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No.905 - 954 / 50 件表示


954. 尖閣諸島問題 投稿者:山本直樹 [URL] 投稿日:2010/09/29(水) 07:47:34
もう少し冷静な議論が出来る人はいないのか、と思っていたところ、以下のような良い記事を見つけました。

日中「戦略的互恵関係」の終焉? [ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト]

民主党政権になってつくづく思うのは、「この党は、国民に幻想を抱かせて、そのすぐ後に失望させる才にかけては天才的だな」ということです。 今回の尖閣諸島問題も、無意味に期待値を上げたものだから、落ちた時の落差が大きいのです。
しかし、現実問題としては、日本という国は、もはや中国無しでは到底成り立たない国であることは明白でしょう。大量の失業者を生みたいのなら別ですが、経済的には中国という国があっての日本です。 そういう大局的な視点を脇に置いて、南方の、誰も住んでいない小さな無人島のことでいたずらにナショナリズムを燃え上がらせるのは、全く無意味なことです。 もちろん私は、島を手放せとか、そういうことを言っているのではありません。 大人の対応が必要だ、ということです。 そして、今現在の自分たちの立場がどういうものなのか、その現状認識が必要だ、ということを言いたいのです。
中略
私が最も恐れるのは、今回の事件をきっかけに、偏狭なナショナリズムが市民権を得ることです。 「国辱」などと言う言葉には、私の目には、太平洋戦争前後の時代を思い起こさせるような、ゾッとする言葉です。 あの時代は、そういう言葉が一人歩きして、老いも若きもこぞって「アメリカ憎し」に凝り固まっていきました。 メディアも、そういう感情を増幅させる装置として機能したのです。

953. Re[952]:算額 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/27(月) 18:55:46
>山本直樹先生

>>興味深いHPを見つけました。私達のご先祖様を尊敬し直しました。こんな田舎にと
>>思われる神社に奉納されていることに全く驚き!

 興味深いサイトをご紹介いただき、ありがとうございました。m(..)m

 サイトのアドレスが書かれていませんでしたので、ご紹介いただいた文章を利用
してインターネットで検索したところ、「和算の館(http://www.wasan.jp/)」がヒ
ットしました。

 このサイトで紹介された算額のコレクションは素晴らしいものであり、非常な労
作ですね。

 ざっと見ただけですが、東北や長野県の多く残されていて、愛知県は少ないこと
に驚きました。おそらく、東北や長野県には優秀な和算家がいたのでしょうね。

 中学生の頃、関孝和に関する本を読んで和算に興味を持ち、今でも和算ファンで
すので、こんなサイトがあることは喜ばしい限りですね。(^o^)v

 ヨーロッパではニュートンやライプニッツという天才が出現し、同じ頃に日本に
関孝和という天才が出現し、同じような内容の数学を開発したにもかかわらず、そ
の利用の仕方はヨーロッパと日本では大きく異なりましたね。

 ヨーロッパは数学を主として科学技術と軍事に応用し、産業革命を経由して軍事
大国になっていったのに対して、日本では主として科学と知的遊戯に応用し、知的
大国・精神文化大国になっていきました。(何しろ、当時、読み書き数学ができた国
民の割合は日本が断トツで世界一でした)

 数学を知的遊戯に応用するというのは、科学の究極の平和利用ですよね。(^_-)

                        とものり

952. 算額 投稿者:山本直樹 [URL] 投稿日:2010/09/26(日) 19:18:43
杉本先生
興味深いHPを見つけました。私達のご先祖様を尊敬し直しました。こんな田舎にと
思われる神社に奉納されていることに全く驚き!
算額とは,神社や仏閣に奉納した数学の絵馬である.江戸時代中期,寛文年間の頃から始まった風習といわれ,現在全国に約820面の算額が現存しています.算額は,数学の問題が解けたことを神仏に感謝し,益々勉学に励むことを祈願して奉納されたと思われます.人の集まる神社仏閣を発表の場とし,難問や問題だけを書いて解答を付けないで奉納するものも現われ,その問題を見て解答を算額にしてまた奉納するといったことが行われました.算額奉納の習慣は世界に例を見ず,日本独自の文化であり,明治になり洋算の導入を容易にしたのも算額を奉納する風習が貢献しました.
ここに,算額の風化や散逸を憂えて,現存算額のHOME PAGEを開設することにしました.

先人が残してくれた貴重な文化財として,また学問に対する真摯な心得を示唆してくれるこの算額を,いつまでも伝えるため世界に向かって発信します.



951. 黒の舟歌 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/22(水) 16:01:09
 先日、BS-TVで若い男性ボーカルが「黒の舟歌」を歌っていました。

 ご存知の方はご存知のように(^^;)、この曲は1970年代に野坂昭如が歌った名
曲で、加藤登妃子や長谷川きよし等もカバーしています。

 暗くて重い70年代を色濃く反映したこの曲は、やっぱり若い歌手が歌っては味
がでないなぁ…などと思いながら、あの時代を懐かしく思い出していたら、ふと、
この曲は、あの時代に流行った同棲生活を歌ったものであることがわかりました。

 70年代は林静一の名作マンガ「赤色エレジー」を嚆矢として、この作品をフォ
ークソングにしたあがた森魚の「赤色エレジー」、さらにこの作品を一般読者向
きに翻訳した上村一夫のヒットマンガ「同棲時代」、かぐや姫の名曲「神田川」
等、同棲生活をテーマにした作品が流行りました。

 当時は「黒の舟歌」が時代を色濃く反映した曲であることはわかりましたが、
何しろ若かったので(^^;)、直喩や暗喩が盛りだくさんのディープな歌詞の表向
きの意味しか理解できませんでした。

 少々長くなりますが、この曲を知らない人のために歌詞を書いておきます。

・「黒の舟唄」 能吉利人(桜井順のペンネーム)作詞・桜井順作曲

     男と女の間には    深くて暗い川がある
     誰も渡れぬ川なれど  エンヤコラ今夜も舟を出す
     Row and Row  Row and Row  振り返るな Row Row

     お前が十七俺十九    忘れもしないこの川に
     二人の星のひとかけら  流して泣いた夜もある
     Row and Row  Row and Row  振り返るな Row Row

     あれから幾年漕ぎ続け  大波小波ゆれゆられ
     極楽見えたこともある  地獄が見えたこともある
     Row and Row  Row and Row  振り返るな Row Row

     たとえば男はあほう鳥   たとえば女は忘れ貝
     真っ赤な潮が満ちるとき  なくしたものを思い出す
     Row and Row  Row and Row  振り返るな Row Row

     おまえと俺との間には    深くて暗い川がある
     それでもやっぱり逢いたくて エンヤコラ今夜も舟を出す
     Row and Row  Row and Row  振り返るな Row Row

 表向きこの歌詞は、若い男と女が出会い、現実の生活に直面して二人で思い描
いた夢をひとつひとつ捨てながら、人生の荒波にもまれて年を取り、若き日の夢
を思い出して涙し、それでもやっぱりお互いに惹かれあいながら生きていくとい
ったストーリーを、男と女を対比しつつ唄っていて、ちょうど河島英五の「酒と
泪と男と女」のような内容に思えます。

 ただ「船を漕ぐ」という表現がセックスの暗喩であることはすぐわかりますか
ら、この歌詞に濃密なエロっぽさが漂っていることは当時も理解できました。

 しかしこの年になって久しぶりにこの曲を聴いた時、「二人の星のひとかけら」
が17歳の女性が身ごもった子供の暗喩であることと、「真っ赤な潮(うしお)」が
女性の月経の暗喩であることに思い当たり、急に、実はこの歌詞は当時流行った
同棲生活を唄ったものであることがわかったのです。

 男と女の間にある「深くて暗い川」とは、男と女の考え方の違いを表している
のと同時に、子供を産むという男女の根源的な違いも表しているのでしょう。

                            とものり

950. Re[949]:毎度の事ながら、お久しぶりです 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/16(木) 15:36:02
>Yasさん

>>来週は、福島県いわき市の小名浜でクラゲ採集へ行ってきます。

 相変わらず、クラゲ三昧のようですね。今年は越前クラゲの発生が非常に少ない
とニュースで報じていましたが、普通のクラゲの発生はどうなんでしょう?

>>その昔、ハード屋(半導体設計)は論理回路図面を書いていたのですが、
>>いまでは殆どハードウェア記述言語
>>(Verilog,VHDL)で論理回路を作成してますので、ソフト屋になってます。

 そうなんですか! ソフト屋とハード屋の区別がなくなりつつあるんですねぇ。

>>シミュレーション環境では、Perl,シェル,C言語のチャンポン環境なので、
>>人が作った環境を利用する際には動作解析するだけで大変です。

 プログラマにはそれぞれ独自の文体のようなものがありますから、人が作ったソ
フトを解析するくらいなら、最初から自分で作ったほうがよっぽど簡単ですよね。

 本職のプログラマが書いたソースはエラーチェックが非常に多いので、僕のよう
なアマグラマにとってはやたらと難解に見えますよ。(^^;)

>>それに色々な言語を同時に多用するので、似たような記述形式があると、
>>自分が作成したプログラムはPerlなのか、Cなのか、Verilogなのか途中で混乱して、
>>なぜerrorなのか分からなくなる事が多々ありますよ。

 これは僕もよく経験しますよ。

 僕の場合は主としてC++とシェルスクリプトとPerlを使ってますが、これらの言
語は文法が似ているくせに微妙に違うので、混乱しますよね。

                        とものり

949. 毎度の事ながら、お久しぶりです 投稿者:Yas 投稿日:2010/09/15(水) 22:25:47
まだまだ、クラゲやってますよ。
来週は、福島県いわき市の小名浜でクラゲ採集へ行ってきます。

