玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー僕達の青春ドラマ

ホールではもうすでに笹岡家の人達と持田家の人達が食事を始めていて、その間に混じって、伴ちゃんがひとりポツネンと何もせずに小さくなっていた。 律義にも僕等を待っていてくれたらしい。 僕等が急いでテーブルにつくと、彼はホッと安堵のため息をもらし、

「ごめんね。 部屋に戻ろうとしたら、女中さんが、いきなり、ここに座らせてくれて、食器並べてくれるもんだから、悪くて、動けなかったんだよ」

と、小声で申し訳なさそうに言ったもんだから、僕等は思わず吹き出してしまった。

食事が終わるか終わらないかのうちに、もう警察が到着し、藤島刑事が一団の警官を引き連れてホールに入って来た。 藤島刑事はホールにいた人達に簡単な挨拶をすると、別荘に残していった刑事達の報告を聞き始めた。 それを聞くともなく聞いていて、中川さんが急な仕事のために、朝食の前に東京に戻って行ったことを知った。

おかしい、伴ちゃんとの話し合いは一体どうなったんだろう……?

それからすぐに、またしても家探しが始まり、捜査に協力する持田家以外の人はみんなホールに軟禁されてしまった。 このため、僕とミミちゃんは好奇心でウズウズしていたにもかかわらず、伴ちゃんの話を聞くことはできなかった。 そのかわり、やっぱり誰でもこの事件には興味があるらしく、雪子さんの兄の耕一さんを中心として浮世絵の謎解き遊びが始まったので、ひょっとしたら何かヒントになることでもあればと思い、僕等もそれに加わることにした。

意外なことに、耕一さんはかなりの推理マニアで、僕と同じような小説をたくさん読んでいたので、急に親近感を覚えてしまった。 彼は雪子さんより5才年上で、風貌はどちらかと言えば父親の耕平氏に似ているけど、耕平氏のように気難しげなところもなければ、 人を威圧するような貫禄もなく、坊ちゃん育ちで、どことなくヌボーッとしたところがある。 まあ、僕のような庶民とはあまり話が合わないタイプなんだけど、同じ坊ちゃん育ちでも、正氏のように我が強くてうぬぼれ一杯じゃないだけまだ救いがある。

話は夕べの僕等と同じように、まず事件の正確な状況をつかむことから始まり、昨日見張り役のひとりとして別荘に残ったため、みんなと顔見知りになった下山という若い刑事が引っぱり込まれ、事件の説明役をやらされた。 下山刑事の説明は中川さんから聞いた内容とほとんど同じで、僕等にとっては何ら目新しいことはなかったけど、正氏と裕美さんは初めて詳しい内容を聞いたようで、話を聞き終わるとすっかり考え込んでしまった。

「こんなのどう考えても不可能だわ。 超能力でも使わない限り、ここから絵を持ち出すなんてことできっこないわよ」

と、裕美さんはあっさりサジを投げてしまった。

「しかし、現実に絵は盗まれたんだぜ、裕美。 何か方法があるはずなんだがなあ……」

正氏は自分にわからないことがあるなんて認めたくない様子で、盛んに首をひねりながら、口の中でブツブツとつぶやいたあげく、

「やっぱり、内部の者の犯行と考えるしかないのかなあ……」

と、それとなく僕と伴ちゃんに視線を送った。 それを見ていたミミちゃんが、瞳に炎をあげて口を開きかけた時、耕一さんが推理マニアらしく浮き浮きした調子で、

「もし内部の者の犯行だとしても、あんなたくさんの絵を一体どこに隠したかなんだ、問題は」

と口を出した。 おかげで、ミミちゃんはかろうじて自分を押さえることができたようだった。

「それなら、例えばこんな場所はどうかな、ベッドとかソファーとかの中に……」
「じゃあ、天井裏なんかは……」

と正氏や裕美さんが次々と言いだした絵の隠し場所は、順序こそ違え、夕べ僕等が考えた場所とほぼ同じで、下山刑事によって言下に否定されていった。 彼等の思いついた場所で僕等が思いつかなかったのは、ホールに吊るされたシャンデリアの中というものだったけど、やっぱりそこも警察の鋭い捜査からは免れていなかった。

