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付録5 検診のリスク・ベネフィット評価

1.リスクに対する考え方

薬剤の効果と副作用のように、医療行為には必ずリスク(危険性)ベネフィット(利益)があります。 リスクについては「安全(危険性がないという客観的な状況、つまり頭で考えた安全性)・安心(危険性がないという主観的な状況、つまり心で感じた安全性)」という観点から、一般に次のような考え方があります。

  1. ゼロ・リスク:どのようなリスクも排除すべきである
  2. 受容可能なリスク:あるレベル以下のリスクなら受容する
  3. リスク・ベネフィット評価:リスクとベネフィットを総合的に評価して意思決定する

もちろん1番目のゼロ・リスクが理想的な安全・安心であり、究極の目標としてはこれを掲げるべきです。 しかし医療行為に限らず、現実の行為でこの目標を達成できるものはまず存在しないでしょう。

2番目の受容可能なリスクは、ベネフィットの大きさにかかわらず、あるレベル以下のリスクなら受容しようという考え方です。 これはベネフィットが大きくて明確であるのに対して、リスクの大きさが不明確で評価しにくい時に便宜的に用いられる考え方です。

例えば原子力発電所については、電力供給というベネフィットは明確ですが、事故——人為的なものだけでなく、地震、津波、テロ等によるもの——が起こるリスクを正確に評価するのは非常に困難です。 そこで「火力や水力など他の発電所と比較すると確率的にリスクが低いと考えられるので受容可能だ」ということにして、日本の行政と電力会社は原子力発電所の優位性を強調してきました。 しかし福島原子力発電所の事故によって、この考え方の欠点が露呈しました。 また理論的にも、ベネフィットの大きさにかかわらず受容できるリスクというものは考えにくいところです。

そのためリスクとベネフィットの大きさがある程度評価できるのなら、3番目のリスク・ベネフィット評価が最も現実的ということになります。 そこで医療行為の中で普通の人が直面する機会の多い検診について、リスク・ベネフィット評価の方法を模式的に考えてみましょう。

2.検診と疾患のクロス表

表 付録5.1 検診と疾患のクロス表
  正常:(1-p1) 疾患:p1
治癒
検診非受診時:p2 検診受診時:p3
非治癒
検診非受診時:(1-p2) 検診受診時:(1-p3)
副作用無
(1-p4)
副作用有
p4
副作用無
(1-p4)
副作用有
p4
副作用無
(1-p4)
副作用有
p4
検診非受診
(1-p5)
(1):0円
x1
(2):y1
x2
(3):y1+y2
x3
検診受診
p5
(4):y3
x4
(5):y3+y4
x5
(6):y3+y1
x6
(7):y3+y1+y4
x7
(8):y3+y1+y2
x8
(9):y3+y1+y2+y4
x9

<各種の確率>

・疾患の罹患率:p1

普通の人が疾患に罹患する確率です。 この値は厚生労働省などの資料に基いて推測することができます。

検診を受けない時の罹患率は日本人全体の一般的な罹患率になります。 検診を受けて検査結果が陽性になった時の罹患率は陽性予測値になり、検査結果が陰性になった時の罹患率は(1-陰性予測値)になります。 そして全体に対する両者を合わせた割合が一般的な罹患率に一致します。 計算を簡単にするために、ここでは(1-陰性予測値)を限りなく0に近い値と考え、検診による疾患の見逃しはないということにします。 (→9.2 群の判別と診断率)

例:癌の一般的な罹患率を10%とすると:p1=0.1
・疾患の治癒率:p2、p3

p2は検診を受けずに、疾患の症状が発現してから治療を受けて治癒する確率です。 癌のような疾患では、この確率がほぼ0つまり「手遅れ」ということも有り得ます。 p3は検診で特定の疾患を発見され、治療を受けて治癒する確率です。 これは早期発見時の治癒率であり、普通はp2より大きくなります。 これらの値も厚労省などの資料に基づいて推測することができますが、罹患率よりは信頼性の低い値になるでしょう。

例:癌の症状が発現してからの治癒率を20%とすると:p2=0.2
例:癌検診で発見された時の治癒率を60%とすると:p3=0.6
・検診の副作用発現率:p4

検診によって副作用が発現する確率です。 この値も厚労省などの資料に基いて推測することができます。 計算を簡単にするために、クロス表では正常の場合も疾患−治癒の場合も疾患−非治癒の場合も全て同じ確率にしてあります。

