玄関雑学の部屋雑学コーナー遺伝子検査と診断率

8.抗体検査

COVID-19に関して、RT-PCR検査以外に抗体検査抗原検査もぼちぼち実施され始めています。 ところがこれらの検査はまだ開発途中なので、正確な感度と特異度がわかっていません。 感度と特異度がわかっていないということは、検査結果の陽性率から検査対象集団の事前確率(感染率)を推測したり、陽性予測値と陰性予測値を推測したりはできず、検査結果を正確には解釈できないということです。

下の2つのグラフは、大阪市立大学が5月に公表した独自開発抗体検査キットの精度確認試験結果の一部です。

IgG OCU外来受診者
※上図は大阪私立大学の「新抗体価測定システムが高い精度で陽性を判定! ~疫学調査により、大阪では1%程度が抗体を保持~」から引用させていただきました。

左のグラフの「陰性コントロール」は、COVID-19が発生する前と思われる2018年の健診受診者50名のIgG抗体値であり、「陽性検体」はRT-PCR検査陽性者32名(発症後10日目以後に採血)のIgG抗体値です。 この場合は典型的な非感染者と感染者を検査対象にしているので、境界値(カットオフ値)=0.10で2群が見事に分かれていて感度100%、特異度100%になっています。

そしてこれと並行して、大阪市立大学附属病院をCOVID-19関係以外で受診した患者の中から312名を無作為抽出し、この抗体検査キットで検査したところ、右のグラフのように3名が陽性(陽性率約1%)になったとのことです。

また次表はAMED研究班が5月に公表した各種抗体検査キットの性能評価結果です。 こちらは日本赤十字社の協力で、2019年1〜3月の500名の保存検体と2020年4月の1000名(東京都内500名、東北6県500名)の献血者について、5種類の抗体検査キットを用いて検査した結果です。

抗体検査キットの性能評価
※上図はAMED研究班が公表した「抗体検査キットの性能評価」から引用させていただきました。

この場合は2019年も2020年も最大2名が陽性(陽性率0.4%)で、これらは偽陽性である可能性が高いと推測しています。 なおこのような試験の場合、本来は各種の検査キットの検査結果がどの程度一致しているかを級内相関係数ICC(Intraclass Correlation Coefficient)一致係数κ(matching coefficient kappa)を評価指標にして検討します。 AMED研究班もそのような解析を行っていると思いますが、普通の人にが理解するのは難しいだろうと考え、あえて公表していないのだと思います。 (→当館の「5.4 級内相関係数と一致係数」参照)

以前、製薬業界とゲノム医学業界で生息していた時、遺伝子検査や抗体検査を含めて様々な検査法の開発に携わりました。 その経験から言わせていただくと、大阪市立大学の抗体検査キットはまだまだ試作品段階のようです。

こういった検査法を開発し、それが厚労省によって承認され、販売許可されるまでには数年間かかります。 試作品段階では、まず予備試験として典型的な正常者と患者を検査します。 そしてそれらの典型的な被験者を感度100%、特異度100%で判定できなければ、この段階で開発を中止します。

この予備試験をクリアできたら、次は実際の臨床現場で遭遇すると思われる様々な背景因子を持つ非典型的な正常者と患者を検査します。 それらの被験者をどの程度正確に判定できるかで、その検査法の有用性が決まります。 経験的には、感度と特異度のバランスが最も良い最適境界値を用いた時、感度・特異度ともに80%以上あれば有望です。

感度・特異度ともに70〜80%程度なら、特別な事情――例えば簡便、安価、他に検査法が存在しない等々――があれば開発を続行しますが、無ければ開発を中止します。 ちなみにSARSコロナウイルス2用のRT-PCR検査は特例に相当します。 RT-PCR検査は、特異度は高いのですが感度は最高でも70%程度です。 でも今のところ他に検査法が存在しないので特例として厚労省に承認されています

以上の段階をクリアできたら、次は同一検体を対象にして同じ日に時間を変えて検査したり、別の日に検査したり、検査者を変えて検査したりする試験を行い、検査結果の日内変動(日内一致性)・日間変動(日間一致性)・検査者間変動(検査者間一致性)を検討します。 また長期間に渡って検査を実施し、検査結果の経時変化を調べて検査薬等の有効期間を検討します。 さらに検査法によっては、それ以外の特殊な試験も行います。

以上のような試験を全てクリアしたら、ようやく厚労省に申請します。 その結果、常に承認されるわけではなく、当然、承認されずに開発を断念する検査法も存在します。 薬剤と比べると開発費は2桁以上少なく、開発期間も5分の1以下ですが、それでも新しい検査法を開発するのはかなり面倒で困難な仕事なのです。