さて、お久しぶりにこちらを訪問したら、プログラム作成環境のお話で盛り上がってますね。
当方は、最近はPerlにはまってます。
その昔、ハード屋(半導体設計)は論理回路図面を書いていたのですが、いまでは殆どハードウェア記述言語
(Verilog,VHDL)で論理回路を作成してますので、ソフト屋になってます。
シミュレーション環境では、Perl,シェル,C言語のチャンポン環境なので、
人が作った環境を利用する際には動作解析するだけで大変です。
それに色々な言語を同時に多用するので、似たような記述形式があると、自分が作成したプログラムは
Perlなのか、Cなのか、Verilogなのか途中で混乱して、なぜerrorなのか分からなくなる事が多々ありますよ。

948. 自作ソフトのCygwinへの移植 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/15(水) 11:49:36
 自作ソフトをFedora用にバージョンアップしたので、次にこれをCygwinに移植
してみることにしました。

 Win上でのソフト開発について、今までどおりフリーのBorland C++を利用する
か、それともCygwinのg++を利用するかについて、まだ最終的な結論は出ていま
せん。

 しかしCygwinのg++はまだ利用したことがないので、試しにFedoraで開発した
自作ソフトをCygwinのg++でコンパイルしてみることにしたのです。

 Cygwin1.7はデフォールトの日本語コードがUTF-8になったので、Fedoraのg++
用ソースファイルをほとんどそのまま移植することができます。

 でも日本語の処理で、やっぱり問題が発生しました。Cygwinは1.7でUTF-8対応
したばかりのせいか、文字列処理関数の中に日本語対応が不完全なものがあるの
です。

 特に正規表現関数regexeが全く日本語対応しておらず、日本語を含んだ正規表
現を受けつけてくれません。自作ソフトで正規表現関数を頻繁に使用するので、
これにはまいりました。(~o~)

 またコード変換関数iconvの日本語対応が不完全で、JISコードが関係するとや
たらとエラーが出ます。これも自作ソフトでたまに使用するため、少々困りもの
です。

 Cygwinがこのあたりのバグを早急にフィックスしてくれることを祈りつつ、現
在、移植作業を進めています。

 実際、日本語処理問題には全く悩まされます…!p(~o~)

                            とものり

947. Fedora本格稼動 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/12(日) 12:07:44
 自作ソフトのUTF-8対応用バージョンアップが終了したので、バックアップPC
での試運転を終了し、LinuxマシンをVineからFedoraにして本格稼動を始めまし
た。

 試運転中に色々と問題が起きましたが、それは全て日本語コードに関するもの
でした。946番の書き込みに書いたように、UTF-8のために自作ソフトの出力部分
を全面的に修正するはめになり、それにかなりの労力を使いました。

 また事前の予想通り、EUC→UTF-8変換で変換エラーが続出しました。(~o~)

 UTF-8は英語圏の人が考案したため、漢字の新字体と旧字体を区別せずに1つの
コードに割り当てています。このため漢字の旧字体を使用していると、たちまち
変換エラーになります。

 また、単位記号などの特殊な文字も変換エラーになります。

 仕事で扱うファイルには依頼者の氏名を記載しますが、名前に使われる漢字は
旧字体のものがたまにあります。

 また医学分野には特殊な測定項目があり、それには特殊な単位記号を用いるこ
とがしばしばあります。

 このため仕事で使うファイルをEUC→UTF-8変換すると、かなりの確率で変換エ
ラーが起きます。

 Shift-JISとEUC-JPはJIS漢字コード体系を踏襲しているため、Shift-JIS←→
EUC-JP変化ではこのような変換エラーは起こりません。

 実際、UTF-8は日本語処理に関しては短所だらけです。

 このコードの長所は、1バイト文字をマルチバイト文字から区別するのに都合
が良い、つまり英語圏の人が自分達の文字を処理する時に、マルチバイト文字を
除外するのに都合が良いという点だけです。

 英語圏の人達が中心になっているインターネットでこのコードがデファクトス
タンダードになりつつある理由は、そんなところにあるような気がします。

 全く困ったもんです…!p(~o~)

                            とものり

946. UTF-8の問題点 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/07(火) 10:36:42
 現在、自作ソフトをUTF-8対応にバージョンアップしていますが、コード変換
処理よりも大きな問題点に気付きました。

 それはprintf等における文字列出力関数の書式指定がマルチバイト文字対応で
はないため、出力桁数を指定して文字列を出力する時、指定した桁数と実際の表
示桁数とが食い違ってしまうことです。

 例えば文字列を10桁の幅で出力する場合、「%10s」という書式指定を用います。
この書式指定は1バイト文字を1桁と扱うため、文字列が"snap"の場合は
「   snap」と左側に6桁のスペースが出力され、その後に"snap"が4桁で出力
されます。

 自作のデータ解析ソフトでは、このような書式指定を利用してデータの表示幅
を揃えたり、解析結果を表形式で出力したりしています。

 この書式指定はマルチバイト文字に対応していないため、例えば3バイトで1文
字の日本語文字を1文字出力する場合、3桁出力したと数えてしまいます。

 例えば文字列が"杉本"で、これらの漢字がそれぞれ3バイトのマルチバイト文
字だとすると、これを「%10s」という書式指定で出力した場合、「  杉本」と
左側に10-3×2=4桁のスペースが出力され、その後に"杉本"が出力されます。

 この場合、"杉本"は全角文字ですから1文字が2桁で表示されます。その結果、
「  杉本」は全体として8桁で表示され、10桁ではなくなってしまいます。

 JISとShift-JISは半角文字であるANK(アルファベット、数字、カタカナ)を1バ
イトで表し、全角文字を2バイトで表します。そのため、マルチバイト文字も書
式指定どおりの桁数で出力することができます。

 EUCはアルファベットと数字を1バイトで表し、半角カタカナと全角文字を2バ
イトで表します。このため半角カタカナ以外は書式指定どおりの桁数で出力する
ことができます。

 しかしUTF-8はアルファベットと数字は1バイトで表しますが、半角カタカナと
全角文字は2〜4バイトで表します。このためマルチバイト文字を書式指定どおり
の桁数で出力することができません。

 自作のデータ解析ソフトは解析結果を表形式で出力するため、UTF-8対応する
と出力部分を全面的に修正することになります。

 全くもって面倒なことですわい…!p(~o~)

                            とものり

945. Re[944]:XML 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/03(金) 09:57:31
>通りすがり(^^;;さん

>>xmlを趣味で・・は流石データ屋さんですね(^^v

 以前暮らしていた薬業界に、PML(Pharmaceutical Markup Language)研究会とい
う、こじんまりとした組織がありましてね。

 この組織は「医薬品の有効性・安全性に関する情報をXMLを利用した文書型定義
であるPMLによって電子的に処理し、製薬業界における業務効率化と医療現場にお
ける治療情報の充実を目指している」という組織で、僕はこの組織の一員だった
ことがあるんですよ。

 PML以外にもMML(Medical Markup Language)とかHL7(Health Level Seven)といっ
た情報交換用の規格が色々と考案されていて、データ解析屋としてはそれらの内容
を一応は知っておく必要があったんですよね。

 規格の内容を知るためには、まずそれを処理するソフトを自作してみるというの
が僕のやり方でして、XMLを利用して独自の文書型定義を作り、それを処理するソ
フトを自作してみたというわけです。

 そんなこんなでXMLがけっこう気に入り、それまでHTMLで記述していたウェブサ
イトをXHTMLでの記述に切り替えました。

 その時、942番の書き込みで紹介していただいた神崎さんのウェブサイトと著書
を参考にさせてもらい、石野恵一さんのウェブサイトにアップされている「Another
HTML-lint」を大いに利用させてもらいました。

 html-lintは今でもウェブページの文法チェックに使っていて、当館の「他館へ
の連絡」コーナーでリンクを張らせてもらってますよ。(^_-)

                         とものり

944. Re[943]:[942]:WEBアプリとXHTML 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2010/09/03(金) 02:27:48
なるほど・・。

でも最新のCPUとかで4台ぐらいのLinuxのクラスタ組めば十分太刀打ちできそうな・・(笑

参考)PS3x8でスパコン(^^;;の作り方・・
   http://www.ps3cluster.umassd.edu/

でもたぶん五月蝿いし、暑いけど・・ですね(^^;;
仕事で・・なら十分検討の余地あるかも。。

PS
xmlを趣味で・・は流石データ屋さんですね(^^v

>とものりさん

>>>通りすがり(^^;;さん
>>
>>>>データ処理系のプログラムだけWEBアプリ(有料・管理の簡単な定額年額会員制・
>>>>先払いなど)にされてはどうでしょ?
>>
>> これについては前に挑戦してみたことがありますが、データ解析でメシを食って
>>いる者にとってはとても実用になりませんでした。
>>
>> 何しろ、28万例×1000項目のデータ(double型とstring型)を内部メモリ上でリス
>>ト構造にしたり、5万個×5万個の行列計算をしたりし、その解析結果を1日で求めら
>>れたりしますからねぇ。
>>
>> データ解析専門の会社でスーパーコンピュータを使用して処理していることを、
>>自作PCと自作ソフトでしこしこと処理して対抗しようとしているんですから、まる
>>でドン・キホーテ並の無茶苦茶さが必要なんですよね。(^^;)
>>
>>>>またCygwinなど前提で、結果をXHTML(こちらはUTF8必須)で吐き出してブラウザ
>>>>参照(必要ならそこからコピペ(笑)・・・も当然ありだと思うのですが。。。
>>
>> 解析結果はOOoで報告書にまとめ、それをMS-WordかPDFに変換して顧客に渡します
>>から、XHTMLで吐き出すと面倒なんですよ。
>>
>> それから当館の各ページは、無謀にもXHTMLを直書きして作成してますよ。ただし
>>Win上で作成しているため、コードはShift-JISですけどね。(^^;)
>>
>> また自作ソフトのマニュアルは、XMLを利用してマニュアル用の独自DTDとXLSを定
>>義し、それに従って作成してます。そしてそれをオンラインマニュアル形式にする
>>ソフトを自作して処理しています。
>>
>> XMLは個人的に気に入っているので、趣味で使ってますが、C++はメシのタネとし
>>て必要に迫られて使ってるんですよね。(+_+)
>>
>>                         とものり

943. Re[942]:WEBアプリとXHTML 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/02(木) 21:54:04
>通りすがり(^^;;さん

>>データ処理系のプログラムだけWEBアプリ(有料・管理の簡単な定額年額会員制・
>>先払いなど)にされてはどうでしょ?

