玄関雑学の部屋雑学コーナー統計学入門

12.4 コサイナー法

(1) 振幅と位相の極座標表示

周期回帰曲線には振幅と位相という2つのパラメーターがあり、これは回帰直線の回帰係数つまり直線の傾きに相当する値です。 周期回帰曲線を図12.2.1のようなグラフにすれば、これらのパラメーターが表すものを感覚的に理解することができると思います。 しかしこのグラフは周期回帰曲線の形を表現するためのものであり、振幅と位相そのものを表現するためのものではありません。

そこでミネソタ大学時間生物学研究室のハルバーグ(Franz Halberg)博士は、振幅と位相を特殊な極座標上にベクトル表示する手法を開発し、コサイナー法(cosinor、cosineとvectorの合成語)と名付けました。 例えば第2節で求めた表12.1.1の平均値に関する周期成分1だけの周期回帰曲線について、振幅と位相をコサイナー法によってグラフ表示すると図12.4.1のようになります。 (注1)

周期回帰式:y=128.9 + 25.4・cos(15t - 210.5)
メサー:A0=128.9  振幅:A1=25.4   角周波数:ω1=360/24=15  位相:θ1=210.5   位相時間=210.5/15=14.0時間
重寄与率:R2=0.693(69.3%)
周期回帰の検定:Fβ=23.707(p=4.1137×10-6)>F(2,21,0.05)=3.467 … 有意水準5%で有意
振幅と位相の95%同時信頼楕円:動径25.4、偏角210.5度の点を中心とする半径9.7の円
図12.4.1 コサイナー法による振幅と位相の表示

普通の極座標は直交座標の横軸に相当する点、つまり円周の右端が偏角0度の点であり、そこから反時計回り(左回り)に角度が増えていきます。 しかしコサイナー法の極座標は直交座標の縦軸に相当する点、つまり円周の頂点が偏角0度の点であり、そこから時計回りに(右回り)に角度が増えていきます。 そして偏角0度の点が夜中の0時を表し、1時間ごとに15度回転し、24時間で360度回転します。 これは24時間時計の文字盤を表したものであり、位相を感覚的にわかりやすくするための工夫です。 (注2)

円周の中の灰色で塗りつぶした部分は睡眠中であることを表します。 この円周部分には睡眠だけでなく食事などのイベントもプロットすることができ、イベントと位相との関係を検討することができるように工夫されています。 なおハルバーグが開発したオリジナルのグラフは極座標の座標軸に相当する円周に時間だけでなく角度なども表記されていて、もっと複雑です。 しかし複雑すぎて描くのが面倒なため(^^;)、図12.4.1ではそれを簡略化してあります。

振幅と位相はグラフの左下のベクトルで表され、ベクトルの長さ(動径)が振幅を、頂点からの角度(偏角)が位相を表します。 そしてベクトルの先端を中心とした円が振幅と位相の95%同時信頼楕円を表します。 振幅と位相はお互いに関連があるため、それぞれの信頼区間を独立には決められず、両者が同時に変化する楕円(データの測定間隔が一定ではない時)または円(データの測定間隔が一定の時)になります。 そしてその同時信頼楕円の中に原点が含まれなければベクトルの大きさが0ではない、つまり振幅が0ではない確率が95%以上になり、周期回帰の検定結果が有意水準5%で有意になります。

もし位相を一定とすると振幅の信頼区間が一定になり、振幅と同時信頼楕円の半径からその信頼区間を求めることができます。 図12.4.1で位相が210.5度(14.0時)の時、ベクトルをそのまま伸ばした直線と95%同時信頼楕円の2つの交点が振幅の95%信頼区間になり、それは25.4±9.7になります。 反対に振幅を一定とすると位相の信頼区間が一定になり、位相と同時信頼楕円の半径からその信頼区間を求めることができます。 図12.4.1で振幅が25.4の時の、極座標の原点から95%同時信頼楕円に2本の接線を引いた時の接線の角度が位相の95%信頼区間になり、それは210.5±22.5度(12.5〜15.5時)になります。