例:癌検診の副作用発現率を1%とすると:p4=0.01
・検診の受診率:p5

検診の受診率です。 この値も厚労省などの資料に基いて推測することができます。

例:癌検診の受診率を40%とすると:p5=0.4

<各種の費用>

計算の都合上、クロス表の(1)検診非受診−正常−副作用無の時の費用を0円とし、これを基準にして各種の費用を計算します。

・治療費:y1

疾患の治療費です。 この値はある程度は推測することができますが、値のゆれ幅が大きいので信頼性は低くなるでしょう。 また治療中に収入が減るといったことも考えられ、それも治療費に加算します。 計算を簡単にするために、クロス表では治癒の場合と非治癒の場合を同じ金額にしてあります。

例:癌治療の費用を100万円とすると:y1=100万円
・非治癒時の損失:y2

疾患が治癒しないことによる損失です。 この値の推測は少々難しいと思います。 しかし例えば疾患によって失われる健康寿命――健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間――を推測し、その間に得られたはずの収入に基いて大雑把に計算するという方法が考えられます。 また治癒の場合と非治癒の場合の治療費の違いは、治療費を同じ金額にするためにこの損失に含めて調整します。 計算を簡単にするために、クロス表では検診非受診の場合と検診受診の場合を同じ金額にしてあります。

例:癌が治癒しないため健康余命が10年縮まって5000万円の損失があるとすると:y2=5000万円
・検診の費用:y3

検診の費用です。 この値は正確に決定することができるでしょう。

例:癌検診の費用を1000円とすると:y3=0.1万円
・検診の副作用治療費:y4

検診によって発現した副作用の治療費です。 この値はある程度は推測することができますが、値のゆれ幅が大きいので信頼性は低くなるでしょう。 計算を簡単にするために、クロス表では正常の場合も治癒の場合も非治癒の場合も全て同じ金額にしてあります。

例:検診の副作用を治療するための費用を10万円とすると:y4=10万円

<各種の満足度>

(1) 検診非受診−正常−副作用無の時の満足度:x1=10点

検診を受けず、疾患でもなく、平穏無事に暮らしている時の満足度です。 計算の都合上、この時の満足度を10点とし、これと(3)の0点を基準にして他の満足度を計算します。

(2) 検診非受診−疾患−治癒−副作用無の時の満足度:x2

検診を受けずに、症状が発現してから治療を受けて治癒した時の満足度です。 (1)の満足度と比べると治療を受けた分だけマイナスになり、(3)の満足度と比べると治癒した分だけプラスになると考えられます。

例:癌の症状が発現してから治療を受けて治癒した時の満足度を8点とする:x2=8点
(3) 検診非受診−疾患−非治癒−副作用無の時の満足度:x3=0点

検診を受けずに、症状が発現してから治療を受けて治癒しなかった時の満足度つまり「手遅れ」の時の満足度です。 この満足度を0点とし、これと(1)の10点を基準にして他の満足度を計算します。

(4) 検診受診−正常−副作用無の時の満足度:x4

検診を受けて正常と判定され、検診の副作用も出なかった時の満足度です。 (1)の満足度と比べると、検診を受けるために費やした費用と時間の分だけマイナスになると考えられます。 しかし検診の費用と時間を正常であることを確認して安心感を得るためのものと考えれば、(1)とほぼ同じと考えることもできます。

例:癌検診を受けて正常と判定され、検診の副作用も出なかった時の満足度を10点とする:x4=10点
(5) 検診受診−正常−副作用有の時の満足度:x5

検診を受けて正常と判定されたものの、検診の副作用が発現した時の満足度です。 (4)の満足度と比べると、副作用が発現した分だけマイナスになると考えられます。

例:癌検診を受けて正常と判定されたものの、検診の副作用が出た時の満足度を9点とする:x5=9点
(6) 検診受診−疾患−治癒−副作用無の時の満足度:x6

検診を受けて疾患と判定されたため治療を受けて治癒し、検診の副作用は発現しなかった時の満足度です。 (2)の満足度と比べると、検診を受けた分だけマイナスになると考えられます。 しかし検診によって早期発見・早期治療ができたと考えれば、(2)とほぼ同じと考えることもできます。

例:癌検診を受けて癌と判定されたため治療を受けて治癒し、検診の副作用は出なかった時の満足度を8点とする:x6=8点
(7) 検診受診−疾患−治癒−副作用有の時の満足度:x7

検診を受けて疾患と判定されたため治療を受けて治癒したものの、検診の副作用が発現した時の満足度です。 (6)の満足度と比べると、検診の副作用が発現した分だけマイナスになると考えられます。

