玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー不思議の国のマトモな事件

【第2巻 メリヴェール家の屋敷】

シーン4

○メリヴェール家の屋敷

屋敷の周囲を傍聴人と警備の警官が取り巻いてざわめいている。 警官の中にはコロンボ警部、十津川警部、フレンチ警部、七人の刑事、それにどういうわけか七人の侍の姿も見える。 舞台に近い所で、七人の侍の勘兵衛がぼそぼそとつぶやいている。

勘兵衛 「また、負けいくさじゃったな……。 勝ったのは農民達だ、わし達ではない……」

勘兵衛、急に現れたブランコに乗り、ゴンドラの歌を口ずさむ。

屋敷のホールの中には伴人、友規、ミミ、眠りネズミ、帽子屋、三月ウサギ、それにトランプの衛兵がいる。 眠りネズミは壁際でグッスリ眠っており、その両側で眠りネズミをクッション代わりにして、帽子屋と三月ウサギがお茶を飲んでいる。

伴人  「それでは、まず初めに事件と同じ状況を再現してみましょう。 玄関にヘンリー氏がいて……」

と玄関を指差すと、給仕のヘンリーが慇懃な微笑みを浮かべてスッと現れる。

伴人  「……書斎にはメリヴェール卿がいます」

と書斎を指差すと、H・M卿がふてぶてしく笑いながらパッと現れる。

伴人  「ただし、メリヴェール卿だけでは被告を取り逃がす恐れがありますので、事件の時とは違って書斎の壁に隙間なく人を配置し、万全を期したいと思います。 それには衛兵だけでは足りませんので、傍聴されている方々にも手伝ってもらうことにしましょう」

と手を振ると、窓と反対側の書斎の壁際にずらりと傍聴人が現れる。

伴人  「では実験を始めましょう。 被告は玄関から入って来てください」

ミミ、肩をすくめて、言われたとおり玄関から一旦外に出る。 ヘンリー、ミミを迎え入れ、丁重にお辞儀をして、

ヘンリー「ようこそおいでくださいました、お客様。 どうぞお入りください」

ミミ  「ありがと、おっさん」

ヘンリー「お、おっさん!? ……せめてヘンリーと呼んでくださいませんか?」

ミミ、ホールに入った途端にフッと姿を消し、すぐに書斎から声があがる。 書斎の壁際で諸星アタルがミミを抱きしめながら、

アタル 「(二枚目風な口調で)やはりボクのことを愛してくれていたんだね、しのぶ。 さあ、一緒に宇宙の果てまで逃げよう!」

ミミ  「何すんのよ、このスケベッ!」

と、アタルをひっぱたく。 そこへラムが飛んで来て、

ラム  「ダーリン! ウチとゆーものがありながら、この浮気者ーッ!!」

と、アタルに電撃を浴びせる。

伴人  「ご覧のように、被告は玄関から入るとすぐに消えてしまって、書斎の壁際で他の者に捕まるまでは姿を現しませんから、その経路をたどることはできません。 そこで今度は被告の経路を観測するために、ホールと書斎の中を人でいっぱいにして、被告が触れた人に手を挙げてもらうことにしましょう。 こうすれば手を挙げた人を順にたどることによって、被告の動いた経路を観測することができます。 この観測法を『霧箱法』と名付けましょう」

伴人が説明し終わると、ホールと書斎に大勢の人が現れ、屋敷内が人でぎっしり満員となる。

伴人  「では、被告はまた玄関から入って来てください」

ミミ、玄関から一旦外に出て、またヘンリーに迎え入れられる。

ヘンリー「ようこそおいでくださいました、お客様。 どうぞお入りください」

ミミ  「ありがと、ヘンナーおっさん」

ヘンリー「ヘンリーだっちゅーに!」

ミミ、今度は人に触れるたびにチラチラと姿を現し、触られた人は順に手を挙げていく。 そして、最後に書斎の壁際で鎧を着たマクベスに捕まる。

マクベス「明日が来たり、明日が去って、また来たり、また去って……。 消えろ、消えろ、束の間のともしび……」

ミミ  「あったまおかしーんじゃないのォ、おじさん!?」

マクベス「おお、森が……バーナムの森が動いておる……!」

ミミ  「どーでもいーけど、いーかげんに放してよ、この中年スケベ!」

とマクベスをひっぱたく。 マクベス、コケながら叫ぶ。

マクベス「To H, or not to H, that is question !」

伴人  「えー、今の被告の経路を図にしますと、このようになります」

伴人、空中に現れた黒板に次のような図を描く。

ミミの経路

友規  「(勝ち誇ったように)ほら、ご覧なさい! 被告は一方の窓だけを通って書斎に入っているじゃないですか!」

伴人  「ええ、おっしゃるとおりです。 観測されている時には、被告が1本の経路を通り、一方の窓を通って書斎に入るということは私も認めているんです。 では、この実験を何度も繰り返してみましょう」

急にフィルムが早回しとなり、今と同じ実験が何度も繰り返され、黒板の図が増えていく。 どの図でもミミの経路は1本で、一方の窓だけを通っている。

伴人  「……えー、どうもご苦労様でした、皆さん。 結果の図をご覧になればわかりますように、被告が観測されている時は確かに一方の窓しか通りません。 今の実験で、被告が壁際で捕まった点がどのような分布をしているのか、プロットしてみることにしましょう」