このようにコサイナー法の特徴は振幅と位相をグラフ表示できるという点と、両者の同時信頼楕円を描くことによって、それぞれの信頼区間をグラフ表示できるという点にあります。 またコサイナー法では複数の周期回帰曲線の振幅と位相を1つのグラフに描くことが比較的容易です。 それに対して図12.2.1のようなグラフでは、複数の周期回帰曲線を1つのグラフに描くとグラフが見づらくなってしまいます。

その代わり、コサイナー法では複数の周期成分を含む周期回帰曲線を描くことが困難です。 複数の周期成分があると、それぞれの周期成分に振幅と位相があるので1つの周期回帰曲線を複数のベクトルで表示することになります。 そうするとそれらのベクトルが複数の周期回帰曲線のものか、それとも複数の周期成分のものか判別できなくなってしまうからです。 したがってコサイナー法は、原則として周期成分1だけを含む周期回帰曲線の振幅と位相をグラフ表示するための特殊な手法であり、応用範囲が狭い手法と言えるでしょう。

(2) シングルコサイナー法とグループコサイナー法

オリジナルのコサイナー法は、個人のデータを用いる単純な周期回帰分析の結果を極座標でグラフ表示します。 そして集団を対象にする時は個々の被験者に単純な周期回帰分析を適用し、それらの振幅と位相を平均することによって集団の振幅と振幅を求めます。 このように集団を対象にしたコサイナー法のことをグループコサイナー法(group mean cosinor method)といい、個人を対象にしたコサイナー法のことをシングルコサイナー法(single cosinor method)といいます。

グループコサイナー法によるグラフ表示では、個々の被験者の振幅と位相はベクトルではなく点で描き、集団の振幅と位相だけをベクトルで描くのが普通です。 そうすることによって集団の振幅と位相のベクトルが個々の被験者のプロットの中心部に位置し、集団を感覚的に把握しやすくなるからです。

しかし第2節の(4)周期回帰分析の注意点で説明したように、個々の被験者は周期的な活動以外に突発的な活動もしていることが多く、データに周期変動だけでなく突発的な変動も含まれている可能性があります。 そのため個々の被験者に周期回帰分析を適用すると、往々にして周期回帰曲線がうまくフィットしないことがあり、それらの振幅と位相を平均した値が集団に共通する周期変動を的確に表さない可能性が高くなります。

例えば表12.1.1のデータにグループコサイナー法を適用すると次のようになります。

○被験者1
周期回帰式:y=126.5 + 22.6・cos(15t - 224.2)
周期回帰の検定:Fβ=16.867(p=0.00004)>F(2,21,0.05)=3.467 … 有意水準5%で有意
○被験者2
周期回帰式:y=131.3 + 29.4・cos(15t - 200.0)
周期回帰の検定:Fβ=23.860(p=0.000004)>F(2,21,0.05)=3.467 … 有意水準5%で有意
○全体
メサー平均値=(126.5 + 131.3)×0.5=128.9  振幅平均値=(22.6 + 29.4)×0.5=26.0
位相平均値=(224.2 + 200.0)×0.5=212.1  位相時間平均値=212.1/15=14.1時間

この場合は被験者が2名だけのため、この方法で求めた振幅平均値および位相時間平均値と、平均値に周期回帰分析を適用した時の振幅(25.4)および位相2(14.0時間)はあまり変わりません。 しかし被験者が多くなるほど両者の結果が食い違う可能性が高くなり、グループコサイナー法で求めた振幅平均値と位相時間平均値が集団に共通する周期変動を的確に表さない可能性が高くなります。 したがって集団を対象にする時は、グループコサイナー法ではなく第3節で説明した二元配置型周期回帰分析を適用し、その結果をコサイナー表示する方が良いと思います。

いずれにせよコサイナー法は非常に特殊な手法のため、発表された当初はかなり注目されたものの、それ以後はあまり普及していません。 今後も特殊な分野だけで使われ、広く普及することはないと思います。


(注1) コサイナー法では、原則として基本周期Tを24時間とした周期成分1だけの周期回帰モデルを用いて周期回帰分析を行います。 (→12.2 周期回帰分析 (注1))