 これについては前に挑戦してみたことがありますが、データ解析でメシを食って
いる者にとってはとても実用になりませんでした。

 何しろ、28万例×1000項目のデータ(double型とstring型)を内部メモリ上でリス
ト構造にしたり、5万個×5万個の行列計算をしたりし、その解析結果を1日で求めら
れたりしますからねぇ。

 データ解析専門の会社でスーパーコンピュータを使用して処理していることを、
自作PCと自作ソフトでしこしこと処理して対抗しようとしているんですから、まる
でドン・キホーテ並の無茶苦茶さが必要なんですよね。(^^;)

>>またCygwinなど前提で、結果をXHTML(こちらはUTF8必須)で吐き出してブラウザ
>>参照(必要ならそこからコピペ(笑)・・・も当然ありだと思うのですが。。。

 解析結果はOOoで報告書にまとめ、それをMS-WordかPDFに変換して顧客に渡します
から、XHTMLで吐き出すと面倒なんですよ。

 それから当館の各ページは、無謀にもXHTMLを直書きして作成してますよ。ただし
Win上で作成しているため、コードはShift-JISですけどね。(^^;)

 また自作ソフトのマニュアルは、XMLを利用してマニュアル用の独自DTDとXLSを定
義し、それに従って作成してます。そしてそれをオンラインマニュアル形式にする
ソフトを自作して処理しています。

 XMLは個人的に気に入っているので、趣味で使ってますが、C++はメシのタネとし
て必要に迫られて使ってるんですよね。(+_+)

                         とものり

942. Re[941]:Cygwinの最新バージョン 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2010/09/02(木) 17:42:11
発想の転換で、

データ処理系のプログラムだけWEBアプリ(有料・管理の簡単な定額年額会員制・先払いなど)にされてはどうでしょ?
WEBのスタンダードは、UTF8ですしね(^^;;

http://www6.atwiki.jp/divadiva/pages/76.html

またCygwinなど前提で、結果をXHTML(こちらはUTF8必須)で吐き出してブラウザ参照(必要ならそこからコピペ(笑)・・・も当然ありだと思うのですが。。。

以上、参考まで。。

http://www.kanzaki.com/docs/html/xhtml1.html

以上ご参考まで。。

>とものりさん

>> 940番の書き込みに関連して、Cygwinの最新バージョンである1.7について調べ
>>てみたところ、デフォールトの文字コードがUTF-8になっていました。
>>
>> こうなると、やっぱりBorland C++からCygwinのg++に乗り換えるのが正解でし
>>ょうかねぇ。(-.-)
>>
>> そうするとソフト開発の手間はかなり省けますが、Win用の自作ソフトはCygwin
>>上でしか作動しないことになりますし、出力結果がUTF-8で出力されることにな
>>ります。
>>
>> そのため出力結果をWinのソフトで扱うには、いちいちコード変換をしなけれ
>>ばなりません。
>>
>> また当館のオリジナルソフトコーナーにアップしてある、Win用自作ソフトの
>>サポートを中止することになります。
>>
>> まあ、当館のWin用自作ソフトを利用している人はほとんどいないでしょうか
>>ら、サポートを中止しても文句を言われることはないでしょう。(^^;)
>>
>>                            とものり
>>

941. Cygwinの最新バージョン 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/02(木) 10:13:49
 940番の書き込みに関連して、Cygwinの最新バージョンである1.7について調べ
てみたところ、デフォールトの文字コードがUTF-8になっていました。

 こうなると、やっぱりBorland C++からCygwinのg++に乗り換えるのが正解でし
ょうかねぇ。(-.-)

 そうするとソフト開発の手間はかなり省けますが、Win用の自作ソフトはCygwin
上でしか作動しないことになりますし、出力結果がUTF-8で出力されることにな
ります。

 そのため出力結果をWinのソフトで扱うには、いちいちコード変換をしなけれ
ばなりません。

 また当館のオリジナルソフトコーナーにアップしてある、Win用自作ソフトの
サポートを中止することになります。

 まあ、当館のWin用自作ソフトを利用している人はほとんどいないでしょうか
ら、サポートを中止しても文句を言われることはないでしょう。(^^;)

                            とものり

940. Re[939]:libiconv 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/09/01(水) 19:08:44
>通りすがり(^^;;さん

>>libiconvはVC++のサポートも終了しているそうです。
>>現状CygwinまたはMinGWをインストールして・・・なんでしょうね(ーー;;

 やはりそうですか。

 僕が作るソフトはシェル環境と組み合わせて使うように設計してあるものが多い
ので、結局のところはCygwinやMinGW上で使うことになるんですよ。

 だからBorlandのC++コンパイラーを使ってWin用のソフトを開発しているのは、
はっきり言って僕の悪しき慣習以外の何者でもありません。(^^;)

 この機会に、CygwinかMinGWのg++に乗り換えましょうかねぇ…?

                        とものり

939. Re[938]:UTF-8その後 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2010/09/01(水) 13:29:13
毎度です。
libiconvはVC++のサポートも終了しているそうです。
現状CygwinまたはMinGWをインストールして・・・なんでしょうね(ーー;;
ハヤリのクラウド・・とかっていう逃げ方もあるのかもしれませんが(笑

>とものりさん

>> 1週間ほど悪戦苦闘した末、ようやくEUC←→UTF-8変換関数を自作しました。
>>しかしこの関数はどう見ても不細工であり、我ながら感心しない内容です。(~o~)
>>
>> そこで「UTF-8の勉強」という所期の目的はある程度達成できたので、結局の
>>ところLinuxの標準的なコード変換関数であるiconv関数を利用してコード変換を
>>することにしました。(^^;)
>>
>> 自作ソフトはマルチプラットフォームにしたいことと、コードの勉強のために、
>>これまではあえてiconv関数は使わず変換関数を自作してきました。
>>
>> というのも、Winで使っているフリーのBorland C++コンパイラーはiconv関数
>>をサポートしていないからです。
>>
>> しかしUTF-8の変換はかなり面倒なので、これまでの自作路線を変更し、Linux
>>ではiconv関数を使用し、WinではWin用のnkf32関数を利用することにしました。
>>
>> 市販のWin用C++コンパイラーではiconv関数がサポートされているかもしれま
>>せんが、今更Win用C++コンパイラーを買う気にはなれません。
>>
>> Cygwinのg++ではiconv関数がサポートされていますが、これを使ってプログラ
>>ムを作ると、Cygwin上でしか動かないプログラムになるので本来の「マルチプラ
>>ットフォーム」にはなりません。
>>
>> どっかに、iconv関数をサポートしたフリーのWin用C++コンパイラーはないも
>>んですかねぇ…?(*o*)
>>
>>                            とものり
>>

938. UTF-8その後 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/31(火) 11:35:17
 1週間ほど悪戦苦闘した末、ようやくEUC←→UTF-8変換関数を自作しました。
しかしこの関数はどう見ても不細工であり、我ながら感心しない内容です。(~o~)

 そこで「UTF-8の勉強」という所期の目的はある程度達成できたので、結局の
ところLinuxの標準的なコード変換関数であるiconv関数を利用してコード変換を
することにしました。(^^;)

 自作ソフトはマルチプラットフォームにしたいことと、コードの勉強のために、
これまではあえてiconv関数は使わず変換関数を自作してきました。

 というのも、Winで使っているフリーのBorland C++コンパイラーはiconv関数
をサポートしていないからです。

 しかしUTF-8の変換はかなり面倒なので、これまでの自作路線を変更し、Linux
ではiconv関数を使用し、WinではWin用のnkf32関数を利用することにしました。

 市販のWin用C++コンパイラーではiconv関数がサポートされているかもしれま
せんが、今更Win用C++コンパイラーを買う気にはなれません。

 Cygwinのg++ではiconv関数がサポートされていますが、これを使ってプログラ
ムを作ると、Cygwin上でしか動かないプログラムになるので本来の「マルチプラ
ットフォーム」にはなりません。

 どっかに、iconv関数をサポートしたフリーのWin用C++コンパイラーはないも
んですかねぇ…?(*o*)

                            とものり

937. Re[936]:nkf 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/26(木) 20:00:17
>通りすがり(^^;;さん

>>検証していませんがC++なら、以下のようにnkf32.dllを使うのが簡単かなぁ。。
>>http://softinat.net/technique/EnDecodebyCpp.html

 これはnfkプロジェクトからダウンロードしたソースファイルの中の、Win用の
nkf32dll.cをコンパイルしたものですよね。

 実はUTF-8の変換関数を自作する時の参考にしようと、nkfのソースファイル
nkf-2.1.0.tar.gzをダウンロードしてUTF8の変換ルーチンを調べたんですよ。

 最初はこのソースファイルの変換部分だけパクろうと考えていたんですが、UTF-8
の勉強のためにとりあえず自作してみようと思ったんですよ。

 自作をあきらめたら、このソースファイルの変換関数をそのまま使ってみるつも
りです。

 今の調子では、ものすごく近い将来にそうならざるをえないような気がしますけ
どね。(^^;)