例:癌検診を受けて癌と判定されたため治療を受けて治癒したものの、検診の副作用が発現した時の満足度を7点とする:x7=7点
(8) 検診受診−疾患−非治癒−副作用無の時の満足度:x8

検診を受けて疾患と判定されたため治療を受けたが治癒せず、検診の副作用は発現しなかった時の満足度です。 (3)の満足度と比べると、無駄な検診を受けた分だけマイナスになると考えられます。

例:癌検診を受けて癌と判定されたため治療を受けたが治癒せず、検診の副作用は発現しなかった時の満足度を-1点とする:x8=-1点
(9) 検診受診−疾患−非治癒−副作用有の時の満足度:x9

検診を受けて疾患と判定されたため治療を受けたが治癒せず、検診の副作用まで発現した時の満足度です。 (8)の満足度と比べると検診の副作用が発現した分だけマイナスになり、クロス表の中では最悪の状況と考えられます。

例:癌検診を受けて癌と判定されたため治療を受けたが治癒せず、検診の副作用まで発現した時の満足度を-2点とする:x8=-2点

3.コスト・ベネフィット分析

リスクとベネフィットを費用の面から分析する手法をコスト・ベネフィット分析といいます。 クロス表を見ながら、検診に関するコスト・ベネフィット分析を行なってみましょう。

・検診非受診時の費用期待値:y-

検診を受けない時の平均的な費用です。 クロス表の(1)〜(3)の費用に、その状況が発生する確率を掛けて合計した値になります。

y-=y1p1p2 + (y1+y2)p1(1-p2)={y1 + y2(1-p2)}p1

例えばp1=0.1、p2=0.2、y1=100万円、y2=5000万円の時、

y-={100 + 5000×(1-0.2)}×0.1=410万円

・検診受診時の費用期待値:y+

検診を受けた時の平均的な費用です。 クロス表の(4)〜(9)の費用に、その状況が発生する確率を掛けて合計した値になります。

y+=y3(1-p1)(1-p4)+(y3+y5)(1-p1)p4+(y3+y1)p1p3(1-p4)+(y3+y1+y4)p1p3p4+(y3+y1+y2)p1(1-p3)(1-p4)+(y3+y1+y2+y4)p1(1-p3)p4
 =y3 + {y1+y2(1-p3)}p1 + y4p4

例えばp1=0.1、p3=0.6、p4=0.01、y1=100万円、y2=5000万円、y3=0.1万円、y4=10万円の時、

y+=0.1 + {100+5000×(1-0.6)}×0.1 + 10×0.01=210.2万円

この計算結果から、検診を受けると費用期待値が199.8万円減ることがわかります。 これは検診や治療にかかる費用が減るのではなく、疾患の治癒率が高くなって健康寿命が延び、それによって収入が増加することを意味しています。

・全体の費用期待値:yT

検診を受けない時と受けた時を合わせた平均的な費用です。 検診非受診時と検診受診時の費用期待値に、非受診率と受診率を掛けて合計した値になります。

yT=y-(1-p5) + y+p5

例えばp1=0.1、p2=0.2、p3=0.6、p4=0.01、p5=0.4、y1=100万円、y2=5000万円、y3=0.1万円、y4=10万円の時、

yT=410×(1-0.4) + 210.2×0.4=330.08万円

この式で受診率を0.5にして再計算する、つまり国民全体の受診率が10%上がると、費用期待値が1人当たり19.98万円減ることがわかります。 これは国民全体では膨大な金額になるので、厚労省が検診の受診率を上げようとやっきになる理由がよくわかると思います。

・損益分岐点

検診非受診時の費用期待値よりも検診受診時の費用期待値が高くなると、検診を受けない方が良いことになります。 そこで検診の損益分岐点、つまり非受診時の費用期待値と受診時の費用期待値が等しくなる点を求めてみましょう。

y-=y+
{y1 + y2(1-p2)}p1=y3 + {y1+y2(1-p3)}p1 + y4p4

例えばp1=0.1、p2=0.2、p4=0.01、y2=5000万円、y3=0.1万円、y4=10万円の時、

この計算結果から、検診受診時の治癒率p3が非受診時の治癒率p2よりも0.0004(0.04%)以上高くなれば、検診を受診すると費用期待値が減ることがわかります。 これは検診の費用と検診による副作用の治療費(y3+y4p4)に比べて、疾患によって失われる収入(y2p1)が非常に大きいからです。