周期回帰モデル:
:メサー   :振幅   :位相、
T=24:基本周期  :角周波数   ε:回帰誤差

このモデルのcos項のフーリエ係数a1をx座標にし、sin項のフーリエ係数b1をy座標にした点を普通の直交座標にプロットし、原点からその点までのベクトルを作ると、そのベクトルの長さが振幅A1になり、x軸との角度が位相θ1になります。 しかしこの表示法では位相が0度つまり0時の時はベクトルがx軸と重なり、位相が増えるに従ってベクトルが反時計回りつまり左回りに回転します。

図12.4.2 フーリエ係数による振幅と位相の表示

そこでハルバーグは時計と同じように位相が0度の時はベクトルが真上を指し、位相が増えるに従って右回りに回転するように、cos項のフーリエ係数a1をy座標にし、sin項のフーリエ係数b1をx座標にしてグラフ表示することにしました。 これによってグラフは24時間単位の時計のようになり、位相時間を感覚的に把握しやすくなります。 そしてその座標系を直交座標から極座標にし、座標軸として角度表示だけでなく時間表示も追加して、色々なイベントをプロットできるように工夫したものがコサイナー法のグラフです。

振幅と位相の同時信頼楕円はフーリエ係数の分散と共分散から計算します。 フーリエ係数は周期回帰モデルを重回帰モデルで表した時の偏回帰係数に相当するため、重回帰分析と同様の計算式によって分散と共分散を計算することができます。 (→7.3 変数の選択 (注1))

        
     
a1の分散:Va1=VR・x11(-1)   b1の分散:Vb1=VR・x22(-1)   a1とb1の共分散:Vab=VR・x12(-1)
VR:残差分散

この分散と共分散を用いて、相関分析の信頼楕円を求める時と同じ原理で振幅と位相の100(1-α)%同時信頼楕円の方程式を求めることができます。 (→5.5 各種手法の相互関係 (注1))


F(2,φR,α):第1自由度2、第2自由度φRのF分布における100α%点   φR:残差自由度

この楕円の方程式は通常の直交座標系における方程式ですから、コサイナー法の極座標にこの楕円を描く時はこの方程式のx座標とy座標を入れ替えて描く必要があります。 なお測定間隔が等間隔の時はcos項とsin項の相関が無くなり、a1とb1の共分散が0になります。 そのためこの楕円は円になります。

表12.1.1の平均値について実際に計算してみましょう。


     

A0=128.938  
  θ1=π + 0.5322944=3.67389(210.459°)
    
Vab=13.6528×0=0  F(2,21,0.05)=3.4668

∴{x - (-21.9228)}2 + {y - (-12.9126)}2=9.7292

この95%同時信頼区間は(-21.9228,-12.9126)を中心にした半径9.729の円になります。 この円をx座標とy座標を入れ替えて描いたものが、図12.4.2の振幅と位相の95%同時信頼楕円です。 そしてこの場合は信頼楕円が円になるため、振幅と位相の95%信頼区間を比較的簡単に求めることができます。

位相が210.498度の時の振幅の95%信頼区間:ベクトルの長さ±半径=25.4±9.7
振幅が25.443の時の位相の95%信頼区間:原点から95%同時信頼円に引いた2本の接線のなす角
 ベクトルと円の半径と接線によって形成される三角形はベクトルを斜辺とする直角三角形になり、
 ベクトルと接線のなす角が信頼区間幅の半分の角度になる。
 
 ∴95%信頼区間:210.5±22.5°

(注2) 時計が右回りなのは最初の時計が日時計であり、それが北半球で発明されたからです。 北半球では日時計の影つまり時計の針は右回りに回転し、昼の12時に北を指します。 そして普通は太陽を背にして——つまり北を向いて——日時計の文字盤を見るため、昼の12時が一番上になったわけです。 もし日時計が南半球で発明されていたら、昼の12時が文字盤の一番上になり、時計は左回りになっていたでしょう。

以前、オーストラリアに行った時、南を上にした観光用の地図は見たものの、左回りの時計は見ませんでした。 これは科学的見地からすれば”片手落ち(^^;)”と言わなければなりません。