玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー僕達の青春ドラマ

それからもう一度綿密な家探しが行なわれ、僕等は部屋にも戻れず、ホールで暇をつぶしていた。 幸いホールには素敵に豪華なステレオセットと、嬉しくなるほど豊富なレコードやカセットテープが揃えられていたので、音楽好きな僕はごきげんな時間をすごすことができた。

雪子さんは、こんなことになってしまったことをしきりと僕等にわび、このことは内密にしてもらうように、父親を通して警察に頼むことを約束してくれた。 でも僕等はそんなことは全く意に介さず、笑って問題にもしなかった。 雪子さんや中川さんには悪いけど、こんな事はそうしょっちゅうあるもんじゃなく、貴重な体験であることは確かで、真正直な伴ちゃんは別として、僕やミミちゃんは内心珍しい体験を楽しんでいるようなところもあったんだ。

昼になっても絵は見つからず、持田家の人達や中川さんも協力して家探しは続けられ、藤島刑事はますますイライラをつのらせていった。 持田家の好意で警察の人達に昼食が出された時にも、喜々として呑気にごちそうになっている若い刑事や警官とは対照的に、藤島刑事はひとり黙々と押し黙って、砂でもかんでるような顔で食事をしていた。 そしてそそくさと食事を終えると、耕平氏からでも借りたんだろう、別荘の青写真らしきものを取り出し、首っぴきで何事か考え込んでいた。 どこの世界でも、責任者というものは苦労が絶えないもんらしい。

昼食後、とうとう別荘の人全員の身体検査まで行なわれることになった。 「40枚近い絵を体に隠せるわけないじゃないか」という正氏あたりの文句を、藤島刑事は、正確を期すためだからと押さえて強引に実行したんだ。

男性はホールで警官によって、女性は展覧室で婦人警官によって身体検査を受けた。 遠慮会釈のない警官の検査に対して、不平を言ったり文句をつけたりする人もいたし、まるで犯人扱いされているようで、誰もが嫌悪の表情で警官達を睨んでいた。 もちろん僕だって決していい気分じゃなかったけど、こうなりゃもう社長も令息も馬の骨もみんな同じだって気がして、ちょっと愉快な気がしないでもなかった。

やがて身体検査は、警察に対する不満をつのらせたこと以外は何の収穫もなく終了した。 藤島刑事は半ば予期していたことらしく、部下の否定的な報告にも、うなずくだけで格別落胆した様子は見せず、みんなの協力に感謝して、すぐ次の仕事に取りかかった。

夕方になっても相変らず絵は見つからず、藤島刑事もさすがにあせりの色を濃くしてきていた。 別荘の周囲20メートル以内は、砂混じりの土地と、ところどころに生えているわずかな雑草だけで、それ以外には何もなく、物を隠すなんてことはとてもできない相談だし、昨日の雨で地面がぬかるんでいるので、物を隠すどころか跡をつけずに別荘に出入りすることすら不可能なんだ。 それにもかかわらず警察は、別荘内と周囲の地面はもちろんのこと、ガレージや倉庫、それにシャワー室やテニスコートも、あげくは堤防や海岸までも調べたらしい。 僕が見ていたところでも、さすがに家探しのプロらしく、組織的で効率的かつ徹底的な捜し方だった。

この頃になると、ホールに一日中軟禁されていた別荘の人達の間から、ぼちぼちと不平や不満も出始めた。 藤島刑事に文句を言っても、

「どうか、もうしばらくの御辛抱をお願い致します。もうすぐですから……」

という返事の繰り返しばかりなので、仕方なく、笹岡家の人達なんか、やたらと中川さんにやつ当たりしていて、見ていて気の毒になってしまった。

本当に、わがまま一杯に育った人ってのはいつまでも子供のようなところがあって、お守する中川さんも大変のようだ。 この点、雪子さんはなかなか見上げたもんで、こんなお姫様のようにすごい環境で育ったってのに、ちっともわがままなところはなく、人一倍優しくて思いやりが深く、中川さんが好きになったのもよくわかる気がする。

耕平氏は、浮世絵がいつまでたっても見つからないせいだろう、イライラとして不機嫌そうだった。 でもホスト役としての自覚からか、僕等の見ている前では(と言うよりも、笹岡家の人達の前ではだろうけど)、警察に文句をつけるようなことはせず、ぐっと我慢して捜査に協力しているようだった。

夕食の時間になって、とうとう藤島刑事も完全にお手上げとなったらしく、一旦引き上げることになった。 でもこれであきらめたわけじゃなく、明日また別荘の捜査を続けるつもりらしく、見張りの刑事を数名残していき、その刑事の許可なしには別荘の外に出ないように念を押してから、ようやく別荘を後にした。 多分、後ろ髪引かれる思いで一杯だったんだろう、玄関を出てパトカーまで歩いて行く間に、何度となく後を振り返っていたし、肩を少し落とし加減にした背中が、明日こそ、明日こそ……とつぶやいているようでもあった。