                           とものり

936. Re[935]:[934]:UTF8 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2010/08/26(木) 14:54:12
なるほど・・・。

検証していませんがC++なら、以下のようにnkf32.dllを使うのが簡単かなぁ。。

http://softinat.net/technique/EnDecodebyCpp.html

>とものりさん

>>>通りすがり(^^;;さん
>>
>>>>UTF-8に関しては、現在WEBではほぼスタンダードです。
>>>>今後は・・UTF8でがいいのかな・・
>>
>> 確かにウェブではUTF8がデファクトスタンダードになりつつあるようですね。
>>
>> そして現在のコンピュータアーキテクチャ、つまり英語圏で開発された8バイトを
>>基本としたアーキテクチャで文字処理をする場合は、EUCよりもUTF8の方が過去のプ
>>ログラム資産を有効活用できそうです。
>>
>> しかし日本語の文字体系からすると、英語圏の人が考案したUnicodeはやっぱり不
>>自然で、JISの方が自然なんですよ。そしてJISのコード体系をできるだけ踏襲しよ
>>うとしたEUCの方が、UTF8よりも多少は自然なんですよね。
>>
>> 日本語処理ルーチンを作る上で一番の問題は、JISまたはShift JIS←→EUC変換は
>>規則的に処理できるためルーチンが簡単で誤変換がほとんどないのに、JISまたはEUC
>>←→UTF8変換は規則的に処理できないため変換テーブルを使う必要があり、誤変換の
>>可能性が高いということでしょうか。
>>
>> 実際、日本語処理がなければプログラムはもっと単純になり、もっと本質的な部分
>>の開発に時間をかけることができるのに……といつも思いますね。
>>
>> 今は勉強のためにEUC←→UTF8変換関数を自作していますが、UTF8をサポートした
>>準的な日本語処理ライブラリがあれば、躊躇なくそれを使いますよ。
>>
>>                           とものり

935. Re[934]:UTF8 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/26(木) 10:08:23
>通りすがり(^^;;さん

>>UTF-8に関しては、現在WEBではほぼスタンダードです。
>>今後は・・UTF8でがいいのかな・・

 確かにウェブではUTF8がデファクトスタンダードになりつつあるようですね。

 そして現在のコンピュータアーキテクチャ、つまり英語圏で開発された8バイトを
基本としたアーキテクチャで文字処理をする場合は、EUCよりもUTF8の方が過去のプ
ログラム資産を有効活用できそうです。

 しかし日本語の文字体系からすると、英語圏の人が考案したUnicodeはやっぱり不
自然で、JISの方が自然なんですよ。そしてJISのコード体系をできるだけ踏襲しよ
うとしたEUCの方が、UTF8よりも多少は自然なんですよね。

 日本語処理ルーチンを作る上で一番の問題は、JISまたはShift JIS←→EUC変換は
規則的に処理できるためルーチンが簡単で誤変換がほとんどないのに、JISまたはEUC
←→UTF8変換は規則的に処理できないため変換テーブルを使う必要があり、誤変換の
可能性が高いということでしょうか。

 実際、日本語処理がなければプログラムはもっと単純になり、もっと本質的な部分
の開発に時間をかけることができるのに……といつも思いますね。

 今は勉強のためにEUC←→UTF8変換関数を自作していますが、UTF8をサポートした
準的な日本語処理ライブラリがあれば、躊躇なくそれを使いますよ。

                           とものり

934. Re[933]:FeroraとUTF8 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2010/08/26(木) 01:05:20
毎度です。。
解析用PCなんでしょうか?

Linux。私の選択方法は、
ちょっと古いハードのときは、CentOS。
Windowsと混在のときとか、CDとかUSBブートはKNOPPIX。
レセコンORCAのときはUbuntu。。。です。
PCスペックが十分なケースはWMWAREで・・なんで、結局なんでも一緒なんですけどね。。

UTF-8に関しては、現在WEBではほぼスタンダードです。
今後は・・UTF8でがいいのかな・・
しかし、自作PG。。
そのままでOKなら、そのままがいいですよね。。(^^v
以下参考まで。。
http://pocketstudio.jp/linux/?FC4%2FFAQ%2F%A5%B7%A5%B9%A5%C6%A5%E0%A4%CE%CA%B8%BB%FA%A5%B3%A1%BC%A5%C9%A4%F2%20EUC_JP%20%A4%CB%A4%B7%A4%BF%A4%A4%A4%F3%A4%C7%A4%B9%A4%AC%A1%A9




>とものりさん

>> 日本語環境が充実していることから、長らくVine Linuxを使ってきましたが、
>>最近、更新がとみに遅くなってきました。
>>
>> そこでFerodaに乗り換ようと思い、バックアップ用の古いPCにFedora 13をイ
>>ンストールし、試運転を行うことにしました。
>>
>> VineもFedoraもRed Hat系ですし、以前の会社でRed Hatを使っていたので、
>>設定等は比較的スムーズに行うことができました。
>>
>> しかし、例によって日本語コードで難問にぶち当たりました!(~o~)
>>
>> Vineは内部コードとしてEUCを使っていたのに、FedoraはUTF8を使っています。
>>そのため自作プログラムの日本語処理ルーチンを見直す必要が出てきたのです。
>>
>> 僕はUnicodeには懐疑的だったので、UTF8はほとんど無視していましたが、こ
>>うなると無視しているわけにはいきません。
>>
>> そのため、現在、UTF8について勉強中です。φ(..)メモメモ
>>
>> いつものことですが、日本語コード問題には困ったもんです…!(~o~)
>>
>>                            とものり
>>

933. FeroraとUTF8 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/23(月) 10:28:34
 日本語環境が充実していることから、長らくVine Linuxを使ってきましたが、
最近、更新がとみに遅くなってきました。

 そこでFerodaに乗り換ようと思い、バックアップ用の古いPCにFedora 13をイ
ンストールし、試運転を行うことにしました。

 VineもFedoraもRed Hat系ですし、以前の会社でRed Hatを使っていたので、
設定等は比較的スムーズに行うことができました。

 しかし、例によって日本語コードで難問にぶち当たりました!(~o~)

 Vineは内部コードとしてEUCを使っていたのに、FedoraはUTF8を使っています。
そのため自作プログラムの日本語処理ルーチンを見直す必要が出てきたのです。

 僕はUnicodeには懐疑的だったので、UTF8はほとんど無視していましたが、こ
うなると無視しているわけにはいきません。

 そのため、現在、UTF8について勉強中です。φ(..)メモメモ

 いつものことですが、日本語コード問題には困ったもんです…!(~o~)

                            とものり

932. 孫のお守り 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/17(火) 10:59:15
 今年のお盆は、娘が孫を連れて帰省して来ました。娘は腹の中に第2子を抱え
ているので、僕とカミさんが主に孫のお守りをすることになり、かなりてんてこ
舞いでした。(^^;)

 カミさんは自分が外出好きなので、孫もどこかに出かけないと満足しないと思
っているらしく、水族館に行ったり、遊園地に行ったり、デパートの玩具売り場
に行ったりと、とにかくお盆の間中出かけまくりでした。

 名古屋のような都会では、お盆には皆が田舎に帰省してしまうため、水族館や
遊園地はわりと空いているんじゃなかろうかという僕の甘い期待はものの見事に
裏切られ、どこもかしこも家族連れでめったやたらと混雑していました。(~o~)

 都会は何しろ人口の絶対数が多いので、お盆に帰省しない人も相当沢山いて、
その人達が我が家と同じように手近な水族館や遊園地に押し寄せるせいで、どこ
もかしこもめったやたらと混雑するようです。

 しかも孫はこっちの都合は全く無視して予想外のものに興味を持ち、クソ熱い
炎天下の道のド真ん中で立ち止まって動こうとせず、こっちを熱中症寸前の状態
にしておいて、疲れるといきなり抱っこを要求して眠りこけてしまいます。

 そして目的の場所(僕が望んでいた、冷房が効いて冷たい飲み物を売っている
場所)に着いたとたんに目をパッチリと開け、さっきの場所に戻りたいと泣き喚
きます。(^^;)

 そんなこんなでめったやたらと疲れたお盆でしたが、そのお盆もようやく終わ
り、いつもの平穏な日々が戻ってきた……と言いたいところですが、実は娘と孫
はまだここにいて、しかもカミさんは仕事で会社に行ってしまったため、僕ひと
りで孫のお守りをするはめになり、より一層てんてこ舞いだったりします。(^^;)

                            とものり

931. Re[930]:ブラックジャック 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/10(火) 11:35:29
>山本直樹先生

>>最近手塚先生のブラックジャックを再読しました。以前は気がつかなかったのですが
>>エンターテイメントの中に手塚先生自身の言葉とも思えるせりふが散りばめられてい
>>ます。少年雑誌にここまで書かれていることは驚異的です。

 ブラックジャックは医学を題材にしているだけに、非常に重いテーマも取り上げて
いて、手塚先生自身の本音が生のまま出ている時がけっこうありますね。

 時には答えが出ない疑問をそのまま出し、カタルシスを得られないまま終わるとい
う、とても少年雑誌向けとは思えない物語もあります。

 手塚先生自身はあくまでもエンターテインメント性を大切にされていて、テーマを
生のまま出してしまうのを嫌っておられましたが、作家としての良心からついつい本
音が出てしまうのでしょうね。

 BJの中に、戦争をしている軍人達に対して「こっちはこれだけ苦労しても、せいぜ
い一人の命を助けるのがやっとだというのに、あんた達は簡単に沢山の人間を殺す」
といった意味のセリフを言う場面があったと思います。

 日本の平均寿命を延ばした主な要因は、1.妊婦皆登録制による新生児死亡率の低
下、2.国民皆保険制よる平等な医療体制、3.国民の所得向上による栄養状態の改
善等だと思いますが、それに加えて、4.長期間戦争をしていない、ということも影
響していると思います。

