玄関雑学の部屋雑学コーナー遺伝子検査と診断率

6.陽性率

第3章で説明したように、特定の集団を対象にしてRT-PCR検査をする時、その集団の感染者の割合つまり事前確率が重要になります。 検査結果の陽性率をPRとすると、この値の期待値(理論的な平均値)を次のようにして求めることができます。

診断の模式図
群と検査結果の割合
 検査結果
陰性(Negative)陽性(Positive)
非感染群TN=(1-π0)SPFP=(1-π0)(1-SP)1-π0
感染群FN=π0(1-SN)TP=π0SNπ0
TN+FN=(1-π0)SP+π0(1-SN)FP+TP=(1-π0)(1-SP)+π0SN1
陽性率期待値:PR = FP + TP = (1-π0)(1-SP) + π0SN
π0:事前確率 SN:感度 SP:特異度 (1-SP):偽陽性率

この関係から、検査集団の事前確率期待値を次のようにして逆算できます。

事前確率期待値:

例えば検査の感度を50%(SN=0.5)、特異度を90%(SP=0.9)とし、検査結果の陽性率を7%(PR=0.07)とすると、検査対象集団の事前確率期待値は次のようになります。

事前確率期待値: → π0=0

このように事前確率期待値が0以下の時は検査対象集団の事前確率はほぼ0%、つまり「感染者はいない」と推測できます。 特異度が90%ということは偽陽性率が10%あり、「非感染者100人を対象にして検査をすると平均して10人が偽陽性になる」という意味です。 したがって特異度90%の検査の結果、陽性率が10%以下の時は「検査対象集団に感染者はいない可能性が高い」と推測できることがわかると思います。

SARSコロナウイルス2用のRT-PCR検査は開発されたばかりなのでまだ精度が低く、感度は30〜70%、特異度は90〜99%と言われています。 感度と特異度の間にはトレードオフの関係があるので、特異度を99%にすると実際の感度は30%程度になると思います。 しかし感度も特異度も最高値を採用し、感度を70%(SN=0.7)、特異度を99%(SP=0.99)とし、検査結果の陽性率を7%(PR=0.07)とすると、検査対象集団の事前確率期待値は次のようになります。

事前確率期待値:

つまり陽性率が7%の時、検査対象集団の感染率は約9%程度と推測できるわけです。 こうして事前確率が推測できれば、陽性予測値期待値と陰性予測値期待値を求められます。

陽性予測値期待値:
陰性予測値期待値:

つまり感度70%、特異度99%の検査で陽性率が7%になった時、陽性の人が本当に感染している確率は約87%(偽陽性が約13%)で、陰性の人が本当に感染していない確率は約97%(偽陰性が約3%)ということになります。

陽性率7%というのは、現在(2020年5月上旬)の日本のCOVID-19累積RT-PCR陽性率にだいたい相当します。 そこで現在の累積RT-PCR陽性者は約16,500人なので、陽性率を7%にして累積RT-PCR検査人数を逆算すると約235,700人になります。 そして感度70%、特異度99%として、非感染群と感染群の陰性と陽性の内訳を推測すると次のようになります。

RT-PCR検査結果の内訳推測値
 検査結果
陰性陽性
非感染群213051(99.0%)2153(1.0%)215204(91.3%)
感染群6149(30.0%)14347(70.0%)20496(8.7%)
219200(93.0%)16500(7.0%)235700
陽性予測値:(87.0%)
陰性予測値:(97.2%)

上表から、検査対象集団約24万人の中にいた可能性のある感染者約20,000人のうち、RT-PCR検査によって約14,000人を発見し、約6,000人は見逃していて、約2,000人は間違って感染者扱いされている可能性があるということがわかります。

実際のRT-PCR検査の精度はもっと悪く、偽陽性者と偽陰性者はもっと多い可能性が高いと思います。 しかし日本では、RT-PCR検査だけでなく、他の検査や臨床症状も考慮して総合的に感染の有無を確定しています。 さらに陰性者についてある程度は経過観察しているので、偽陰性者と偽陽性者はRT-PCR検査結果よりも少なくなる可能性があります。 それらのことを考慮すると、上表の推測値はまずまずの値だろうと思います。 そしてこれらのことから、RT-PCR検査結果を無条件に信用するのは危険であることを理解できると思います。

日本でも世界でも、感染者が治癒して陰性になった後、症状がぶり返してまた陽性になる例がたまに報告されています。 これはCOVID-19の不可解な性質のためというよりも、RT-PCR検査の偽陽性・偽陰性が原因の可能性が高いと思います。 例えば、たまたま普通の風邪をひいて陽性と判定された偽陽性者がCOVID-19感染者の隔離施設に収容され、患者同士の隔離の不完全さによって本当にCOVID-19に感染し、風邪が治った後でCOVID-19の症状が表れて陽性になったということも考えられます。

日本と違ってRT-PCR検査を沢山実施している欧米は偽陽性者を含めて感染者が非常に多くなり、必然的に偽陰性者も多くなります。 その結果、偽陰性者が「自分は感染していない」と安心して、他の人と濃厚接触して感染を広めてしまうことが大いに考えられます。 これらは精度の悪いRT-PCR検査を今のところは確定診断に使わざるを得ない弊害と言えると思います。