玄関マンガと映画の部屋作品紹介コーナー思い出の虫干し

【思い出の虫干し】

○昭和30年代前半(1950年代後半)

覚えている限りで一番古いマンガは、昭和30年代初めの頃のものです。 この頃は月刊誌と貸本マンガの全盛期で、『少年』、『少年画報』、『漫画王』、『ぼくら』、『リボン』、『なかよし』などの雑誌があり、貸本屋がたくさん軒を連ねていました。

小遣いの乏しかった僕はマンガ雑誌は買わずに友達から借りて読み、近くの貸本屋に入り浸ってやたらとマンガを借りまくっていました。 また行きつけの床屋にマンガが山ほど置いてあり、それが見たいばっかりに、床屋にだけはきちんと行ったものです。 貸本マンガは劇画の創世期で、ギャング物やらスリラー物やらが氾濫していて、親や学校の先生が見たらびっくりするような作品ばかりでした。


この頃のマンガでは、何と言ってもロボットマンガの名作、手塚治虫の「鉄腕アトム」、イガグリ頭の熱血柔道少年がやたらとくさいセリフを連発した熱血スポ根物の元祖、福井英一の「イガグリ君」、千葉道場に通う母親思いの剣道少年、ラジオでは千葉道場のひとり娘・さゆり役を吉永小百合がやっていた文部省推薦時代劇、福井英一・武内つなよしの「赤胴鈴之助」、江戸時代なのにロボットやら戦車やらロケットやらが出てきて、スーパーマンみたいな美青年剣士が人間離れした活躍をする堀江卓の「矢車剣之助」、 赤ーい帽子に黒マスク〜、黄色いマフラーなびかせて〜、二挺拳銃まで持ってた少年探偵物、桑田次郎の「まぼろし探偵」、同じくダスターコートに鳥打ち帽、コートの胸には万年筆、両手に二挺拳銃のやたらとバタ臭い少年探偵物、河島光広の「ビリーパック」、同じく「走れ、シェーン!」と「ウーヤーター!」の名セリフをやたらとマネした武内つなよしの「少年ジェット」、どーこの誰ーかは知〜らな〜いけれど〜、誰ーもがみんな知っていた〜、川内康範原作・桑田二郎絵の「月光仮面」、頭のトサカと四角いサングラスが印象に残っている川内康範原作・一峰大二絵の「七色仮面」、電気メーカーの露骨な宣伝マンガ、貴瀬川実原作・一峰大二絵の「ナショナルキッド」、 戦争の残滓が残っていて、ドジなロボットが兵隊になる、落語っぽい話が多かった前谷惟光の「ロボット三等兵」、双子の兄弟マンガ家が描く、昔ながらの落語っぽい生活ギャグマンガ、山根赤鬼・青鬼の「よたろうくん」、まん丸い目玉とちんまりした体、ちょっとはずれたギャグを連発するスポーツギャグマンガ、わちさんぺいの「ナガシマくん」、題名と作者の名前が印象的だった生活ギャグマンガ、ムロタニ・ツネ象の「ピカドンくん」、 主人公は特殊だったけど、スポ根物ではなく普通の生活感を持った野球マンガだった寺田ヒロオの「背番号0」と「スポーツマン金太郎」、独特のタッチで人物の口元に特徴があり、巨人の青田昇がモデルだと思った野球マンガ、関谷ひさしの「ジャジャ馬くん」、少年のくせにいつもネクタイをしていた正太郎が活躍する横山光輝の「鉄人28号」、この作者には珍しい仮面アクション物、藤子不二雄の「シルバークロス」、 登場人物が全員お菓子の名前だった少女時代劇、倉持章介の「あんみつ姫」、子ども向けにしてはなかなか本格的な推理小説風捕り物帳マンガだった、うしおそうじの「朱房の小天狗」、春風駘蕩としたほのぼの生活ギャグマンガ、馬場のぼるの「ポストくん」、ベティ・ブープそっくりの、くりくり頭をした坊やが主人公の4コママンガ、根本進の「クリちゃん」、「国民的マンガ」と呼ばれ、現在でもアニメが放映されている長谷川町子の「サザエさん」、 どうしてこんなマンガを覚えているのかわからないけど、典型的なお涙頂戴の少女マンガ、わたなべまさこの「さくら子すみれ子」、後年、男おいどん・松本零士の奥さんになる人が描いたとはとても思えない、おめめパッチリの少女マンガ、牧美也子の「マキの口笛」、最初に見た時は絶対に男が描いていると思った手塚治虫風冒険活劇少女マンガ、水野英子の「ハニー・ハニーのすてきな大冒険」、ほとんど手塚治虫のマネだったけど、すでに叙情的な面は独特だったSF冒険マンガ、石森章太郎の「幽霊船」、 宝塚調ヒロイックファンタジー、男っぽい少女嗜好を刷り込まれ、ピーターパンのティンカーベルをもじった天使のチンクも好きだった手塚治虫の「リボンの騎士」、お父さんは外国航路の船長さん、優しいお母さんにちょっぴりおてんばな少女、まるでリカちゃん人形の世界のようだった横山光輝の「おてんば天使」、深いテーマを持つ複雑な物語のため、当時はよく理解できなかった手塚治虫の「ロック冒険記」、ガロン大好き、ピットも可愛かった手塚治虫の「魔神ガロン」、やたらと入れ込んで模写しまくったSFマンガの名作、手塚治虫の「0マン」……などといったところが記憶に残っています。