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解説6

瞬間死亡率とハザード比

図4.3は被爆群における被爆後の白血病と固形ガン(胃・肺など)のリスクの変化を模式的に表したものです。 この模式図を見ると、白血病のリスクは最初の10年間くらいが高く、以後は低くなっていくのに対して、固形ガンのリスクは時間が経つにつれて高くなっていくことがわかります。

疫学分野ではある期間の累積死亡率と単位時間あたりの死亡率を区別し、普通は1年あたりの死亡率を「人年」単位の死亡率といいます。 そして被爆者群の累積死亡率と非被爆者群の累積死亡率の比を相対リスクと呼ぶのに対して、被爆群の人年単位の死亡率と非被爆群の人年単位の死亡率の比を率比(rate ratio)と呼んで区別します。

一方、統計学分野、特に生命表解析分野では単位時間あたりの死亡率のことを瞬間死亡率といい、ある期間の累積死亡率と区別します。 そして単位時間を1年にした時の瞬間死亡率が人年単位の死亡率に相当します。 またある時点における被爆群の瞬間死亡率と非被爆群の瞬間死亡率の比をハザード比(hazard ratio)といい、これは率比に相当します。

生命表解析ではハザード比を全期間について平均した値を相対リスクと同じような指標として用いますが、これは途中で被験者の脱落がなければ相対リスクと一致します。 「ハザード」は「リスク」と同じように「危険性」という意味ですが、ハザードが潜在的に危険性の原因になるものを表すのに対して、リスクはそれが実際に起こった時の危険性を表す用語です。 そのため生命表解析では瞬間死亡率のことをハザードと呼び、最終的な累積死亡率のことをリスクと呼んで区別しています。

長期間にわたる研究では、放射線とは無関係な死亡や転居などによって被験者の追跡が不可能になることがあり、これを脱落(dropout)といいます。 相対リスクの計算ではこれらの脱落例は計算から除外されますが、生命表解析では脱落するまでのデータは有効利用します。 そのため長期間にわたる研究では、生命表解析を用いた方が正確で信頼性の高い結果が得られます。

生命表解析を利用すれば、図4.3と同じグラフを実際のデータから描くことができます。 生命表解析ではある時点の瞬間死亡率をデータから求め、それに基づいて累積死亡率の経年変化を表す累積死亡率曲線を描きます。 そのため累積死亡率の代わりに瞬間死亡率の経年変化を描けば、それが図4.3のようなグラフになります。 そのグラフのことをハザード曲線(ハザード関数)といいます。 (→当館の「統計学入門・第11章・第6節 パラメトリック生命表解析」参照)