 戦争は多くの人が死亡するだけでなく、人の命を延ばすための努力を、全て人殺し
のための努力に変更するのですから、平均寿命が縮むのも当然です。

 ご存知のように、第二次世界大戦中、ドイツの製薬企業は新薬の研究の代わりに毒
ガスの研究をされられましたし、アメリカの物理学者は原子力の平和利用の研究の代
わりに原子爆弾の研究をさせられましたし、日本人は全ての物資と労働力を戦争に投
入させられました。

 世の中には戦争をしたくてうウズウズしている人が沢山いますので、その人達には
ユーラシア大陸と南北アメリカ大陸と、おまけにアフリカ大陸を差し上げますから、
そこで勝手に戦争をしてもらい、平和に暮らしたい人達はオーストラリア大陸あたり
にこっそりと集まって、仲良く平和に暮らしたいもんです。(^_-)

                             とものり

930. Re[929]:日本人の平均寿命 投稿者:山本直樹 投稿日:2010/08/09(月) 22:52:41
杉本先生
最近手塚先生のブラックジャックを再読しました。以前は気がつかなかったのですが
エンターテイメントの中に手塚先生自身の言葉とも思えるせりふが散りばめられています。少年雑誌にここまで書かれていることは驚異的です。
BJ先生にも治せなかった病気はあります。治療の成功率は驚異的に高いことは認めますが、90%位です。特に自分の恩師本間先生の難病は治せずに亡くしているのは有名です。
そのときの名台詞
たった一人の人間を救えやしない…医者は何の為にあるんだ。
BJ先生のその他の名台詞
ひとの体は治せても…歪んだ心の底まで治せん。
じゃあ、貴方方は賭けてはいないのかっ。貴方方はいつも、患者が必ず治ると保障して治療をしているのですか。そんな保障のできる者は神しかいない。我々は神じゃない…人間 なんだ。
BJ先生の恩師、本間先生の名台詞
人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね。

929. 日本人の平均寿命 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/08(日) 20:41:59
 最近、100歳以上の高齢者の中に所在不明の人がいることが話題になっていて、
巷では「日本の平均寿命が短くなるのでは?」ということが冗談半分に囁かれて
いるようですね。

 データ解析屋という商売をやっているせいか、某所で「本当に平均寿命が短く
なるの?」と質問されました。

 こういった冗談話に対して真面目に回答するのはヤボですが(^^;)、この機会
に日本の平均寿命の凄さを知ってもらうのもいいかもと思い、真面目に回答する
ことにしました。

 現在の日本人の平均寿命は約83歳であり、人口は約1億3千万人です。この1億3
千万人全員の寿命が1歳短くなると、平均寿命が1歳短くなります。

 つまり日本人の平均寿命を1歳短くするためには、全体として1億3千万歳だけ
寿命を短くする必要があるわけです。

 ということは、全人口の10分の1にあたる1300万人の寿命が10歳短くなると平
均寿命が1歳短くなり、全人口の100分の1にあたる130万人の寿命が100歳短くな
ると平均寿命が1歳短くなります。

 つまり記録上100歳の人が130万人いて、その人達全員が実は0歳の時に死亡し
ていたとしたら、日本人の平均寿命が1歳短くなるわけです。

 さて、現在、日本には100歳以上の人が約4万人いることになっています。

 この人達全員が実は0歳の時に死亡していたとしたら、約4万人×100歳/1億3
千万人=0.03歳(11日)だけ日本人の平均寿命を短くすることになります。

 平均寿命はせいぜい小数点以下1桁くらいまでしか発表されませんから、この
0.03歳つまり11日という数字はほとんど誤差範囲であることがわかると思います。

 現在話題になっている所在不明の100歳以上の高齢者の数は、4万人に比べれば
微々たる数ですし、その人達が実は全員0歳の時に死亡していたとは考えられま
せん。

 したがって100歳以上の高齢者の中に所在不明の人が100人ほどいて、その人達
が実はずっと前に死んでいたとしても、事実上、日本人の平均寿命に全く影響を
与えないことがわかると思います。

 このように1億3千万人の人間が80歳まで生きるということは、本当に物凄いこ
となのです。

 世界の長寿国と言えば、日本以外にアイスランド、サンマリノ、スイスなどが
有名です。

 しかしアイスランドの人口は約30万人、サンマリノの人口は約3万人、スイス
の人口は約750万人であり、日本のように人口1億人以上で長寿国というのは例が
ありません。

 前述の試算から、人口1300万人の国があり、例えば医療の進歩等によってその
全員を10歳長生きさせたとしたら、平均寿命が10歳長くなります。

 しかし日本で同じように1300万人の人を10歳長生きさせたとしても、平均寿命
はわずか1歳長くなるだけなのです。

 このことから、マスコミ等では公表されませんが、日本の医療水準が断トツで
世界最高であることがわかると思います。v(^_-)

                            とものり

928. Re[927]:神社と自治会 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/06(金) 10:09:26
>NEGIさん

>> このような話は私の業界では割とよく聞く話でして、解決法としては
>>その1  ほっとく
>>その2  聞かなかったことにする
>>その3  さっさと代表役員を交代する
>>その4  暇な奴におしつける
>> 等が代表的で、今回はその4の模範的な解決法であったと思います。

 僕の地区には進歩的なリーダーがいたので、この地方では例外的に神社関係のこと
が不完全ながら整理されていて、よせばいいのに自分から首を突っ込んだ「物好きな
暇人σ(^^;)」としては大いに助かりましたよ。

 周囲の地区はほとんどが住宅調整区域であり、まだ神社の境内に公民館が建ってい
て、そこはたいてい登記上は元宮田か私有地のままのようです。

 そしてそれらの地区には地家の人しか住んでいないので、解決法は全て「ほっとく」
です。(^^;)

>> また、地域住民にしても、神主なんかお祭りの時に呼んでくる旅芸人の一種位にしか
>>思っていなく、双方の意識のずれが残念ながらこういった問題の発生と、解決の難しさ
>>の一因になっていますね。

 昔の「お宮さん」は宗教的な施設であると同時に地域の公民館的な施設であり、氏
子会は自治会的な組織でしたから、普通の宗教法人とは性格がかなり違いますよね。

 だから第二次世界大戦後、民主化の一環として各地に公民館が建設された時、この
地方の人達は例外なくそれを神社の境内に建てました。そしてそれがお宮さん騒動の
遠因になっています。

 もっとも、厳密に言えばそれは「公民館」ではなく「自治会館」なんですが、自治
会と昔の町内会組織を区別できていないのと同様に、公民館と自治会館も区別してい
ませんけどね。

 このあたりの意識を改革しない限り、地方の「民主化」はまだまだ遠い先のことで
しょうね。

 もっとも、地方を「民主化」する必要があるのかということも、はなはだ疑問です
けどね。

 そもそも欧米で生まれた「民主主義」という概念と、日本の田舎の運命共同体意識
または横並び意識は少し馴染まないところがあるような気がするんですよね。

 僕の理想の自治会は、昔のような「規約が必要ない、あうんの組織(^^;)」ですか
ら、自分の理想とは正反対の方向に自治会を改革したことになります。(^^;)

                           とものり

927. Re[926]:お宮さん騒動顛末記−使用上の注意 投稿者:NEGI 投稿日:2010/08/05(木) 19:28:21
>とものりさん

>> ……とゆーわけで、お宮さん騒動顛末記はこれで終わります。

 連載お疲れ様でした。

 昔の話とはいえ割とデリケ−トな話題ですから、途中で茶々を入れるのを我慢してい
ましたが、今入れれば入れたでまたややこしくなるのでやめときます。(笑)

 このような話は私の業界では割とよく聞く話でして、解決法としては
その1  ほっとく
その2  聞かなかったことにする
その3  さっさと代表役員を交代する
その4  暇な奴におしつける
 等が代表的で、今回はその4の模範的な解決法であったと思います。

 私んちでも面白い話がいくつかあるのですが、それこそデリケ−トな話なのでここで
は話せません。(笑)

 結局、住職のいるお寺に比べ、神職は神社に住んでいないので管理を地域に任せきり
にしてしまいがちなのが大きな原因でしょう。

 また、地域住民にしても、神主なんかお祭りの時に呼んでくる旅芸人の一種位にしか
思っていなく、双方の意識のずれが残念ながらこういった問題の発生と、解決の難しさ
の一因になっていますね。

 神職のリ−ダーシップと地域住民の理解が求められるところですね。

          NEGI

926. お宮さん騒動顛末記−使用上の注意 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/05(木) 09:34:44
 ……とゆーわけで、お宮さん騒動顛末記はこれで終わります。

 お宮さん騒動の原因解明のための調査は、半分以上は趣味でやったので、当時
もけっこう楽しんでいましたし、こうしてお宮さん騒動が無事に解決した今では、
さらに楽しい思い出になりました。

 人は老人になると思い出話ばかりしたがり、周囲の人に迷惑がられますが(^^;)、
僕もその例に漏れず、思い出話を誰かに聞いてもらいたくなり、人の迷惑顧みず、
この会議室にアップすることにしました。

 アルツ君とハイマーちゃんのせいで(^^;)、老人の思い出話には実際の出来事
と異なることが多々あり、しかもあまりおおっぴらにできない話となると、さら
に老人の妄想が入り込み、実際の出来事とはかけ離れた話になりがちです。

 このお宮さん騒動顛末記もそういった老人の妄想が山ほど入り込んでいて、実
際の出来事とはかけ離れている可能性が高いので、”使用上の注意をよく読み、
誤用を避け、用法用量を守り、副作用に注意して(@NEGI長老)”、神罰を受ける
覚悟で、眉に唾を付けまくって読んでいただけたのなら本望です。

