東北の戦場で大殺戮をはじめてからは文明国と呼んでいる」とか、「物質を征服したと誇りながら、人間を奴隷にしたのは物質であることを忘れている」とか、「この民主主義的時代においては、人は自己の感情とは無関係に、ただ世間一般に最高のものと思われるものだけをもてはやす」などといった含蓄のある名文が随所にちりばめられていて、分厚い思想書に匹敵するほどのずっしりとした読み応えがあります。

学生時代、先輩に薦められて初めて読んで強烈な印象を受け、その後も事あるごとに読み返し、自分の世界観を左右するほど大きな影響を受け続けています。

○「二十歳の原点」高野悦子、新潮社

僕のような学生運動世代にとってはバイブル的な、あまりにも有名なエッセイです。 学生運動が真っ盛りの頃、バリケードの内側で著者と同じような体験をし、同じ時代を共有した僕等の世代にとって、著者は世代の代弁者であると同時に時代の象徴でもありました。

以前、パソ通ネットで、僕よりも若い世代の多くの人が影響を受けた本として本書を取り上げていて、正直な話、少々びっくりしたことがあります。 こんな事を言うとかなりいやらしくなりますが、学生運動を経験したことのない世代の人にこの本がどのような影響を与えるのか、不思議な気がしないでもありませんでした。 しかしよく考えますと、この本のモチーフである「独りであること、未熟であること」は、やはり青春時代特有の普遍的テーマであり、切ないまでに真剣な作者の生きざまが、いつの時代でも若者に強い影響を与えずにはおかないのでしょう。

○「ゾウの時間ネズミの時間」本川達雄、中公新書

心拍数とエネルギー消費量という面から、種々様々な生物の生理的時間というものを統一的に論じたユニークな生物学解説書です。 生物を捉える観点が独特で、生物学の解説書にもかかわらず(著者にすれば”生物学の解説書だからこそ”でしょうが)、深い人間論と鋭い文明批評にもなっています。

本書と、本書にも載っている著者のオハコ「一生の歌(初出は講談社刊「歌う生物学」)」はTVなどのマスコミでも取り上げられ、一時、話題になりましたのでご存知の方も多いと思います。 専門的な記述が多少ありますので、生物学方面に疎い人は内容が理解できないところがあるかもしれませんが、それでも「一生の歌」だけは忘れ難い印象を残すことと思います。

人間という生物や人間の文明というものを科学的観点から捉え、客観的に論じるというのは僕の好きな考え方ですので、本書を読んだ時は独特の視点に感心し、人間観や文明観が変わってしまうほどの影響を受けました。 知り合いに著者の授業を受けたことのある人がいて、その人によりますと著者はマスコミで話題になる前から名物先生で、授業内容も“歌って覚える生物学”という感じのユニークなものだったそうです。 授業とか教育とかは根っから肌に合わないタチですが、そういった授業でしたら受けてみたい気がします。

○「頭のリズム・体のリズム」林博史、ごま書房

多くの人間が昼間は活動して夜は寝るというように、生物の体は常に周期的な変動をしています。これを「生体リズム」といい、この本はその生体リズムを一般人向けに解説したものです。

著者の林先生は名古屋大学医学部の内科の医師で、我が国における生体リズム研究(特に循環器分野)をリードする研究者の一人です。 10年ほど前、仕事の関係で林先生から生体リズムデータの解析を依頼され、それ以来、個人的に研究のお手伝いをさせていただいています。 この本に載せられた図表の中には、僕がデータを解析したものやグラフを描いたものがありますので、個人的に思い入れの強い本です。

ちなみに、巷では学問的裏付けのない「バイオリズム」という用語と概念が流布していますが、こういった迷信と区別するために、学問的には「生体リズム」という用語を使うことになっています。

○「病院の検査の微妙なところがわかる本」秦葭哉、講談社+α文庫

杏林大学医学部・高齢医学教授の秦先生が書き下ろした、臨床検査に関する一般向け解説書です。 臨床検査とは病院で行われる各種の医学的な検査のことで、身長測定、体重測定、血圧測定、血液検査、尿検査などが代表的です。

病院あるいは会社や学校で行われる定期検診で各種の検査を受け、検査結果をもらったものの、その意味するところがわからずに不安な思いを抱いた人も多いと思います。 本書には一般的な臨床検査項目について、その目的と結果の解釈がわかりやすく具体的に説明してありますので、検査結果を自分で検討したい時などに重宝します。

著者の秦先生は高齢医学分野、特に高脂血症分野における日本の代表的な研究者の一人で、今から20年以上前、仕事上のことでお近付きになって以来、公私にわたってお付き合いをさせていただいています。 研究者としても、また人間的にも僕が大いに尊敬する人物の一人です。