「そこで、こんな方法はどうかな。電線を伝ってね……」

と耕一さんが色々と考え出す、足跡をつけずに絵を別荘から持ち出す方法は、さすが同じような小説を読んでいるだけあって、僕の考えた方法と似たりよったりで、もちろん下山刑事の反論にあい、あっさりカブトを脱ぐしかなかった。 彼の考え出した方法で僕等が思いつかなかったのは、釣りが好きだという耕一さんらしく、絵に重りと釣り糸を付けて、キャスティングの要領で遠くに飛ばすという奇想天外な方法だった。 キャスティングの名人になると、百メートル以上離れた小さな的に命中させることだって可能だという話だし、この別荘にも豪華な釣り道具が揃っているという。

ところが、

「でも、けっこう大きな絵だから、とてもじゃないけど、そんなに遠くまで飛ばせないんじゃないかしら?」
「それに、たとえ可能だとしても、一体全体、どうしてそんなことする必要があったのかな?」

という笹岡兄妹の疑問に答えられず、耕一さんはショボンとして自説を引っ込めてしまった。

僕は、昨日の考えがどうなったのか、よっぽど伴ちゃんに聞いてやろうかと思ったけど、もし本当にそうたいしたことじゃなかったら、彼に恥をかかせることになると思ってしぶしぶ我慢した。 ミミちゃんも同じ思いだったようで、しきりと伴ちゃんに何か言いたげな目を向けていた。 ところが当の伴ちゃんは、例によってポケーッとみんなの話を聞いているだけで、一言も口をきこうとはしないんだ。

ひととおり推理が出つくしたところで、急に耕一さんがパッと顔を輝かせ、

「そうだ! ここでこうしていても仕方ないから、みんなで犯行現場を調査してみないか?」

と提案した。 自分の家の別荘なのに、「犯行現場」とはいかにも推理マニアらしい言い方だ。 もちろん誰もが興味を持っていたし、何しろ暇なので、みんなも口々に賛成し、「下山刑事が付き添い、全員一緒に行動するなら」という条件で、藤島刑事の許可を得ることができた。

さっそく下山特別顧問の指導のもと、耕一さんを団長とし、笹岡兄妹、ミミちゃん、伴ちゃん、僕を団員とした総勢七人──雪子さんは警察の捜査に協力していて、いなかったんだ──の「青年探偵団」が結成され、「謎の浮世絵盗難事件」の捜査が開始された。

まず最初は、当然のことながら、直接の犯行現場である書斎の調査から取りかかることになり、僕達は下山特別顧問と耕一団長を先頭にして、ゾロゾロと書斎に移動した。 書斎はもうすでにある程度片づけられていて、机の上に金庫がないことと、東側の窓の、カギの周囲のガラスが丸く切り取られていること以外は、一昨日の夜に耕平氏に呼ばれて僕等が入った時とほとんど同じ状態だった。 それでも、この部屋にドロボウが入ったと思うと、さすがにちょっぴり興奮しないでもないし、すでに警察が調べつくした後だってことはわかっているけど、何となく思わぬ手掛りが見つかりそうな気がしないこともない。

この書斎に初めて足を踏み入れた笹岡兄妹は、物珍しそうに部屋中を眺め、まず部屋全体の配置を頭に入れようとしているようだ。 耕一団長は、勝手知ったる父親の書斎なので部屋全体には目もくれず、壊された窓ガラスに目を近づけてしげしげと眺めたり、窓枠の部分をいちいち手で触ってみたり、絨毯が敷き詰められた床に犬のようにはいつくばって、絨毯の表面をなめるように調べたりしている。 その姿はまさに探偵小説に登場する古典的な名探偵のパロディみたいで、そのうちにシャーロック・ホームズよろしく、ポケットから虫メガネでも取り出すんじゃないかと思ったけど、さすがに(今のところは)そこまではしないようだ。

