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解説7

コホート分析

図4.4は被爆時の性別年齢別に、相対リスクと絶対リスク(年平均過剰死亡率)の経年変化(加齢変化)をグラフ化したものです。 資料には「絶対リスク(年平均過剰死亡率)」と記載されていますが、疫学分野では死亡率のことを絶対リスク(abusolute risk:AR)と呼びます。 そして絶対リスクの比を相対リスクと呼び、絶対リスクの差を寄与リスクと呼びます。 しかしややこしいことに臨床分野ではリスク比を相対リスクと呼び、リスク差を絶対リスクと呼ぶことが多いようです。

この性別年齢別集団のように共通した因子——被爆した時の性と年齢が同じという因子——を持ち、時間を追って観測された集団のことをコホート(cohort)といいます。 そして観測されたデータをコホート別に集計し、コホート内の変化を検討したり、コホート間で色々な比較したりする分析法のことをコホート分析(cohort analysis)といいます。 図4.4のようなグラフはコホート分析でよく用いられるもので、加齢変化と環境変化を分離して検討することができます。 (→当館の「統計学入門・第12章 時系列解析 第7節 コホート分析」参照)

相対リスクと絶対リスクの加齢変化

図4.4の2つのグラフを見ると、奇妙なことに相対リスクは加齢によって双曲線的に減少する傾向があるのに、絶対リスクは加齢によって増加する傾向があり、正反対の変化をしています。 これは非被爆群の死亡率の加齢変化が原因だと思われます。 国立がん研究センターがん対策情報センターの資料によると、ガンによる死亡率は加齢によって増加し、全体として男性よりも女性の方が低くなっています。 (→解説11data03.pdf)

図4.4の相対リスクは、おそらく被爆群と同一性・同年齢の非被爆群の死亡率に対する値だと思います。 そうすると被爆群も非被爆群も加齢によって死亡率が増加し、その死亡率の差つまり絶対リスクが加齢によって増加しても、分母となる非被爆群の死亡率が増加すれば相対リスクは小さくなります。 そして非被爆群の死亡率が直線的に増加すると、相対リスクはそれと反比例して双曲線的に減少します。

例えば被爆群の死亡率が1%から2%に増加し、非被爆群の死亡率が0.1%から0.5%に増加したとすると、絶対リスクは0.9%から1.5%に増加しますが、相対リスクは10から4に減少します。 そして被爆群の死亡率が10%から11%に増加し、非被爆群の死亡率が1%から1.4%に増加すると、絶対リスクは9%から9.6%に増加しますが、相対リスクは10から7.9に減少します。 このことから分母となる非被爆群の死亡率が大きい時は、絶対リスクの変化が同じでも、相対リスクの変化は小さくなることがわかります。

また絶対リスクの男女差はあまり大きくないのに、相対リスクは女性の方が高くなっています。 これも非被爆群の死亡率は女性の方が低いため、相対リスクが大きくなることが原因だと思われます。

図4.4の相対リスクのグラフだけを見て、

「放射線によるガン死亡のリスクは、老人よりも若い人の方が高く、また男性よりも女性の方が高いから、若い女性は特に注意が必要だ!」

と警告する人がいますが、絶対リスクのグラフを見ると、それは相対リスクの解釈間違いによる誤解だということがわかると思います。

それから相対リスクの変化は全体として双曲線的に減少しているものの、各年齢群のコホート内での減少の程度は全体の減少の程度よりも小さく、傾きが少し緩くなっています。 こういったグラフの場合、各コホートの開始時つまり被爆直後のポイントを結んだ線——図4.4に加筆した赤色の折れ線——が絶対リスクが一定の時の加齢変化の様子を表します。 そして絶対リスクが加齢変化せずに一定の時は、各コホートの変化と全体の変化が同じ傾向になり、各コホートの折れ線が重なって1本の折れ線のようになります。

しかし絶対リスクのグラフからわかるように、絶対リスクは全体としても各コホートとしても加齢によって上昇しています。 そのため相対リスクの各コホートの加齢変化は、絶対リスクが加齢によって上昇する分だけ減少率が少なくなり、各コホートの開始時のポイントを結んだ線よりも上に離れていきます。

つまり相対リスクが加齢によって減少しているのは非被爆群の死亡率が加齢によって増加しているためであり、各コホートの減少の程度が全体の減少の程度よりも少ないのは、絶対リスクつまり被爆群の死亡率と非被爆群の死亡率の差が加齢によって増加しているからだと思われます。

資料に記載された図4.4に関する考察は、残念ながらこういった相対リスクの特徴とコホート分析の特徴を十分に理解しているとは言いかねる内容になっています。 このことから、加齢変化に限らずリスクの変化を検討する時は、被爆群と非被爆群の死亡率の変化をベースにし、それに基づいて相対リスクや絶対リスクの変化を検討する必要があることと、相対リスクは誤解しやすい指標であり、これをリスクの指標にするのはできれば避けた方が良いことがわかると思います。