玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー不思議の国のマトモな事件

シーン3

友規  「最後の証人として、被告の波野光子を喚問いたします」

白ウサギ、またまたラッパを吹き鳴らし、声を張り上げる。

白ウサギ「アリスーッ!」

するとラッパの音とともに、どこからともなく白塗りのノッペラボウな顔をしたチンドン屋が現れ、不思議な曲を奏で、ビラをまき散らしながらねり歩く。 チンドン屋の後ろには、つばの大きな帽子を被った少女がついて歩いている。 少女の顔はつばに隠れて見えない。 ミミ、驚いてそれを眺めているが、やがてチンドン屋と少女がいずこへともなく消え去ってしまうと、首をひねりながら観客の方を向き、話しかけるような口調で、

ミミ  「……何だったの、今の? 何かの伏線なわけェ? ただ単に、『うる星やつら パート2』のマネしただけって気もするけど……」

トランプの衛兵がミミを証人席に連れて行こうとする。 ミミ、それを払いのけながら、

ミミ  「いやっ、さわんないでよ! 一人で行くわよ、もー。 でも言っときますけどね、あたしは波野光子でもアリスでもなくって、小山内ミミってゆーんですからね、ほんとは!」

ミミが証人席に座ると、友規が厳めしい顔つきでその前に立つ。

友規  「では、ここで改めてお尋ねしますが、昨日、被告はメリヴェール家の玄関を通り、書斎に侵入して、メリヴェール卿に発見されたのですね?」

ミミ  「何言ってんのよ友規君! 昨日は、あたし、伴ちゃんの下宿にいたじゃない。 友規君も遊びに来たもんだから、ラーメン作ってあげよーとして、お鍋ひっくり返しちゃったの、もー忘れちゃったの? 友規君ったらあきれちゃって、『頼むから、ミミちゃんはじっとしててくれよ〜!』なんて言ってさ……」

友規  「よろしい、そこまでは素直に認めるわけですね。 ではその時、被告はどちらの窓から書斎に侵入したのですか? あの見取り図のAの窓ですか? それともBの窓ですか?」

友規、質問しながら黒板の見取り図を指差す。 ミミ、あっけにとられて友規の顔を見つめる。

ミミ  「……友規君、あたしの言ってること聞こえないの? 耳、どーかしちゃったわけェ!?」

友規  「(驚いて)なんと、またしても両方通ったなどと! 一体全体、そのような奇妙な主張が、認められるとでも思っているのですか!? いやしくも被告は不可分の一個体であって、半分に分裂したり、同時に2つの異なる場所にいたなどという奇妙キテレツな現象は、いまでかつて観察されたためしがないのですよ。 したがって論理的に考えれば、被告はどちから一方の窓を通って書斎に侵入したに違いないのです。 さあもう一度尋ねます、一体どちらの窓を通ったのですか? ええ?」

と、激しくミミに詰め寄る。 ミミ、友規の顔をうかがいながら、

ミミ  「……友規君、どーしてそんなに怒ってんのォ? あたしが、友規君に何か悪いことした? ……あっ、そーか! 友規君、まーた女の子に振られたんでしょ。 こないだ、ちょっとカワユイなって言ってた、あの子じゃない? だからあたしが言ったでしょ、あの子、すっごい面食いだからよしたほーがいいって……」

友規  「フーム、どうしても、両方通ったと主張するのですね。 確かに被告が窓を通っている現場を目撃した人はいないのですから、直接証拠こそありませんが、論理的に言って、どちらか一方を通ったに違いないという状況証拠は揃っているのですよ。 もういいかげんに観念して、本当のことを白状したらどうです?」

ミミ  「白状するも何も、あたしは悪いことは何にもしてないしィ、自分じゃあ人から言われるほど可愛いって思ってないしィ、目がチャームポイントだってよく言われるけど、自分じゃあ鼻のほーが気に入ってるしィ……」

友規  「そうですか、それならそれでいいでしょう。 どうしてもそれが事実だと言い張るのでしたら、被告の主張と私の推理と、どちらが論理的に正しいものか、判事の方々に判断していただくことにしましょう」

友規、怒りを含んだ表情で弁護人席に向きなおり、

友規  「これで、尋問を終わります。 反対尋問をどうぞ」

友規が席に戻ると、伴人が前に出る。

伴人  「えー、ただいま検察官は、被告の主張が論理的ではないようなことを言われましたが、私は検察官の推理こそ非論理的であると主張します。 被告が不可分の1個体であって、半分に分裂したり、2つの異なる場所で同時に観測されたことがない事実は私も認めますが、それによってすぐに、被告がどちらか一方の窓だけを通って書斎に入った、という推理は成り立たないのです」