 妄想老人の思い出話に辛抱強くお付き合いいただき、どうもありがとうござい
ました。m(..)m

                   終わりです    とものり

925. お宮さん騒動顛末記−34 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/04(水) 09:21:35
 お宮さん騒動解決のための作業を終了してから2年ほどして、モロモロの事情
から、僕は会社を退職してフリーランスになるために名古屋に引っ越すことにし
ました。

 その時にはまだ土地交換の手続きが終了していなかったので、お宮さん騒動の
経緯と今後行うべき事を資料にまとめ、氏子総代さんに渡して後を託しました。

 後を託したといっても、単に測量と登記を依頼した事務所からの連絡を待つだ
けであり、特に作業が必要というわけではありません。

 そのためこの時も僕は楽観していて、お宮さん騒動が解決するのにそれほど時
間はかからないだろうと思っていました。

 ところがその後、氏子総代さんからは音沙汰がなく、ほとんど忘れかけていた
昨年末、氏子総代さんから「土地交換の手続きが終了し、お宮さん騒動が無事に
解決した」という連絡を貰いました。

 僕が解決のための作業を終了してから、何と10年近くかかったことになります。

 ほとんど忘れかけていただけに、この連絡を貰った時はさすがに感慨深いもの
がありました。(^o^)v

                   続きます     とものり

924. お宮さん騒動顛末記−33 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/03(火) 09:47:53
 S団地の説得工作が成功すると、すぐに解決法1のために土地交換に関する要望
書を神社の代表役員名で町役場に提出し、応急処置2-1のために境内にある町有
地の利用法に関する念書を区長、文化財保存会会長、神社代表役員の連名で町役
場に提出し、さらにS団地近辺にある町有公園の遊具の整備・増設に関する申請
書を区長名で町役場に提出しました。

 そしてお宮さん騒動勃発時に神社の簡易測量を依頼した事務所に、神社近辺の
正確な測量と、土地交換に伴う土地の登記作業を依頼しました。

 またS団地近辺にある町有公園の遊具の整備と増設が行われた後、参道の両側
の公園の遊具を業者に依頼して撤去してもらいました。

 さらに応急措置2-2のために、総会で承認を受けた後、参道の両側の神社の所
有地を借用するための賃貸契約を区長と神社代表役員の間で締結しました。

 S団地の説得工作に比べれば、これらの作業は他愛がないほど簡単でした。

 これらの作業を済ませた僕は、1、2年たてば土地交換の手続きが終了し、お宮
さん騒動は無事に解決するだろうと楽観していました。

 まさかその手続きが終了するまでに10年近くかかってしまうとは、この時は思
ってもみませんでした。(~o~)

                   続きます     とものり

923. お宮さん騒動顛末記−32 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/02(月) 09:41:26
 この時の説明ではわざと触れず、氏子総代さんや文化財保存会の会長さんにも
あえて説明しませんでしたが、遊具の撤去費用は僕の区長報酬(つまり僕のポケ
ットマネーσ(^^;))で負担するつもりでした。

 遊具は地区が勝手に設置したものであり、しかもそれが神社の土地に設置して
あるのですから、当然、その撤去費用を町で負担するわけにはいきません。

 公園に関する神社と自治会の賃貸契約が締結されれば、撤去費用は自治会で負
担することになります。しかしこの賃貸契約は、自治会の総会で承認された後で
なければ締結できません。

 この賃貸契約については、S団地に説明した内容よりもさらに簡単な内容で説
明可能なので、お宮さん騒動のことを気付かれることなく承認を得られる自信が
ありました。(実際、後の総会でその通りになりました。v(^_-))

 しかし総会で承認される前に、フライング的に撤去費用を自治会で負担するの
は避けた方が無難です。

 神社で負担すればどこからも文句は付けられませんが、解決法1の費用のこと
を考えると、神社会計の負担はできるだけ減らしたいところです。

 そういったモロモロの事情を考慮して、遊具の撤去費用を僕の区長報酬からこ
っそり出すことにしたのです。

 「選挙四方山話」の第4章の1で説明したように、僕は町から報酬を貰うのがシ
ャクだったので、区長の仕事をするための表に出せない裏金(^^;)として区長報
酬を利用しました。

 そのため、お宮さん騒動の原因解明のための調査費も、遊具の撤去費用も全て
区長報酬から出しました。v(^_-)

                   続きます     とものり

922. お宮さん騒動顛末記−31 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/08/01(日) 10:59:34
 説明方針が決まると、S団地の代表者に依頼して団地の集会を開いてもらい、
前の書き込みに書いた内容を説明しました。

 S団地は典型的な新興住宅地であり、多くの住人は地区のことには無関心です。
そして自治会活動にも消極的であり、何かと理由をつけて自治会役員になるのを
避けようとします。

 特に最も面倒で苦労が多い区長役については、団地が建設されてから現在まで、
役を引き受けるのを頑なに拒み続けています。

 S団地は地区で最初にできた新興住宅であり、建設された当初は、地区の事情
に疎いからという理由で区長役を免除されていました。

 その後、他の新興住宅が次々と建設され、新興住宅にも区長役が回ってくるよ
うになりました。ところがこの団地だけは、最初の約束を盾にして区長役を拒み
続けていて、他の新興住宅の顰蹙を買っているのです。

 そして事が我が身に降りかかりそうになると、やたらと屁理屈をこねて我侭を
言い、自治会役員に理不尽な文句をつけて反対したがるジコチューな人(^^;)が
大勢います。

 そのため説得するのにやたらと苦労しましたが、最終的には僕の舌先三寸(^^;)
で、お宮さん騒動のことを気付かれることなく、何とか団地の人達の了承を得る
ことに成功しました。

 お宮さん騒動全体の中で、このS団地の説得工作が最も苦労し、かつ気を使っ
たことです。これを無事にクリアしたことにより、僕的にはお宮さん騒動はほぼ
解決したも同然になり、後は事務的な手続きの問題だけになりました。(^o^)v

                   続きます     とものり

921. お宮さん騒動顛末記−30 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/31(土) 11:16:06
 そこで町役場の担当者や氏子総代さん達と相談し、S団地の人達に対して次の
ような説明をすることにしました。

1.公園の遊具を修理してもらおうと町役場に申請したところ、遊具は公園ができ
 た時に地区の人達が町の許可を得ずに設置したものだった。

2.しかも町には新公民館が建っている場所が町有公園として登録されていて、参
 道の両側の現在の公園は町有公園ではない。

3.以前は新公民館が建っている場所に遊具が設置されていたが、公園に新公民館
 を建てたため、また町に許可を得ずに遊具を参道の両側に移転してそこを勝手
 に公園にした。

4.しかしそこは神社の土地のため名目上は神社所有の公園になり、管理責任は町
 ではなく神社にある。そのため神社から町に土地を寄付してもらい、町有公園
 にするのが良いと思う。

5.ところが町有公園は、遊具を設置すると周囲をフェンスで囲む必要があると条
 例で定められている。

6.しかし公園をフェンスで囲むと参道を神楽が通れなくなり、神楽倉庫からの出
 し入れが非常に面倒になる。このため町有公園にするのならば、遊具のない公
 園にする必要がある。

7.そこでS団地の子供達のために、まずはS団地周辺の町有公園の遊具を整備、増
 設してもらうように町役場に申請したい。

8.その後で土地を町に寄付し、最終的には遊具のない町有公園にするのが良いと
 思う。

 「お宮さん騒動顛末記」を最初から読んでいる人にはお分かりのように、この
説明はウソではありませんが、全ての事情を正直に説明しているというわけでは
ありません。

 このあたりも、”悪徳窓際幽霊社員”の面目躍如たるところです。v(^^;)

                   続きます     とものり

920. お宮さん騒動顛末記−29 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/30(金) 09:26:33
 昭和40年代前半に公園に遊具を設置した時、周囲をフェンスで囲みませんでし
たし、昭和40年代後半にその遊具を参道の両側に移転した時も、周囲をフェンス
で囲みませんでした。

 町役場の担当者に指摘されて初めて気が付きましたが、地区にある遊具が設置
された町有公園は、確かに全て周囲がフェンスで囲まれていました。

 遊具が設置されているにもかかわらず、周囲がフェンスで囲まれていない公園
は参道の両側にある公園だけでした。

 しかし公園は参道の両側にあるため、公園をフェンスで囲むということは、結
局のところ参道がフェンスで囲まれることになります。

 そうなると神楽が参道を通れなくなるため、神楽倉庫から神楽を出し入れする
のが非常に面倒になってしまいます。また参道がフェンスで囲まれるというのは、
そもそも不自然です。

 したがって、現実的には遊具を撤去するしかないことになります。そして遊具
は地区の人達が勝手に設置したのですから、土地交換前に地区の責任で撤去する
必要があります。

 しかし公園は主としてS団地の子供達が利用していて、掃除や草取りなどの日
常管理はS団地の人達が交代で行っていました。このため、遊具を撤去するにはS
団地の人達に了承してもらう必要があります。

 そしてそのためには、公園の歴史的経緯をS団地の人達に説明する必要があり、
必然的にお宮さん騒動の内容を説明することになります。

 しかし事情が事情だけに、それはできるだけ避けたいところでした。(~.~)

                   続きます     とものり

919. お宮さん騒動顛末記−28 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/29(木) 09:22:43
 次に町役場に行き、同じことを担当者に説明しました。担当者も納得し、解決
法と応急処置にも基本的には賛同してくれました。

 しかし参道の両側の公園を町有公園にする点について、思いがけない問題点を
指摘してくれました。

 それは、遊具を設置した町有公園は、安全のために周囲をフェンスで囲まなけ
ればならないと条例で定められているという点です。

 そのため参道の両側の公園を町有公園にするためには、遊具を撤去するか、そ
れとも公園をフェンスで囲む必要があるのです。

 「お宮さん騒動顛末記−17」で説明したように、昭和40年代前半に、町の許可
を得ることなくS団地付の町有公園に遊具を設置した人達は、そのことを知らな
かったのでしょう。