伴人、また黒板に次のような図を描く。

観測されている時のプロット

伴人  「このように、被告が捕まった点は2つの窓から真っ直ぐ進んだ所が最も多く、そこから離れるほど次第に少なくなっています。 この図を良く覚えておいてください。 では次に、被告が観測されていない時についても、これと同じ図を作ることにしましょう。 もし観測されていない時も被告が今と同じような行動をするのなら、これと同じようなプロットとなるはずですね?」

書斎の壁際の人々を残してホールと書斎にひしめいていた人々がパッと消え、ミミがまた玄関から出て行く。

伴人  「いいですか、よく見ていてくださいよ。 ……じゃあ、始めましょう!」

ヘンリー、またミミを迎え入れ、ミミ、ホールに入るなりフッと消える。 すぐに書斎の壁際に人影が現れ、そこにいたネズミ男、その人影を抱きしめて、

ネズミ男「ムフフッ、ユメコちゃ〜ん!」

しかしそれは北斗ケンシロウで、ネズミ男の額に指を突き立てると、

ケンシロウ「お前は、もう死んでいる……!」

全員コケる。

友規  「(あせって)ナシ、ナシ、今のNG! やり直し、やり直しーっ!」

フィルムが逆回しされ、ミミ、また玄関から出て行く。 フィルムがまた早回しとなり、最初と同じ実験が何度も繰り返され、次第に黒板のプロットが増えていく。 それは前と違ってプロットが多い部分と少ない部分が交互になっており、全体として縞模様になっている。 縞と縞の間にはプロットが全くない部分もある。

観測されていない時のプロット

伴人  「……えー、どうもご苦労様でした。 ご覧のとおり、今回の結果は前回と違い、被告が壁際で捕まった点の分布が縞模様になっていますね。 これは、観測という行為が被告の行動に影響を与えていることをはっきり証明するものです。 この縞模様は『干渉縞』といって、1つの波が2つの経路に分かれ、お互いに影響し合う時にできる独特の模様なんです」

友規、腕組みをして図をじっと睨んでいる。

友規  「ウーム……確かに弁護人の言われるとおり、観測されている時とされていない時とで、被告の行動が異なったものになる事実はわかりました。 だがしかしこの結果から、被告の主張するように、被告が両方の窓を同時に通ったということは証明できませんぞ。 1回1回は一方の窓だけを通っていて、何度か繰り返すうちに、こんな結果となる可能性だってあり得ないことではないでしょう」

伴人  「それが、残念ながらあり得ないのです。 それをこれから証明してご覧にいれましょう。 もし検察官のおっしゃるとおり、被告が1回1回は一方の窓だけを通っていて、何度か繰り返すうちにこのような結果になったとしたなら、1回1回の実験において、 どちらか一方の窓を閉めてしまって同様の実験をくり返し、最終的にどちらの窓も同じくらいの回数だけ通るようにしたとしても、これと同様な結果になるはずですね?」

友規、なおも腕組みをしたまま、今度は伴人をじっと睨んで、

友規  「つまり、強制的にどちらか一方の窓だけを通すわけですな?」

伴人  「そのとおりです」

友規  「フム、被告が1回1回は一方の窓だけを通っているのなら、それと同じことですから同様の結果となるでしょう。 ただし、閉める窓をどちらにするかは、変な偏りがないように無作為にやっていただきたいものですな」

伴人  「ええ、それではそうしましょう。 まあ本当は、1回1回の実験は独立ですから、どんな順次で行っても結果は同じはずなんですが、ここは検察官の意見を尊重し、実験を行う前にサイコロを振って、奇数が出たならAの窓、偶数が出たならBの窓を閉めることにしましょう。 では皆さん、用意してください」

ミミ、またしても肩をすくめて玄関から出て行く。

伴人  「さあ、それではサイコロを振って閉める窓を決めましょう」

唐突に、ホールの真ん中に緋牡丹お竜が盆とさいころを持って現れ、

お竜  「どちらさんもよろしゅうござんすね? ……では、入ります!」

と盆にサイコロを投げ入れ、床に伏せる。

お竜  「さあさあ、さあさあ、丁か半か丁か半か? どっちも、どっちも!」

傍聴人の間から「丁だ!」、「半だ!」という掛け声がかかる。

お竜  「丁方、半方、揃いました。 ……では!」

シーンと水を打ったような静けさ。 みんなの注視の中、お竜がさっと盆を開けると——チョウチョがヒラヒラと出てくる。

お竜  「アゲハのチョウ!」

全員コケる。

友規、お竜にずり寄り、

友規  「……ちょ、ちょっと、お竜さん……」

お竜  「何でござんしょう?」

友規  「あ、あのぉ〜、申し訳ないんですけど、お竜さんのこと知っている人、ここにはほとんどいないんですけど……」

お竜  「(驚いて)何でござんすと!? このあちしのことを、ほとんど知らないと……?」

友規  「ええ、この頃では深夜映画でもあんまりやってませんし……」

お竜、大袈裟に天を仰いで、

お竜  「ああ、シャバの風は冷とうござんすねぇ……。 それじゃあ、どちらさんも失礼さんでござんした!」

お竜、寂しげな後ろ姿を見せながら遠ざかって行き、やがて闇に消える。 そしてその闇から白く浮かび上がる「終」の文字。