玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー僕達の青春ドラマ

【第1章 顔合わせ】

そんなわけで、夏休みに入ってしばらくたった8月のある朝、僕と伴ちゃんは小山内ミミ嬢に連れられて伊豆半島の東海岸、伊東市の近くにある持田家の別荘に行くことになった。 新幹線で熱海まで行くと、ミミ嬢から連絡があったとみえて問題の持田雪子嬢その人が迎えに来ていた。 彼女を一目見たとたん、胸がキュンとして思わず目をしばたいてしまった。

と言うのも、彼女、ちょっと島田陽子に似た感じの美人で、長めの黒髪を一見無造作に後で束ね、化粧っ気もほとんど目立たない程度、服だってそんなに派手なきらびやかなもんじゃないのに、どこかしら垢抜けしていて気品があると言ってもいいくらいなんだ。 その上、聞けば歳も僕より1つ上の19才だという。 およそ僕なんぞの恋人になるお方じゃない、二人並んだところはまるで下男と令嬢ってな感じで、どう見たっていただけない。

本当にミミ嬢、一体全体、何だって僕なんかに白羽の矢を立てたんだろう?

そのミミ嬢も、昔の商売の名残か、薄めのサングラスをかけてなるべく目立たないラフな服装をしているけど、そこはかつての美少女スター、やっぱり自然とキラキラ輝いていて若い男の視線を一瞬止めさせるだけのものがある。 それにひきかえ僕は、いや僕はまだ精いっぱいのオシャレをして、人目を引かないだけの格好をしているけど──つまり普段の格好で人前に出れば、そのあまりにも薄汚れた姿がかえって人目を引いちゃって、最高にオシャレした時に、初めて人並の格好になって目立たなくなるってわけなんだ──伴ちゃんときたひにゃ、せっかくミミ嬢のボーイフレンド役だってのに、全くいつもどおり、ルンペンそこのけの格好なんだ。

もっともオシャレしようにも、伴ちゃんは服といったら今着てるやつしか持ってなくて、冬はその上にやっぱり薄汚いジャンパーを着るだけなんだけどね。 それに彼は自分がどんな格好をしているのか、人にどう見られているのかなんて些細なことはほとんど眼中にないし、ミミ嬢が美少女スターだったなんてことも僕に教えられるまでまるっきり知らなかったんだ。 だいたいテレビや映画を観たことすらほとんどないらしく、今だってスターというものがどういうものだか本当に理解できているかどうか怪しいもんだ。

こんなふうだから僕等二組のカップルは、周囲から羨望とも疑惑ともつかない複雑な視線を浴びている。 それに、かつての美少女スター「南井操」の顔を覚えている人も少なくないんだろう、通りすがりに「オヤ?」という表情でミミ嬢に視線を送っていく人もいる。 ドキドキと高鳴る胸がなかなか静まらなくて、ただでさえあがり気味の僕は周囲の視線を感じて余計あがってしまい、何とも変ちくりんな挨拶をしてしまった。

「あ、あのー、僕が荻須です、すいませんが、よろしく御願いします」

頼まれた方が「すいませんが」と言うのもおかしな話なんだけど、この時は本当にそう思ったんだ。 雪子さんもミミ嬢も思わず吹き出してしまって、僕もテレ笑いをするしかなく、とたんに緊張がほぐれて色々話すことができるようになった。

話を聞いて驚いたことに、本当の恋人の中川って人が雪子さんの父親──つまり、その人にとっちゃあ社長になるんだ──から命令されて、客の接待役兼絵の管理人として、今日、急に別荘にやって来たという。 その中川って人は秘書課か何かに所属しているもんだから、会社の仕事と同じように社長の個人的な雑用までさせられることがあって、雪子さんの家や別荘にも何度か来たことがあるらしい。 それで雪子さんとも知り合って、何かと世話したり世話してもらったりしているうちに、二人はそういうことになってしまったらしい。

全く、テレビドラマかマンガのようにうらやましいことこの上ない話だ。 僕なんか自慢じゃないけど(はっきり言って恥だけど)、恋人はおろか単なるガールフレンドだっていやしない。 それどころか、親しく口をきいてくれる女の子ですらほとんどいない。 本当に、我ながら何という寂しい青春時代をすごしているんだろう!

雪子さんの父親の持田耕平って人は、絵画のコレクターとしてそっちの方面じゃあかなり名が通っているらしく、別荘には私設の絵の展覧室まであって、別荘に招いた客に絵を見せびらかす(?)のが道楽なんだそうだ。 中川さんは表向きは客の接待役兼その絵の管理人ってことで呼ばれたんだけど、その実、雪子さんのお見合いをそれとなく見せて、彼に雪子さんをあきらめさせるのが本当の目的らしい。 かたや大会社令息、かたや一介のサラリーマンじゃあ、どう見たってハナから勝負にならないし、相手が会社にとって重要な人物だってのがよくわかるだろうから、中川さんもすぐあきらめるだろうってわけだ。

そうとはっきり言ったわけじゃないんだけど、僕の感じたところじゃあ、雪子さんと中川さんとの仲も、まだどんな障害にもビクともしないほどしっかりしたもんじゃないようだ。 恋なんてものはもともと曖昧で不安定なところがあって、周囲が既成事実のように思っていても、本人達はちょっとしたことで揺れ動いてしまうようなことがある、と思う──残念ながら僕にはまだそんな経験はほとんどないもんで、「と思う」としか言えないんだ。 まして雪子さんはまだ若いんだから、それほどつきつめて将来のことまで考えているわけじゃないだろうし。

ただ話を聞いているうちに気がついたことだけど、中川さんのことを話す時の雪子さんは、夢見るような、切ないような、何とも言えない、いい表情をするんだ。 それを見ていて、ああ、雪子さんは中川って人を心底好きなんだなと思って、中川さんがうらやましくて仕方なかった。 あんな表情で僕のことを話してくれる人が、雪子さんほど美人じゃなくてもいいからひとりくらいいて欲しいもんだ。

そんなこんなですっかり雪子さんに同情してしまった僕は、彼女の父親のいやらしいやり口に腹が立ってきて、こうなりゃお見合いだろうが結婚式だろうが何だってかまわんから、即ブチ壊したろうってな気になってきた。 ただ、問題はその中川さんだ。 だってお見合いをブチ壊すには、雪子さんと仲の良いところを見せつけて、笹岡ってドラ息子──まだ会ったこともない奴だけど、すっかり雪子さんに身びいきしてしまった僕には、ドラ息子としか考えられなくなっていたんだ──の方から話を断わらせるように仕向けなきゃならないわけだ。 雪子さんの話では、中川さんもちゃんと承知していて、いくら「イチャついて」くれても構わないってことらしい。 でもいくら承知の上だとはいえ、本当の恋人の前でそんな大それたことをするのは相当気がひける話だ。

「いーのよ、だから荻須君に頼んだんだもん。 荻須君なら、中川さんも焼きもち焼きっこないわよねー」

なんて、本気だか冗談だかわからんことを言って、ミミ嬢は屈託なくコロコロと笑った。

このー、人ごとだと思ってェ……!