友規、驚いて立ち上がり、激しい口調で、

友規  「異議ありーっ! 裁判長、弁護人はまるで理屈に合わない主張をしております。 私は断固、異議を申し立てるものであります!」

眠りネズミ「……ウー、わしゃー、もーくたびれてまったでなァも、勝手に議論してちょーでェーよ。 あー、おーじょーこいてまったでかんわ、ムニャ、ムニャ……」

眠りネズミ、そのまま眠り続ける。

伴人  「それでは、今の私の主張をもう少しはっきりさせましょう。 私が認める事実は、被告が他の何者かに触れるなり捕まえられるなりして、観測された時は、確かに不可分の1個体であって、半分に分裂したり、同時に2つの異なる場所にいることはないということであり、決してそれ以上でもそれ以下でもないのです。 つまり、他の何者かによって観測されていない時に、被告がどんな状態でいるのかということは誰にもわからないのですから、観測された時の状態を、観測されない時へも、同じようにそのままあてはめるのは危険だと言っているのです」

友規  「私は弁護人の議論に承服しかねますね。 それでは現行犯だけが有罪で、他の場合は、いくら証拠が揃っていても無罪だということになってしまいかねません」

伴人  「私もそこまでは言ってませんよ。 ただ、観測するという行為自体が、相手の状態や行動に影響を与えてしまう場合には、観測されない時の状態や行動を正確に知ることはできないと言っているだけです。 例えば、人の前では善人ぶって立派なことを言っている人が、陰では平気で悪事を働くなんてことは、世間にいくらでもあるじゃありませんか」

傍聴席から「そうだそうだ、政治家を見ろ!」とか、「そのとおり! 警官や坊主を見てみろ!」などというヤジが飛ぶ。

伴人  「またその反対に、人の前では気恥ずかしくてワルぶってても、人の見てない所ではこっそり野良犬や捨て猫を可愛がるなんて人も、少ないけれどいることはいます」

傍聴席から「そうだそうだ、俺を見ろ!」とか、「お前は根っからのワルだろーがァ!」などというヤジが飛ぶ。

友規  「それは私も認めます。 しかし、相手に気付かれないでこっそり観測すれば、観測されていない時と同じ行動を観測できるはずです」

伴人  「もしもそういったことが可能ならば、おっしゃるとおりです。 でも残念ながら、被告の波野光子はそういったことができず、他のものに触れるとか捕まるとかして、他のものと相互作用をしなければ、観測することができない性質のものなんですよ。 逆に言いますと、被告がものとして認識されるのは、他のものと相互作用をする時だけなんです。 しかもやっかいなことに、観測された時には、その観測されたということ自体によって被告の状態が変化を受け、それ以後の状態を正確に予測することができなくなってしまうんです。 これを『不確定性原理』と名付けましょう」

友規  「弁護人の言われることは、私には納得しかねますな。 それでは観測されていない時の被告の行動を、一体どうやって推理するのです?」

伴人  「実は、それを正確に推理することはできないんですよ。 何しろ不確定性原理に基づいて推測しますから、これこれだという決定的なことを推測するんではなくて、ある場所で、ある瞬間に被告がどの程度の確率で観測されるのか、ということを計算することしかできないんです」

友規  「どうも曖昧な話ばかりですな、弁護人のおっしゃることは。 そんな屁理屈ばかり並べていても、ラチはあきませんよ。 弁護人は『両方の窓を通った』という被告の主張を正しいと支持しているようですが、それをどうやって証明するおつもりです?」

伴人  「それをこれから話そうと思っていたところなんです」

伴人、我が意を得たとばかりにニッコリして、裁判長の方を向き、

伴人  「裁判長、被告の主張を証明するために、実地検証を行いたいと思うんですが、許可していただけますでしょうか?」

眠りネズミ「……ウー、よかよか、それはよかことバイ、おいどんに異存はなか。 実地検証でも何でも、どんどんやっちゃれ、やっちゃれ。 ムニャ、ムニャ……」

ミミ  「(あきれて)一体、どこの生まれなの、このネズちゃん!?」

伴人  「ありがとうございます」

伴人、裁判長に一礼すると、クルリと振り向き、手を上げて叫ぶ。

伴人  「それじゃあみんな、いざメリヴェール家の屋敷へ!」

「ウォーッ!!」と、傍聴席の人々が立ち上がって答える。