 そして「お宮さん騒動顛末記−18」で説明したように、昭和40年代後半に、そ
の遊具を参道の周囲に移転した人達も、当然、そのことを知らなかったはずです。

                   続きます     とものり

918. お宮さん騒動顛末記−27 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/28(水) 09:42:35
 まず手始めに氏子総代さんと宮司さん、そして文化財保存会の会長さんに神社
の変遷と解決法、そして応急処置を説明し、納得してもらいました。

 氏子総代さんは神社の変遷についてある程度のことは知っていたものの、土地
の所有者の変遷などの詳しいことは知らなかったので、僕の調査結果に感心して
大いに納得してくれました。

 文化財保存会の会長さんは長年にわたって地区の文化財保存会の会長をしてい
て、私財を投じて地区の文化財と文化芸能を保存している尊敬すべき人物でした。

 僕は自治会活動を通してこの会長さんと知りあい、お互いに意気投合したので、
色々なことを相談し、助言してもらっていました。

 会長さんは新興住宅の住人でしたが、非常に信頼できる人物でしたので、僕は
お宮さん騒動の全てを説明して協力をお願いし、快諾してもらいました。

 この人は退職前はマスコミ関係の仕事をしていて、宗教関係や法律関係にも詳
しいため、はっきり言って氏子総代さんよりもよっぽど強力なブレーンになって
くれました。v(^_-)

                   続きます     とものり

917. Re[916]:土地改良計画 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/27(火) 13:54:15
>通りすがり(^^;;さん

>>チャチャを入れるわけではないのですが(^^;;、今回の土地はその地域の土地改良や
>>圃場整備には入ってなかった・・・ということなんでしょうか?

 昭和40年代に、進歩的な町会議員が中心になって地区に土地改良委員会を設立し、
この組織が中心になって地区の都市化、つまり地区を住宅調整区域から町の都市計画
指定地区にし、農業用溜池を埋め立て、農業用水の浄化槽排水路共用化等を行い、団
地建設を行ったんです。

 でもその時、神社の境内と参道およびその周辺は町の都市計画には入っておらず、
地区の人達が独自に整備したんですよ。だから、町役場も神社の土地問題を見落とし
てしまったんですよね。(~o~)

 そしてその町会議員は、地区の都市化を完成させる前に、残念なことに早死にして
しまい、その意思を継ぐ人が現れなかったんです。

 実は地区の土地改良委員会は海部郡全体の土地改良委員会の下部組織になっていて、
海部郡出身の自民党の某大物政治家(^^;)がボスをやっています。

 海部郡の土地改良はその某大物政治家が中心になって推進していて、土地改良委員
会の本部にはその人物の銅像(^^;)が建ってますよ。

 僕はその土地改良委員会の本部はもちろん、某大物政治家(この人物は現在でも存
命です(^^;))にも直接面会し、当時の土地改良計画の状況を尋ねました。

 進歩的な町会議員が亡くなったことにより、地区の土地改良と都市化は中途半端な
形で中断し、地区に農家と新興集宅が混在したたまま様々な問題を抱え込むことにな
ります。

 地区の土地改良委員会は土木委員会と名称を変え、一応は存続しています。

 しかし当時のように地区の土地改良や都市化を推進するための組織ではなく、地区
に残された農業用施設や農業用水の管理といったことをするための組織になっていま
す。

 僕が区長になった時、土木委員会は以前の土地改良委員会の名残を残した組織と運
営体制になっていたので、僕がそれを自治会と地家の農家が協力して地区の土木関係
の事業を行うための組織に改革しました。

 僕がやろうとしたことは、進歩的な町会議員の意思を尊重し、その人が計画したこ
とをできるだけ完遂させることでした。

 もしその町会議員がもっと長生きしてくれていたら、僕の出る幕は全くなかったで
しょうね。(^_-)

                           とものり

916. Re[915]:お宮さん騒動顛末記−26 投稿者:通りすがり(^^;; 投稿日:2010/07/26(月) 17:28:13
いよいよ大詰めですね(笑

チャチャを入れるわけではないのですが(^^;;、今回の土地はその地域の土地改良や圃場整備には入ってなかった・・・ということなんでしょうか?

換地計画などに組み入れてあって、手続き(神社庁への手続き)だけが未了(実はよくある話(^^;;)・・・であれば、組合か役所で・・という流れもあったような気もしますが。。

915. お宮さん騒動顛末記−26 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/26(月) 09:35:16
 以上のような解決法と応急処置は、氏子総代さんにも宮司さんにも受け入れら
れるという確信がありましたし、僕自身も納得していました。

 しかし念のために、神社関係のプロに検討してもらうことにしました。

 そこでパソ通仲間の我らがNEGI長老に相談したところ、神社庁にそういった問
題の専門家がいるので、その人を紹介してくれることになりました。

 そしてNEGI長老と一緒に神社庁に行き、その専門家にお宮さん騒動の経緯と解
決法を聞いてもらい、法律的に問題がないかどうか、実施可能なことかどうかを
検討してもらいました。

 その専門家は僕が調査した神社の変遷を聞き、「物好き(^^;)だ」とあきれて
いましたが、解決法については法律的に特に問題はなく、実施可能だと確認して
くれました。v(^o^)

 こうしてその道のプロのお墨付きを貰った僕は、自信を持ってその解決法と応
急処置を実行に移すことにしました。

                   続きます     とものり

914. お宮さん騒動顛末記−25 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/24(土) 08:17:29
 それ以外に、次のような”セコイ(^^;)”策も考えました。

2-4.神社の大祭の時、区長は神社にお神酒を献上する慣習があったが、これを
 「寸志」に代えて現金を献上する。

 これは僕の一存で実行できることでしたし、僕が先鞭をつけることによって、
僕以後の区長も、理由について深く考えることなく同じ慣習に従ってくれると思
ったのです。

 ちなみに僕以前の区長は、某県知事の靖国神社玉串料と同様に(^^;)、お神酒
代を自治会会計から支出していました。しかし僕は寸志を区長のポケットマネー
から出すという慣習に変えました。

 別に玉串料訴訟の最高裁判決を見習ったわけではありませんが、自治会と神社
の政教分離政策を推進している僕自身が、それに反するようなマネはしたくなか
ったのです。

 このように腹黒い策からセコイ策まで、ありとあらゆる方策と手練手管を用い
て神社の会計を助けるようにしました。

                   続きます     とものり

913. お宮さん騒動顛末記−24 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/23(金) 17:20:44
 これ以外にも、神社の会計を助けるために次のような方策も考えました。

2-3.自治会と神社の完全な政教分離を実施する際に、神社会計の収入を少し増額
 する。

 これは「選挙四方山話」の第4章の2で説明した地区の政教分離政策に関連した
ことです。

 詳しい説明は上記のページを読んでもらうとして、この政教分離政策を実施し
た時、地区の負担分が10万円ほど増え、その分だけ神社の収入(氏子会の収入)が
増えるようにしました。

 これは氏子会の賛同を得られやすいようにするためと、実はこの応急処置2.3
のためでもありました。

 これも、いかにも”悪徳窓際幽霊社員(^^;)”らしい腹黒い策です。

                   続きます     とものり

912. お宮さん騒動顛末記−23 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/22(木) 09:46:26
 2番目の応急処置は次のようなものです。

2-2.参道の両側の神社の所有地を地区の公園として有償で借用し、維持管理等は
 地区が責任を持つという契約書を、区長と神社代表役員の間で取り交わす。

 これは公園の管理責任が地区にあることを明確にすると同時に、地区の会計か
ら神社の会計に正々堂々と金銭を提供するための方策です。(^_-)

 何しろ解決法1の実施にはかなりの費用がかかることが予想され、神社の乏し
い収入ではそれを賄いきれないことがほぼ確実でした。

 そこでこの方法によって、地区の会計から神社の会計に実質上の補助金を提供
しようと、いかにも”悪徳窓際幽霊社員(^^;)”らしい腹黒い策を考えたわけで
す。

 将来、解決法1が完了して参道の両側の土地が町有地になれば、この賃貸契約
は自動的に解消することになります。

 その時、解決法1のための費用が神社の会計で賄いきれていなければ、今度は、

2-2'.神社の神楽倉庫を地区の文化財である神楽太鼓と梵天を保存するために有
 償で借用するという契約書を、区長と神社代表役員の間で取り交わす。

という方策に変更することにしました。

 そして解決法1のための費用を神社で賄うことができた時点で、この契約書の
「有償」を「無償」に変更し、神楽倉庫の貸借関係を継続します。

 いくら無償でも、自治会と神社の間の”なあなあの関係(^^;)”によって暗黙
のうちに神楽倉庫を借りるよりも、正式な契約書によって貸借関係を明確にして
おいた方が色々な面で良いはずです。

                   続きます     とものり

911. お宮さん騒動顛末記−22 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/21(水) 09:51:30
 しかしこの解決法1を実行するには正確な測量と面倒な手続きが必要であり、
かなりの費用と時間がかかりそうでした。

 そこで当面の危険性を少しでも減らすために、次のようないくつかの応急処置
も考えました。

2-1.神社の境内にある町有地は地区の文化財である神楽太鼓と梵天を保存するた
 めだけに使用し、特定の宗教活動には使用しないという念書を、区長(地区代
 表者)、文化財保存会会長、神社代表役員の連名で町に提出する。

 これは名目上だけでも政教分離の原則を破らないためと、町有地を無償で使用
させてもらう理由付けのためです。

 もちろんこれが詭弁に過ぎず、単なる気休め(^^;)にしかならないことは十分
にわかっていました。

 しかしこれは費用をかけずにできる対応策ですから、やらないよりはやってお
いた方がいいだろうと考えたのです。

                   続きます     とものり

910. お宮さん騒動顛末記−21 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/20(火) 17:07:07
 こうして神社の変遷がわかると、お宮さん騒動の原因はすぐに理解できました。