そのうちに耕一団長の調査が本棚におよび、本を一冊ずつ取り出しては、パラパラとページをめくりだした。 まるで、本の中に浮世絵がはさんでないかどうか調べているみたいだ。 本棚も本もすでに警察が調べつくしたことを知っているはずなのに、やっぱり自分の目で確かめないと納得がいかないんだろう。

僕も部屋の中をブラブラしながら、わざとらしくない程度にあたりを調べてみたけど、正直言って、壊された窓ガラスはガラス切りできれいに切り取られているらしいってことと、窓枠には変な細工をした形跡もなく、不審な跡もついてないってことくらいしかわからなかった。 ミミちゃんも僕と同じように部屋の中をブラブラしながら、何となくそこらへんを調べている。 でも、伴ちゃんだけは部屋の入り口付近にボーッとつっ立ったまま、みんながしていることをぼんやりと眺めていた。

やがて、書斎の調査は──少なくとも僕に関する限り──何の収穫も得られないまま終了し、隣の管理室、展覧室へと捜査範囲が拡大された。 でも、それらの部屋は事件前に入った時とほとんど同じ状態で、僕に関する限りはやっぱり何の収穫も得られなかった。

展覧室から出ると、耕一団長が、別荘の周囲を調べる前にホールの調査もしておきたいと言い出した。 と言っても、ホールに置いてあるのは大きなテーブルとたくさんの椅子と、豪華なステレオセットとレコードとテープ類だけで、それは今までみんながさんざん利用していたものばかりなので、今更調査するのも間が抜けた話だ。

そこで耕一団長は、ホールの南東の角にある物置に目をつけた。 物置は玄関から入ってすぐ右手の角に位置していて、3畳くらいの広さがあった。 その中には耕一団長の趣味である釣りの道具や、雪子さんのテニスの道具、ビーチパラソルやビーチボールなどの海水浴用具、色々な服や靴やスリッパなどの履き物──物置に入っているところをみると、多分、使い古したものなんだろうけど、僕のような庶民の基準からすると、まだまだ十分使い物になると思えるものばかりなんだ──など、種々様々なものが入っていた。

もちろんここも警察の徹底的な捜査を受けていて、しまい込んだまますっかり忘れていた古い遊び道具などが出てきて、耕一団長自身も喜んでいたくらいなんだけど、やっぱり一応は自分の目で確認したいんだろう。 その結果、やっぱりめぼしいものは何も出てこなかったけど、これはある程度予期していたことだったので、僕等はそれほどがっかりすることもなく、次なる調査目的地、つまり別荘周辺に向かった。

玄関から出ると、耕一団長はまず玄関の前の道から調査を開始した。 この道は、別荘の南20メートルくらいのところを東西に走っている道路から、この別荘の玄関まで続いている持田家の私道で、舗装されてない上に水はけが悪いもんだから、一昨日の雨でまだぬかるんでいた。 今はもう警察の車の轍の跡がそこら中についているし、たくさんの足跡もついているけど、盗難が発見された昨日の朝には、この道に何の跡もついていなかったことは、中川さんによっても警察によっても確認されている。 そのため、耕一団長は少し調べただけですぐに調査をあきらめてしまい、別荘周囲の調査に移った。

僕達は建物の周囲、特に窓の下あたりを詳しく調べながら東に向かい、南東の角、つまり展示室のところをぐるっと曲がって、北東の角、つまり書斎の東側の窓のところまで進んだ。 別荘の周囲は砂混じりの地面で、さっきの道ほどではないものの、まだ少しぬかるんでいて、やっぱりそこら中にたくさんの足跡がついていた。 特に、ドロボウが侵入したと思われる書斎の東側の窓の下あたりは──警察もここを重点的に調べたんだろう──たくさんの足跡で踏み荒らされていて、とても証拠が残っているとは思えなかった。