これらのことから、検診受診時の治癒率が非受診時の治癒率よりも高いほど、また疾患によって失われる収入が(検診の費用+検診による副作用の治療費)よりも大きいほど検診の有用性が高くなることがわかります。 これは直感的にも納得できることだと思います。

4.満足度によるリスク・ベネフィット分析

従来の経済学では、人は経済的な価値に対して合理的な判断ができ、費用期待値が最小になり、利益期待値が最大になる選択肢を選ぶという期待効用理論が信じられてきました。 そのためリスク・ベネフィット評価でもコスト・ベネフィット分析が多用されてきました。 しかし近年の心理学の研究結果から、人は必ずしも期待効果理論どおりに判断するわけではなく、状況によっては非合理な判断をすることがわかってきました。 そして現在は、そういった心理学的な研究成果を取り入れたプロスペクト理論と、それに基づいた行動経済学が提唱されています。

プロスペクト理論では、例えば人は損失を過大評価してそれを避けようとする損失回避性の傾向があり、損失は、それの2〜2.5倍程度の利益と釣り合いが取れると考えられています。 また人は利益や損失を対数的に評価する、つまり金額が小さい時は金額の変化に敏感だが、金額が大きくなると金額の変化を感じにくくなるという感応度逓減傾向もあると考えられています。

そこで上記のクロス表では、検診の費用とは別に主観的な満足度を定義してあります。 この満足度は、例えば検診によって副作用が発現した時は、たとえ軽い症状でもそれを重大に評価するというように、必ずしも費用と比例しなくても良いところがミソです。 この満足度についてリスク・ベネフィット分析を行い、コスト・ベネフィット分析の結果と合わせて検討すれば、検診のリスク・ベネフィット評価をより多面的に行うことができます。

これはちょうど医学分野で、病気が改善したかどうかという医学的な判断を治療の評価項目にするだけでなく、QOL(Quality Of Life、生活の質)という患者の主観的な判断も評価項目にし、両者を合わせて検討することによって治療の効果を多面的に評価できることに似ています。

・検診非受診時の満足度期待値:x-

検診を受けない時の平均的な満足度です。 クロス表の(1)〜(3)の満足度に、その状況が発生する確率を掛けて合計した値になります。

x-=x1(1-p1) + x2p1p2 + x3p1(1-p2)=x1 + {(x3-x1) + (x2-x3)p2}p1

例えばp1=0.1、p2=0.2、x1=10、x2=8、x3=0の時、

x-=10 + {(0-10) + (8-0)×0.2}×0.1=9.16点

・検診受診時の満足度期待値:x+

検診を受けた時の平均的な満足度です。 クロス表の(4)〜(9)の満足度に、その状況が発生する確率を掛けて合計した値になります。

x+=x4(1-p1)(1-p4) + x5(1-p1)p4 + x6p1p3(1-p4) + x7p1p3p4 + x8p1(1-p3)(1-p4) + x9p1(1-p3)p4
 =x4 - (x4-x5)p4 + [(x8-x4) + {(x4-x5)-(x8-x9)}p4]p1 + [(x6-x8)+{(x8-x9)-(x6-x7)}p4]p1p3

例えばp1=0.1、p3=0.6、p4=0.01、x4=10、x5=9、x6=8、x7=7、x8=-1、x9=-2の時、

x+=10 - (10-9)×0.01 + [(-1-10)+{(10-9)-(-1+2)}×0.01]×0.1 + [(8+1)+{(-1+2)-(8-7)}×0.01]×0.1×0.6=9.43点

この計算式は、一見、複雑に見えます。 しかし{(x4-x5)-(x8-x9)}と{(x8-x9)-(x6-x7)}は異なる状況下で副作用が発現した時の満足度の低下度の差であり、どんな状況でも満足度の低下度が同じならどちらも0になり、式から消えてしまいます。 その時の式は次のように簡単になります。

x+=x4 - (x4-x5)p4 - (x4-x8)p1 + (x6-x8)p1p3

・全体の満足度期待値:xT

検診を受けない時と受けた時を合わせた平均的な満足度です。 検診非受診時と検診受診時の満足度期待値に、非受診率と受診率を掛けて合計した値になります。

xT=x-(1-p5) + x+p5

例えばp1=0.1、p2=0.2、p3=0.6、p4=0.01、p5=0.4、x1=10、x2=8、x3=0、x4=10、x5=9、x6=8、x7=7、x8=-1、x9=-2の時、

xT=9.16×(1-0.4) + 9.43×0.4=9.286点

この場合は受診率が10%上がると満足度期待値が0.027点高くなります。 ただしこの場合の満足度は個人的な主観に基づく値のため、この上昇値には費用期待値の低下値ほどの意味はありません。