 昭和50年代の神社の改築と土地の整理の際、本来ならば境内の町有地を神社の
所有地にし、参道の両側の公園を町有地にしなければならなかったのに、その手
続きを怠ってしまったのです。

 また参道の入り口付近の私有地は、本来ならば神社の所有地にしなければなら
なかったのに、この手続きも怠ってしまったのです。

 この原因がわかれば、解決法は自ずと決まります。その解決法とは、

1.昭和50年代に地区の人達が行おうと意図したことを完成させる

 つまり玉垣で囲まれた境内の町有地と、参道の両側の神社名義の公園の土地を
交換し、参道の入り口付近の私有地を神社に寄付してもらうというものです。

 幸い、境内の町有地と参道の両側の公園はほぼ同じくらいの面積だったので、
金銭を伴わずに土地交換ができそうでした。

 また私有地の地主は長老Tさんの一族だったので、ほぼ確実に無償で土地を神
社に寄付してもらえそうでした。v(^_-)

                   続きます     とものり

909. お宮さん騒動顛末記−20 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/18(日) 12:16:51
○平成10年前後…宗教法人法の一部改正に伴うお宮さん騒動勃発

 そして「お宮さん騒動顛末記-1」に書いたように、平成7年(1995年)の宗教法
人法の一部改正に伴い、神社の土地の中に町有地と私有地があり、しかも神社の
形が神社庁に届けてあった見取り図と食い違っていることが発覚し、お宮さん騒
動が勃発します。

 氏子総代さんと長老Tさんは昭和50年代にはまだ長老ではなかったので(^^;)、
当時の神社の改築と土地の整理には直接関与していませんでした。

 しかし二人とも当時の長老から「神社を改築して色々な問題が無事に一件落着
した」と聞かされていたので、神社の土地の登記簿謄本を見て大いに慌てふため
いてしまったのです。(~o~)

                   続きます     とものり

908. お宮さん騒動顛末記−19 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/17(土) 09:59:08
○昭和50年代…神社の改築と土地の整理

 昭和50年代になると、地家の人達と新興住宅の人達が一緒に自治会やお祭りな
どを行うようになり、政教分離が意識されるようになります。

 そこで、それまでは一緒にしていた自治会の会計と神社の会計を分離し、不完
全ながら名目上の政教分離を行います。

 そして神社の神殿と拝殿を改築し、宮田を埋め立てて境内にした土地に、地区
の文化財である神楽太鼓と梵天(幟旗)を保管するための神楽倉庫を建設し、さら
に参道以外の神社の境内を玉垣で囲います。

 それと同時に、昭和30年代に行った公民館建設と参道周囲の整備の時に、個人
名義の土地(元宮田)と参道の半分の土地を交換したにもかかわらず、土地の名義
を変更しなかった手落ちを修正し、参道の両側の土地を神社名義に変更し、参道
を潰して田にした土地を個人名義に変更しました。

 それによって、参道の両側に移転されたS団地の公園の土地が神社名義になり
ました。

 この時、元参道だった土地の中で、個人の田と参道の間の畦道も個人名義にし
ました。

 ところがこのすぐ後、その個人の田を埋め立てて住宅を建てたため、参道の入
り口がそのまま個人の住宅に続くことになってしまいました。

 そこで残っていた畦道と参道を直角につなげて参道の一部にし、参道の入り口
を住宅の横に変更しました。

 しかしその土地の名義を変更しなかったため、参道の入り口付近が個人名義の
土地になってしまいました。

 こうして参道の形が、神社庁に届けてあった見取り図とまた少し違ってしまい
ます。

 また神楽倉庫を建てた土地は町有地であり、新しい公民館を建てた土地と共に
地目は「公園」として登記してあり、町役場にもS団地付きの町有公園として登
録されていました。

 そして、この土地の名義変更は行われませんでした。町有地といっても元は宮
田だったので、この一連の処理をした人達はそれで問題ないと考えたのでしょう。

 その結果、玉垣で囲まれた神社の境内に、名目上は町有公園である町有地が残
され、参道の両側の公園が神社の土地になり、参道の入り口付近に個人名義の土
地ができてしまいました。

 しかし当時の人達は、玉垣で囲まれた境内と参道が神社の土地であり、新しい
公民館は玉垣の外になって神社とは切り離され、参道の両側の公園は町有公園を
移転した公園だから、これで無事に政教分離が完成して一件落着!……と捉えて
いたと思います。

                   続きます     とものり

907. お宮さん騒動顛末記−18 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/16(金) 10:09:36
○昭和40年代後半…新公民館の建設と公園の移転

 S団地の建設以後、地区の田を埋め立てて新興住宅が次々に建設されます。そ
の結果、従来の公民館が手狭になったため、新しい公民館を建設することになり
ます。

 何しろ、それまでは地家の家が20軒ほどしかなかった地区に100軒もある団地
ができ、それ以後も次々と新興住宅ができたため、地区の戸数が急激に増加して
いたのです。(ちなみに僕が区長をしていた時は戸数が800軒ほどあり、町で最も
戸数の多い地区になっていました)

 また地区の共有地(地区の代表者名義)であった農業用の溜池を埋め立てて、新
興住宅用に売却したため、公民館を建設する財源ができていました。

 そこで従来の公民館を取り壊し、その跡地と、参道を挟んだ反対側の広場にS
団地の公園の遊具を移転してそこを公園にし、公園の跡地に新公民館を建設しま
した。

 この時も、例によって土地の名義は変更しませんでした。そのため新公民館は
名目上は町有公園の中にあり、移転した公園は私有地の上にありました。

 しかし当時の人達は、古い公民館も公園も神社の中にあり、公園を古い公民館
の跡地に移転し、公園の跡地に新しい公民館を作った、つまり公民館と公園の場
所を入れ替えただけで、新しい公民館も移転後の公園も神社の中にあると捉えて
いたと思います。

                   続きます     とものり

906. お宮さん騒動顛末記−17 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/15(木) 10:10:55
○昭和40年代前半…S団地と公園の建設

 昭和34年(1959年)の伊勢湾台風によって、海部郡一帯は大きな被害を受けまし
た。そしてこの地区も大きな被害を受け、田畑がことごとく水没してしまいまし
た。

 当時、地区には町会議員がいて、地区のリーダー役をしていました。その人物
は長老Tさんの亡父であり、非常に進歩的な人でした。

 その人は、この地区の地域的な特徴と当時の社会状況を考え合わせ、伊勢湾台
風の被害を契機として、この地区を農業地帯から名古屋近郊の住宅地にしようと
提案し、地区の人達の説得に成功します。

 そしてその手始めとして神社の周囲の土地を売却して100軒ほどの戸数のS団地
を建設し、さらに残っていた神社の宮田を埋め立てて団地付きの公園を作ります。

 公園を作ったのは、S団地のような大規模な団地には、必ず付随する公園を作
る必要があるからです。

 この時、宮田は町有地でしたから、町役場に依頼して宮田の地目を「公園」に
変更してもらい、建前上は町が公園を作ったことにして、実際の費用は全て地区
が負担しました。

 それによって公園は町有公園になり、町の管理になりましたが、掃除や草むし
りなどの日常管理は地区に委託されました。

 しかしその手続きを行った町会議員を中心とする首脳部以外の人達は、宮田が
公園になったため、神社の中に公園ができたと捉えていたと思います。

 その証拠に公園ができてしばらくすると、町の許可を得ることなく、地区の人
達が地区の費用で公園に遊具を設置しました。

 これは子供達のために地区の人達が好意で行ったことでしたが、このことが後
の公園問題をややこしくする遠因になります。

                   続きます     とものり

905. お宮さん騒動顛末記−16 投稿者:とものり [URL] 投稿日:2010/07/14(水) 09:59:11
○昭和30年代…公民館建設と参道周囲の整備

 昭和30年代になって、地区の公民館を建設することになります。それまで地区
には公民館がなく、地区の寄り合いは区長の家などで行われていました。

 実は、僕が区長になって自治会の規約を制定するまでは——驚いたことに、そ
れまでは規約が全くなく、口伝えの慣習に従って自治会を運営していたのです!
w(+o+)w——区長を中心とした地区の活動が自治会活動であり、町政協力員であ
る区長が自治会長を兼任しているということが、一部の意識の高い人達を除いて
明確には意識されていませんでした。

 そのため地区の人達の”寄り合い(^^;)”が自治会の集会であり、毎月集めて
いる”区費”が自治会の会費であることも明確には意識されていませんでした。

 何しろ以前は区長が住民税などの税金も集金していたため、”区費”を税金の
一種と考えている人もけっこういたのです。

 もちろん、この頃の人達にも”自治会”という意識はほとんどありませんでし
たが、とにかく神社の参道の両側の個人名義の田(元宮田)が埋め立てられ、一方
に公民館が建設され、参道を挟んだ反対側が広場になりました。

 そしてその個人名義の田の代替えとして、参道が半分ほど潰されて田になり、
それが個人の田として使用されました。

 その結果、参道は半分ほどの長さになり、参道の両側に公民館と広場ができま
した。

 この時も当事者間の口約束だけで、土地の名義は全く変更されませんでした。

 ただし、公民館を建てた土地の地目だけは「田」から「宅地」に変更されまし
た。そうしないと公民館を建てることができなかったからです。

 そのため公民館と広場は私有地の上にあり、参道を潰して作った個人の田は神
社の所有地でした。

 しかし当時の人達は、神社の中に公民館と広場ができ、参道が短くなったと捉
えていたと思います。

 こうして参道の形が、神社庁に届けてあった見取り図と少し違ってしまいます。

                   続きます     とものり

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