玄関雑学の部屋雑学コーナー感染症数理モデル

6.日本の感染者数

ダイヤモンド・プリンセスの次に日本のCOVID-19のデータを解析してみました。 マスコミなどは、ダイヤモンド・プリンセスの感染者を日本の感染者に含めて発表しています。 しかしWHOはダイヤモンド・プリンセスの感染者を「International」にしていて、日本の感染者に入れていません。 また数理モデル上でも、ダイヤモンド・プリンセスは独立した特殊な閉鎖集団なので日本とは別にした方が合理的です。

日本については、現在の第2の流行が始まる前だったのであまり良い結果は得られませんでした。 そしてその解析結果も某医学研究者が論文に採用する可能性が高いので、残念ながらここでは公表できません。 代わりに、

日本はPCR検査件数が少ないので見かけの感染者数が少ないだけで、本当はもっと流行している!

という巷の噂を簡易モデルを使って検討してみましょう。

もしこの噂が正しいとすると、感染者が発見されず、単位時間あたりにI区間(感染者区画)からR区画(隔離区画)に移行する割合γが小さくなります。 例えば、実際には現在の感染者数の10倍の人数の感染者がいると仮定します。 するとγは現在の10分の1になり、R0(基本再生産数)=βS0/γは10倍になり、感染初期のI(t)の変化を表す近似指数関数の係数(βS0-γ)は非常に大きくなります。 そうすると5章で説明した最終規模方程式「1-pi≒exp(-piR0)」から、流行終息時の感染者の割合が非常に多くなります。

またβ(単位時間あたりの感染率)とγは最終的な割合ではなく、単位時間あたりの率つまり速度を表すパラメータです。 そのため(βS0-γ)が大きくなれば感染が広がる速度が速くなり、S区間の人数が急激に減るので感染が収まる速度も速くなります。 つまりS区画の感染すべき人が猛スピードで感染し、感染があっという間に広がったかと思うと、あっという間に終わってしまうわけです。

そこで感染者数が現在の2倍、5倍、10倍存在し、現在の数の感染者しか発見できていないと仮定して、簡易モデルを当てはめてシミュレーションしてみました。 それが下図の「JP(感染者数2倍)」、「JP(感染者数5倍)」、「JP(感染者数10倍)」の赤い破線で描いた曲線です。 これらの曲線から流行が現在よりも早く始まり、それが猛スピードで広がり、猛スピードで収束することがわかると思います。

上図の「JP(感染者数10倍)」は、2020年1月1日から約75日後の3月16日に累積感染者数約20人/1万人、実数にして約254,000人――そのうち重症者は約50,000人――でほぼ収束しています。 つまり、もし本当の感染者が現在の感染者の10倍いたとしたら、3月中旬に流行はほぼ終息していて、全国に約5万人の重症者が発生していたことになります。 日本では重症者はほとんど見逃さずに見つけているので、さすがにこれは無いと思います。

また「JP(感染者数5倍)」も3月下旬に累積感染者数約10人/1万人、実数にして約127,000人――そのうち重症者は約25,000人――でほぼ収束しています。 重症者の推移から考えて、この可能性もかなり低いと思います。

「JP(感染者数2倍)」は3月末に累積感染者数約3.2人/1万人、実数にして約40,640人――そのうち重症者は約8,100人――でほぼ収束しています。 これも重症者の推移が現在の重症者の推移と食い違っているので可能性は低いと思います。 ただ4月になってPCR検査数を増やしているので、これまで見つかっていなかった感染者が見つかり、それが現在の第2の流行のように見えていると解釈することは、一応、可能です。 その場合、実際の流行はほとんど収束しているので検査数が増えるに従って見つかる感染者が一気に増え、現在いる感染者を全て検査し終われば見つかる感染者が一気に減るはずです。

でも現在のところ1日あたりの感染者の変化は数理モデルから予想される変化とだいたい一致していて、不自然な変化はありません。 またクラスター対策班の徹底した調査によって、第1の流行はほとんどの感染源を中国までたどる――中国からの訪問者や帰国者等――ことができるのに対して、現在の第2の流行は欧米由来の感染源――欧米からの訪問者や帰国者等――が多いことがわかっています。 そしてクラスター対策班は以前からこの第2の流行を予想していて、それに対する対応策(緊急事態宣言等)を検討していたとのことです。 そのため現在の第2の流行が検査数の増加による見かけだけのものである可能性は低いと思います。

日本の感染者数の精度については、感染症数理モデルの専門家である西浦博先生達が数理モデルを使って検討されています。 その結果では、下図のように重症者(Severe cases)は実測値と理論値がほぼ一致していて、軽症者(Non-severe cases)は実測値が理論値の半分程度になっています。 これは日本の医療従事者による重症例のトリアージが正確であることと、7章で説明する日本の感染予防対策の特徴を表していると思います。


※上図は「Ascertainment rate of novel coronavirus disease (COVID-19) in Japan
Ryosuke Omori, Kenji Mizumoto, Hiroshi Nishiura, Ascertainment in Japan, 2020から引用させていただきました。