玄関小説とエッセイの部屋小説コーナー僕達の青春ドラマ

絵の披露が終わる頃、耕平氏に会社から何か重要な電話があったようで、彼は「ゆっくり絵を御鑑賞していただきたい」と客達に言ってから、中川さんを呼んで色々と指示を与え、最後に車を用意するように言いつけて書斎に引っ込んでしまった。 笹岡家の人達はそのまましばらく絵を「御鑑賞」になっていたけど、僕等はさっさとホールに出てしまい、大きく深呼吸をして顔を見合わせた。 伴ちゃんが冬眠から覚めたタヌキみたいな表情で、盛んに頭を振っているのがおかしいらしく、ミミちゃんと雪子さんはクスクス笑っている。

僕はあたりに人がいないことを確かめてから、小声で雪子さんに話しかけた。

「持田さん、何とか中川さんと話できないですか?」
「え?」と、雪子さんが訝しげに聞き返し、
「こらこらっ、恋人同士、恋人同士!」と、ミミちゃんが僕をたしなめた。

「えっ!? で、でも、誰もいないよ、今……」
「壁に耳ありよ。 いったん役についたら、どんな時でもその役になりきらなくちゃー」

さすがは経験者、ミミちゃんの言葉にはやけに説得力がある。 確かに、彼女は自分の役になり切っているようだ。

「中川さんと話してどうするの? ……友規君」

雪子さんも役になり切ろうとしているけど、やっぱりぎこちなさは隠せない。

「中川さんに、僕の気持ちを話したいんです……だよ」
「友規君の気持?」
「うん。 僕は仕方なく持……雪ちゃんと親しそーにしてるんであって、決してそんな気はないんだって」

言ってしまってから、急に誤解されかねない言葉だと気がついて、あわてて弁解した。

「あ、これは、その、この役が迷惑だとか、雪ちゃんに魅力がない、とかいった意味じゃなくて、もちろん喜んでやってるんだけど、そのー……」

しどろもどろで、我ながらわけのわからない説明なのに、雪子さんはちゃんと理解してくれたのか、にっこりして、ウン、ウンとうなずいてくれた。

「よくわかってますよ、友規君の気持ち」
「中川さんだって、わかってるに決まってるじゃない、そんなこと」

と、ミミちゃんも何をいまさらという口調だ。

「うん、そーは思うんだけど、やっぱり、僕の口からはっきり話しといた方がいーよーな気がして……」
「……いい人ね、友規君って」

雪子さんに優しく見つめられ、僕は正直にまごついて赤くなってしまった。

「あったりまえよー! そーじゃなきゃ、あたしが連れてきっこないじゃない!」

ミミちゃん、このお見合い粉砕大作戦の監督として得意満面のようだ。 確かに、最初に彼女から相談を持ちかけられた時にも、僕を選んだ理由として「ヘンなふうになる心配がない」からだと言っていたので、僕がこういうお人好しであることをいちはやく見抜いていたのかもしれない。 だとしたらそれは大正解だったし、彼女の自慢も故ないことじゃないけどね。

そこへ大きなアタッシュケースを抱えた耕平氏が中川さんを従えて通りかかり、雪子さんを呼びつけた。

「雪子! 会社から急に呼び出しがあったから、わしはちょっと会社に行ってくる。 夜までには戻ってこられると思うが、その間、お客人の相手をしっかり頼むぞ」
「はい、お父さん。 ミミちゃん達のことは心配いらないわ、あたしに任せておいて」

そう返事をしながら、雪子さんは父親の方に近づいて行った。 そこは僕等からわずかに離れているだけだったので、二人の会話がはっきりと聞き取れた。

「バカもん! 笹岡さん達のことだっ、わしが言っとるのは」
「あの人達はお母さんとお兄さんがお相手をしますから、お父さんは安心してお仕事に励んで下さいね」
「何をふざけとるんだっ! 全く、口ばっかり達者になりおって……。 いいか、留守中のことは母さんに任せておいたから、ちゃんと言うことを聞くんだぞ」
「はいはい、よーくわかりました」
「笹岡さん達のことを、しっかり頼むぞ。 くれぐれも失礼のないようにな、いいな。……中川君、行くぞっ!」
「いってらっしゃーい! 気をつけてね……」

雪子さんの最後の言葉は、どうやら父親ではなくその隣の中川さんに向けられた言葉のようだ、響きに真心がこもっていた。 耕平氏は、全く近頃の若いもんは……とか何とか、しきりとブツブツ言いながら別荘から出て行った。

雪子さんは僕等のところに戻って来ると、茶目っ気たっぷりにペロッと舌を出して言った。

「さあ、お目付役がいなくなったから、これでゆっくり羽をのばせるわよ。 中川さんと話すチャンスがあるかもしれないわね」
「中川さん、すぐ戻って来るの?」

てっきり中川さんも一緒に会社に行ったと思っていたのか、ミミちゃんがちょっと不思議そうに尋ねた。

「運転手よ、駅まで送って行っただけ」
「あ、そー」とうなずくと、ミミちゃんは僕に向かって意味ありげに微笑みかけ、「よかったじゃない、友規君、思いがかなうわよ」
「想いがかなうのは、雪ちゃんだろー? やっと、ニセモンじゃなくてホンモンと話せるんだからね」
「なかなかしゃれたことゆーじゃない、友規君ったら。 でもそのとーりねー、雪ちゃんの嬉しそーな顔見てやってよ、ほらっ!」
「やだあ、ミミちゃんったらァ……」

などと恥ずかしそうに言いながら、雪子さんは自然と顔がほころんでくるのを隠し切れないでいるんだ。