玄関雑学の部屋雑学コーナー放射線による発がん

解説11

系統誤差

系統誤差(systematic error)は資料の1.1節(82ページ)で系統的誤差と記載されている誤差で、被爆者の背景因子や生活習慣・生活環境などによって発生するデータの偏り(bias)です。 偶然誤差と違って、この誤差は原理的には補正することができます。

背景因子の影響

ガンの死亡率は性別や年齢といった背景因子によって影響を受けます。 特に年齢の影響は大きく、5歳ごとに死亡率が1.5〜2倍ほど高くなり、20歳代の若年者と比べると60歳代の高齢者は死亡率が100倍以上高くなります。 つまり年齢が5歳高くなった時の相対リスクは1.5〜2になり、40歳高くなると相対リスクは100以上になるわけです。 (→data03.pdf)

上図を見ると加齢によってガン死亡率が指数関数的に上昇することと、女性よりも男性の方が死亡率が高いことがわかります。 もし20歳で放射線に被曝した人達がいて、その人達を60年以上継続調査してガンによる死亡率をグラフ化したとすると、放射線による影響が全くない場合でも上図のようなグラフになるはずです。 そのグラフを見れば、誰でも「放射線を浴びたために、男女共にガンによる死亡率が急上昇した!」と思ってしまうでしょう。

実際、原発事故で被曝した人達の発ガン率が経過年数と共に増加している情報だけを取り上げて、「放射線によってガンが急増した!」と警告している人やマスコミ報道をしばしば見かけます。 上図からわかるように、非被爆群の情報を出さずに被爆群だけの情報を用いれば、幻の放射線の影響を簡単に導き出すことができてしまいます。 これが「雨乞い三タ論法」による似非三段論法であり、放射線専門家(ただし医学分野以外)でさえも、この雨乞い三タ論法に基づいて放射線の影響を論じることがあるのは非常に残念です。

放射線の影響を検討する時は、被爆群と背景因子を同じにした非被爆群と比較しなければ正しい結論を導くことはできません。 例えば、もし被爆群よりも非被爆群の方が年齢が5歳ほど高ければ、相対リスクが1.2程度である1Svの放射線の影響よりも年齢の影響の方が大きくなり、非被爆群の方がガン死亡率が高くなってしまいます。 また被爆群よりも非被爆群の方が年齢が0.5歳つまり6ヵ月ほど高ければ、100mSvの放射線の影響よりも年齢の影響の方が大きくなり、非被爆群の方がガン死亡率が高くなってしまいます。

原資料のデータは被爆群と非被爆群の性と年齢をほぼ一致させているため、ガン死亡率に対する性と年齢の影響がどちらもほぼ同じになり、放射線の影響をほぼ公平に比較することができます(ただし年齢は年単位のデータを用いているので、±6ヶ月の誤差を補正することは原理的に不可能です)。 また性と年齢が死亡率に与える影響はある程度わかっているので、被爆群のガン死亡率を性と年齢によって理論的に補正し、日本全体のガン死亡率と比較することもある程度は可能です。

しかしガン死亡率に対する性または年齢の影響は、他の背景因子と組み合わせると異なることがあります。 例えば上図からわかるように、ガン死亡率は全体として女性よりも男性の方が高いのですが、高齢になるほど男の方が死亡率がより上昇し、性差が大きくなります。 これを性と年齢の交互作用といいます。 複数の背景因子の間にこの交互作用があると、背景因子による誤差を完全になくすことはできません。

生活習慣と生活環境の影響

ガンは生活習慣病ですから、ガン死亡率は食生活のような生活習慣や、住んでいる場所が都会か田舎かといった生活環境の影響を受けます。 特に喫煙の影響は大きく、喫煙の有無や受動喫煙の有無によって死亡率が影響されます。

この資料のデータは被爆群と非被爆群の生活環境をできるだけ一致させるために、被爆者と同じ広島または長崎に住んでいて、被爆しなかった人を非被爆群にしています。 しかし生活習慣まで一致させるのは困難なので、そこまで一致させることはしていません。

生活習慣と生活環境の影響もある程度わかっているので、被爆群と非被爆群の違いを理論的に補正することはある程度は可能です。 しかし背景因子の補正と同じように、複数の生活習慣・生活環境の間に交互作用があると誤差を完全になくすことはできません。

自然放射線の影響

自然放射線の存在は被曝量の系統誤差になります。 自然放射線量は世界平均としては1年間あたり2.4mSvです。 しかし自然放射線量は住んでいる国をはじめとする生活環境によっても、生活習慣によっても違い、だいたい1〜7mSv程度の範囲で変動します。

例えば自然放射線を1年あたり1mSv浴びていた20歳の人が、100mSvの放射線に被曝してガンで死亡したとすると、その人の死亡時の被曝量は単純計算で120mSvになります。 それに対して自然放射線を1年あたり7mSv浴びていた50歳の人が、同じように100mSvの放射線に被曝してガンで死亡したとすると、その人の死亡時の被曝量は単純計算で450mSvになります。 この2人を100mSvの被曝量によるガン死亡として扱うと、330mSvの系統誤差があることになります。

もちろん年齢と生活環境・生活習慣に基づいて自然放射線量を補正することは可能ですが、やはり誤差を完全になくすことは困難です。