玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー僕達の青春ドラマ

【第5章 「転」の章】

「荻須さん、荻須さん、起きて下さい! 大変なのよっ、荻須さんっ!」

遠くで誰かが僕を呼んでいるような気がして、ぼんやりと薄目を開けると、雪子さんが僕の顔を覗き込んでいた。 彼女は寝起きなのか少し髪を乱していて、どうしたわけかこわばった表情をしている。

「大変なんですよ、荻須さん。絵が、父の絵が盗まれたのよ!」
「んー……、エが、ヌスまれたんですか……? へえー、そーですか……エですか……」

意味も知らずにおうむ返しに口にしておいてから、突然、その言葉の意味することが楔のようにグサリと頭の中に突きささった。

「えーっ!! 絵が盗まれたってーっ!?」

寝ぼけまなこをこすって枕元の時計を見ると、何とまだ朝7時少し前だった! こんなに朝早く起きた(と言うよりも、無理矢理起こされたんだけど)のは、大学に入って以来、初めてだ。 自慢じゃないけど僕等フツーの学生は、お天道様が頭の上に来るまでは絶対目を覚すもんじゃなく、下手に朝早く起きたりしたら、どっか悪いんじゃないかと心配されるか、下宿の仲間から近所迷惑がられたりするのがオチなんだ。

とにかく昨日は初体験のことばかりの上、我が下宿のうらぶれた四畳半とは全く違う雰囲気の部屋で、生まれて初めて畏れ多くもベッドなんかで寝たもんだから、心身ともにグッタリと疲れていたにもかかわらず、緊張感からか変に目がさえてしまって、グッスリとは眠れなかったんだ。 そこへもってきて朝7時などという画期的な時間に起こされたため、目だけは開いていても頭はまだ半分以上眠ったままで、集中して物事を考えられるような状態じゃなかった。 だから最初のうちは頭がウニ状態だったけど、絵が盗まれたという雪子さんの言葉に驚いて、説明を聞いているうちに頭のもやがだんだんと晴れてきた。

雪子さんの話では、盗まれたのは耕平氏が大切にしていた例の浮世絵で、今朝6時頃、中川さんと女中の白石さんが書斎の手さげ金庫から盗まれているのを発見したということだった。 警察がやって来てそこらを調べたところ、何か不審な点があったらしく、別荘の人全員を至急ホールに集めるように言われたという。

そこまで話を聞いた時、ミミちゃんが伴ちゃんと一緒に部屋に入ってきた。 ミミちゃんも起きたばかりのようで、少しはれぼったい顔をして、さすがに緊張の色を隠せないでいる。 伴ちゃんも髪をボサボサにして眠そうな目をしてるけど、彼の場合、普段が普段だから見ただけでは寝起きかどうか全くわからない。 得と言おうか損と言おうか、とにかく不思議な容貌ではある。

伴ちゃんはまだ半分以上眠ったままのようで、シャツが変なふうによじれているのをミミちゃんに直してもらいながらも、ポケーッとつっ立ったまま、着せ変え人形のようになすがままになっていた。