「しょーがないなあ、こんなに踏み荒らされてちゃあ、犯人が何か残していたとしても調べようがないよ。 警察も、もっと慎重に捜査してくれてもいいのになあ」

そのあたりを一瞥した耕一団長が、誰にともなくそんな自分勝手な文句をつけたので、それを聞いていた下山刑事が苦笑いしながら答えた。

「ここいらには、この窓の下に犯人が落としていった、ガラス切りしかありませんでしたよ。 それ以外には、とにかく足跡ひとつありませんでしたからねえ」
「そのガラス切りはどんな種類のものでした? 何かこれといった特徴でもなかった?」

耕一団長は下山刑事の苦笑いも意に介せず、自分のマニアックな世界に浸り切っている。

「どこの金物屋でも売っているような、ごく普通のガラス切りでしたよ。 これといって特徴のない、安物のガラス切りのようでしたね。ただ……」
「ただ?」
「ただ、まだ真新しくて、使い込んだ形跡がなかったですな。 買ったばかりって感じでしたね、あれは」
「買ったばかり? ということは、犯人はまだ経験が浅いってこと?」
「経験が浅いも何も、あたしのカンじゃあ、犯人はトウシローですね。 プロの仕業に見せかけようとして、わざとガラス切りを落としておいたんですな、あれは」
「わざと!? どうしてそう思うんです? 警察は、僕等の知らない事実を何か発見したのかな?」
「いやいや、そんなことはないですよ。 ただですね、プロは大事な商売道具をうっかり落とすようなことはしませんよ」

さすがは刑事、自分の仕事の話なので、下山特別顧問はだんだんと雄弁になってきた。

「だいたい、あんなふうに現場で金庫をこじ開けるようなことは、プロだったらまずしませんやね。 普通は金庫ごと盗んでいって、安全なところで中身だけ出して、金庫は人目につかないところに捨てますな」

耕一団長はハッとして、下山刑事の顔をまじまじと見つめた。 普通の探偵小説では、プロの刑事はたいてい名探偵の引き立て役で、ピント外れな推理とボケた捜査ばかりしているもんなのに、この刑事はどうしてこんなまともなことを言うんだろう、とでも思っているような顔つきだ。

僕も下山刑事の話を聞いて、夕べの僕等もそんなことは全く考えていなかったことに気がついた。 確かにそう言われればそのとおりで、人が来るかもしれない書斎で、持ち運びできる金庫をわざわざこじ開ける必要なんてないはずだ。 だとすれば、わざわざ金庫をこじ開けたのは、やっぱり……

「な、なるほど。 ということは、犯人はシロウトで、そんな基本的なことも知らなかったってことかな?」
「いやいやそうじゃなくて、ガラス切りを落としておいたのは、犯人の偽装工作くさいってこってすよ。 ドロボウが外から入ったと思わせたかったんですな。 もし犯人が別荘内部の人間だったら、金庫ごと盗むと、絵は何とか隠せるにしても、金庫の始末が面倒でしょう?」
「なるほど、それも一理ありますねぇ。 でも、だったらなぜ窓の外に足跡を付けておかなかったんです? 何か、片手落ちのような気がするけどなあ……」
「それは、多分、そこまで気が回らなかったんじゃないですかねえ。 犯罪者ってのは、犯行時にはやっぱり興奮してますから、よくそういうことがあるんですよ」

夕べ中川さんも言ってたように、これは藤島刑事の意見でもあるらしいから、警察の見解はだいたいその線で落ち着いていると見てよいのかもしれない。 耕一団長は何となく納得いかない表情だったけど、それ以上文句はつけずに、書斎の東側の窓の下に行った。 そこにはすでに笹岡兄妹がいて、窓をあれこれと調べていた。

「どう、何かめぼしいものでも見つかった?」

耕一団長が二人に声をかけると、正氏が振り向いて、肩をすくめながら答えた。

「いいや、何にも。 ガラスが切り取られている以外は、特に変わったところは見あたらないなあ」

僕とミミちゃんも、耕一団長の後から窓の下に行ってみた。 こうして建物の外から見ると、その窓は僕の首ぐらいの高さがあるので、そこから中に侵入しようとするのは思っていた以上に面倒そうだ。 耕一団長は書斎の中から調べた時と同じように、ガラスや窓枠を調べていたけど、やっぱり何の跡も見つからないらしく、難しい表情で首をかしげている。

