玄関雑学の部屋雑学コーナー感染症数理モデル

7.日本の感染予防対策

新型コロナウイルス感染対策専門家会議による、現在の基本的な感染予防対策は次のようなものです。

  1. 患者集団(cluster、集団感染を起こした小集団)の早期発見・早期対応
  2. 患者の早期診断・重症者への集中治療の充実と医療提供体制の確保
  3. 市民の行動変容

日本は人口に対するPCR検査実施可能施設の割合が少ないので、欧米のように少しでも感染の疑いのある人について全てPCR検査を行う余裕はありません。 そこで過去の新型インフルエンザ対策と同様に、全ての感染者を発見することは目指さず、他人に感染させる可能性の高い感染者と、重症になりそうな感染者を優先的に検査することにしたのです。

そのような感染者を見つけ出すために、日本は諸外国で行われている前向き(Prospective)接触者調査――感染者を起点にして、その濃厚接触者を洗い出し、発症するかどうかを確認する調査方法――だけでなく、さかのぼり(Retrospective)接触者調査という独自の接触者調査も行うことにしました。 さかのぼり接触者調査とは、下図のように感染者の過去の行動を調査して共通の感染源になった場を見つけ、その場の濃厚接触者を網羅的に把握して感染拡大を防止する調査方法です。


※上図は新型コロナウイルス感染症対策専門家会議による
新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」」から引用させていただきました。

このさかのぼり接触者調査によって、数理モデルにおける閉鎖集団の仮定に反して、全ての感染者が同じ頻度で2次感染を起こしているわけではないことがわかってきました。 下図「1人の感染者が生み出す2次感染者の頻度」に示したように、約80%の感染者は2次感染を起こさず、残りの約20%の人が2次感染を起こしていたのです。 そして2次感染を起こした感染者は大半が「空気のよどんだ閉鎖環境」つまり3密(密閉・密集・密接)環境にいました。 そこで集団感染を起こした集団を迅速に発見し、その集団を隔離措置すると同時に、できるだけ3密環境を無くせば2次感染を効率的に防げると考えたのです。


※上図は厚労省対策推進本部クラスター対策班の押谷仁先生が作成された
COVID-19への対策の概念」から引用させていただきました。

その対策によってγ(単位時間あたりの隔離率)を大きくし、β(単位時間あたりの感染率)を小さくして、Rt(実効再生産数)を小さくすることができるはずです。 そうすれば6章のシミュレーションとは反対に、流行はゆっくりと広がり、ゆっくりと収まります。 その結果、下図「新型インフルエンザ対策の基本的考え方」のグラフのように、流行している期間は長くなるものの、ピーク時の感染者数を少なくして医療崩壊を防ぎ、流行終息時の累積感染者数を少なくすることができます。

つまり欧米のようなローラー作戦ではなく、集団感染が発生するたびに患者集団をモグラ叩きのようにひとつずつ潰し、長期間のゲリラ戦に持ち込む作戦なのです。 下図の日本(JP)の累積感染者数のグラフを見ると、現在のところその作戦が成功していて、流行の進行をゆっくりにし、ピークを後ろにずらしていることがわかると思います。


※上図は厚労省対策推進本部クラスター対策班の押谷仁先生が作成された
COVID-19への対策の概念」から引用させていただきました。