・損益分岐点

満足度の損益分岐点は、検診非受診時の満足度期待値と検診受診時の満足度期待値が等しくなる点です。

x-=x+
x1 + {(x3-x1)+(x2-x3)p2}p1=x4 - (x4-x5)p4 + [(x8-x4)+{(x4-x5)-(x8-x9)}p4]p1 + [(x6-x8)+{(x8-x9)-(x6-x7))}p4]p1p3

例えばp1=0.1、p2=0.2、p4=0.01、x1=10、x2=8、x3=0、x4=10、x5=9、x6=8、x7=7、x8=-1、x9=-2の時、

この結果から、検診受診時の治癒率p3が非受診時の治癒率p2よりも0.1(10%)以上高くなれば、検診を受診すると満足度期待値が高くなることがわかります。 費用期待値の場合は、同じような条件でp3がp2よりも0.0004(0.4%)以上高くなれば費用期待値が減りました。 この違いは、治癒した時と治癒しない時の費用の差が大きいのに対して、治癒した時と治癒しない時の満足度の差が小さいことと、検診を受けたことの満足度マイナス分と、検診による副作用が発現した時の満足度マイナス分を、それにかかった費用よりも過大に評価していることに起因しています。

この損益分岐点の計算式は、一見、かなり複雑に見えます。 しかし検診受診時の満足度期待値と同様に、異なる状況下で副作用が発現した時の満足度低下度が同じとすると次のように簡単になります。

さらに異なる状況下で治癒しなかった時の満足度低下度が同じで、最終的な結果が同じなら検診を受けても満足度が低下しなければ、次のようにもっと簡単になります。

この式から検診受診時の治癒率が非受診時の治癒率よりも高いほど、また非治癒の場合の満足度低下度が検診の副作用発現による満足度低下度よりも大きいほど、検診の有用性が高くなることがわかります。 これはコスト・ベネフィット分析の結果と同じような内容であり、直感的にも納得できることだと思います。

そして非治癒の場合の満足度低下度が非常に大きい、つまり手遅れになってから病気が発見されるのは絶対に嫌だという時は、上式の右側の第2項の分母が非常に大きくなってこの項が実質的に0になります、 そのため検診受診時の治癒率が非受診時の治癒率よりもわずかでも高ければ、検診を受けた方が満足度が高くなります。 その反対に検診を受けて副作用が出るのは絶対に嫌だという時は、同じ第2項の分子が非常に大きくなってこの項が1以上になり、検診受診時の治癒率の損益分岐点が100%を超えてしまいます。 そのため他の条件がどのようなものでも、検診を受けない方が満足度が高くなります。

このようなリスク・ベネフィット評価は、検診だけでなく予防接種や疾患の治療法などにも応用できます。 予防接種の場合、接種時の治癒率が上がるのではなく疾患の罹患率が低下します。 そのため接種時は健康寿命が延びて収入が増えるだけでなく、治療費も減少し、国全体の医療費の削減になります。 そこで予防接種によって医療費の大きな削減効果が期待できる時は、その費用を国が負担することもあるわけです。 また疾患の治療法の場合はクロス表の正常の欄を無くし、疾患の欄だけでリスク・ベネフィット評価を行います。

このリスク・ベネフィット評価の中の確率と費用と満足度は、日本人の平均的な値を用いることも、特定の個人の値を用いることもできます。 平均的な値を用いた時は「日本の平均的なリスク・ベネフィット評価」になり、厚労省などが医療政策の是非を検討する時の参考資料になります。 特定の個人の値を用いた時は「個人的なリスク・ベネフィット評価」になり、その人が検診を受けるかどうかを検討する時の参考資料になります。 そして満足度は個人の価値観によって大きく異なるでしょうし、疾患の罹患率や治癒率も費用も個人によって異なるため、両者の結果は一致するとは限らず、むしろ食い違うのが普通でしょう。

例えば非治癒時の健康寿命の損失は平均余命によって大きく影響を受けるので、個人の年齢によってリスク・ベネフィット評価は大きく異なると思います。 端的に言えば、僕のような余命いくばくもない老人が検診を受けても大きなベネフィットは期待できないので、検診を受ける意義は小さいということです。 σ(^^;)

このようにクロス表を利用した模式的なリスク・ベネフィット評価は様々な場合に応用できるので、これをたたき台にして皆さんも色々と考えてみてくだい。 (^_-)