僕は窓の下から海岸の方を眺めてみた。 夕べ雪子さんが言ってたように、堤防沿いにポツリポツリと生えている松の木までは、確かに20メートルくらいはありそうだ。 しかもその間には、砂混じりの地面と所々に生えた雑草以外は何もなく、地面に何の跡も残さずに堤防まで行ったり、大量の絵を運んだりすることは、どう見てもできそうもない。

ふと見ると、みんなから少し離れた所で、伴ちゃんが僕と同じように海岸の方をぼんやりと眺めている。 これは夕べの思いつきを尋ねるチャンスかもしれないと思って、伴ちゃんに近づき小声で尋ねてみた。

「何眺めてるんだい、伴ちゃん?」
「え? い、いや、別に……。 ただ、ぼんやりしてただけだよ」

伴ちゃんは眠そうな顔で振り向くと、眠そうな声でそう答えた。 今朝は、彼にとっては驚異的なほど早起きしたので、その反動が今きているのかもしれない。

「ところで伴ちゃん、夕べ言ってたことだけど……」と僕が話を切り出そうとした時、まずいことに、耕一団長が地面を調べながら僕等のところにやってきた。

「……うーん、やっぱり今更地面を調べても、こう踏み荒らされてちゃあ無駄だなぁ。 堤防までずっと調べてみようと思ったけど、ここは警察の言葉を信用しておくしかないかなあ……」

耕一団長は視線を足元から海岸の方までずっと走らせながら、独り言のようにつぶやいている。 僕等の姿はほとんど彼の眼中にはないようだけど、伴ちゃんに話しかけようとしていたことをごまかすために、あえて声をかけてみた。

「そう言えば、耕一さん、このあたりって他の家が全然見あたりませんけど、こっから一番近い民家ってどのへんにありますか?」

思ったとおり、耕一団長は声をかけられて初めて僕等の存在を意識したようで、びっくりしたような顔で振り向くと、ワンテンポ遅れて返事をした。

「え、民家? ええと、民家ねえ……、そーだねえ、ここから海岸に沿って北に500メートルばかり行くと、小さな海水浴場があって、そこに確か古い海小屋があったと思ったなあ。 そこまではうちの土地だから、そこが一番近いかなあ……?」
「500メートルも先なんですか!? じゃあ、ちゃんと人が住んでる家はどうですか? 近くにありませんか?」
「その海水浴場のすぐ向こうに、民家が数軒あったような気がするよ。 それから、この別荘の南を通ってる道を西に1キロ近く行ったところにも、民家が何軒かあったと思ったなあ」
「へえー、それじゃあドロボウは、人に見つかる恐れは全くなかったわけですね。 だとしたら、やっぱりプロのドロボウさんなら、金庫ごと盗んでって、外でゆっくりこじあけたはずでしょうねぇ」
「そう、あの下山刑事は、刑事のくせになかなかまともな推理をしてるね。 僕もそう思うよ、やっぱり、犯人は別荘内部の人間の可能性が高いと思うな」

本職に向かって「刑事のくせに」もないもんだけど、探偵小説ばかりを読んでいると、ついついそんなふうに考えがちになってしまうのもわからないではない。

「なるほど、そうかもしれませんねえ」

相づちを打ちながら、何気なく伴ちゃんを見ると、彼は海岸の彼方をぼんやりと眺めながら、

「そうですか、この先に、海水浴場があるんですか……」

などと、ワンテンポどころか、ツウテンポもスリーテンポも遅れたことをつぶやいている。 全く、こんな調子じゃあ、夕べ言っていた「思いつき」ってのは、本当に大したことじゃないのかもしれないなぁ……なんて、チラッと思ってしまったりした。