玄関雑学の部屋雑学コーナー放射線による発がん

解説10

各種の誤差

低線量領域における被曝量とリスクの関係を見極めることを困難にしている主な原因として、次のようなものがあります。

資料の統計学的解説の最後に、これらについて少し詳しく解説したいと思います。

偶然誤差

偶然誤差(random error)は資料の1.1節(82ページ)で非系統的誤差(確率的誤差)と記載されている誤差で、情報不足や不確定要素によって発生するデータのバラツキです。 偶然誤差には数学的な誤差、疾患の診断誤差、被曝量の測定誤差などがあります。

数学的な誤差

数学的な誤差は、現実に観測できるデータが限られているために確率論的な理由で発生する誤差です。 他の偶然誤差が全くない時でも、考えられる全てのデータ——たいていは無限のデータ——を観測しない限り、この誤差は必ず発生します。 一般に、統計学ではこの誤差の大きさを標準誤差や信頼区間で表します。

数学では確率の説明をする時にコイン投げの例をよく用いるので、この誤差の説明でもコイン投げの例を利用することにしましょう。 今、表と裏の出る確率がちょうど半々の理想的なコインが沢山あったとします。 そのコインを2枚投げたとすると、その結果は、

表・表  表・裏  裏・表  裏・裏

の4通りの可能性があります。 そしてこの4通りの結果の中で両方とも表になる確率は1/4=0.25であり、1枚が表でもう1枚が裏になる確率は2×1 /4=0.5、両方とも裏になる確率は1/4=0.25です。

ということは、コインを2枚投げるという行為を4回行えば、表が出やすいようにインチキしたのではなくても、1回くらいは両方とも表になることが有り得るわけです。 したがって2枚のコインを投げたところ、両方とも表になったからといって、ただちに「表が出やすいようにインチキした!」と判断することはできません。 このことからコインを2枚投げた時の結果は、理想的なら表率(表が出た割合)50%という結果になるはずだが、表率100%という結果も表率0%という結果も十分に有り得る、つまり50±50%(0〜100%)程度の誤差を持っているということになります。

コインの表が出ることを「ガンによる死亡」とし、裏が出ることを「生存」、狙った結果になるようにインチキすることを「放射線の影響」とすれば、コインを投げるという行為は死亡率50%のガンに対する放射線の影響を調査することに相当します。

そして2人の人間が放射線を浴びた結果、2人ともガンで死亡した(死亡率100%)としても、その反対に2人ともガンで死亡しなかった(死亡率0%)としても、それが放射線の影響かどうかを判断することはできません。 つまり放射線を浴びた2人の人間を対象にして、死亡率50%のガンについて調査した結果には50±50%程度の誤差が含まれているので、放射線の影響を正確に判断することはできないということです。

実際、放射線を浴びない2人の人間を対象にした時の、死亡率50%のガンの90%信頼区間を計算すると0〜100%になります。 解説2で説明した「相対リスクの90%信頼区間の中に1が入っているので、相対リスクの値によって放射線の影響を判断することはできない」とか、「被曝量−死亡率関係のグラフで、非被爆群の死亡率の90%信頼区間については放射線の影響を判断することはできない」というのはこのような意味であり、「放射線の影響がない」という意味では決してありません。

それに対してコインを10枚投げた時、10枚とも表になったとしたら、さすがに「表が出やすいようにインチキしたのではないか?」と疑うでしょう。 実際、コインを10枚投げた時の90%信頼区間は19〜81%になり、10枚とも表という結果(表率100%)は上図のようにその範囲からはずれています。 このことから信頼区間を狭くする、つまり誤差を小さくするにはコインの枚数を増やせば良いことがわかります。 そしてコインの枚数を無限大にすれば、誤差は0になるだろうということも予想できると思います。

ちなみに信頼区間が19〜81%ということは、コインを10枚投げた時、表が8枚だった(表率80%)としても、「表が出やすいようにインチキした!」と判断できないことになります。 このことから数学的な誤差の大きさは、感覚的な誤差の大きさよりもかなり大きいことがわかると思います。

コインの鋳造誤差

偶然誤差には数学的な誤差の他に、もっと現実的な誤差があります。 コイン投げの場合、それに相当する誤差として例えばコインの鋳造誤差があります。 数学的な誤差は、コインの表が出る確率が0.5として計算したものです。 しかし実際のコインには鋳造誤差があり、表の出る確率が正確に0.5になるとは限りません。

例えば鋳造技術が低いためコインが歪むことがあり、表の出る確率には±0.1程度の誤差がある、つまり表の出る確率には0.4〜0.6程度の幅があるとしましょう。 仮に数学的誤差がないとすると、このコインを10枚投げて表が6枚だった時(表率60%)は、たとえ表が出やすいようにインチキしたとしても、その効果が鋳造誤差に隠れてしまい、実質的な効果としては表れていないことになります。 したがってこのような時は、「実質的にはインチキしていない——たとえインチキしていたとしても、その効果は実質的にはほぼ0である」と判断するのが妥当です。

表が7枚だった時(表率70%)は、鋳造誤差の範囲から外れているので、一応は「表が出やすいようにインチキしたのではないか?」と疑います。 ところがコインを10枚投げた時の90%信頼区間は19〜81%=50±31%であり、実際には±31%程度の数学的誤差があります。 そのため表の出る確率0.4のコインを投げた時の90%信頼区間は40±31%=9〜71%になり、表の出る確率0.6のコインを投げた時の90%信頼区間は60±31%=29〜91%になり、結局、鋳造誤差と数学的誤差を足した偶然誤差は50±41%=9〜91%になります。

その結果、表が7枚(表率70%)という結果は誤差範囲内になり、「表が出やすいようにインチキした!」と判断することができなくなります。

表が5枚だった時(表率50%)は、「実質的にはインチキしていない」と判断したいところです。 ところが数学的誤差が±31%あるため、例えば表の出る確率0.8のコインを10枚投げた時の90%信頼区間は49〜100%になり、表の出る確率0.2のコインを10枚投げた時の90%信頼区間は0〜51%になります。 そのため表が出やすいようにインチキしても、表が出にくいようにインチキしても、どちらも表率50%という結果になる可能性が90%程度あることなり、「実質的にはインチキしていない」と判断することができなくなります。

つまり鋳造誤差よりも数学的誤差の方が大きい時は、どんな結果になっても「実質的にインチキしていない」と判断することができないのです。 このことから、解説2で説明した「信頼区間が医学的な誤差範囲にすっぽりと入っている時に限って、放射線の影響はないと判断することができる」ということになるわけです。

そこでコインの枚数をもっと増やし、例えばコインを100枚投げたとすると90%信頼区間は41〜59%=50±9%になり、鋳造誤差50±10%よりも小さくなります。 そしてこの時、鋳造誤差と数学的誤差を足した偶然誤差は50±19%=31〜69%になります。 この状態で表が70枚(表率70%)だったとすると、「表が出やすいようにインチキした!」と判断することができます。

またこの時、表の出る確率0.4のコインを投げた時の90%信頼区間は40±9%=31〜49%になり、表の出る確率0.6のコインを投げた時の90%信頼区間は60±9%=51〜69%になります。 したがってこの状態では、表が49〜51枚だった時(表率49〜51%)だけ「表が出る確率は0.4以上かつ0.6以下である」つまり「表が出る確率は鋳造誤差範囲内である」ということになり、「実質的にインチキしていない」と判断することができます。

疾患の診断誤差

放射線の影響を調べる場合、コインの鋳造誤差に相当する偶然誤差としては、例えば疾患名の診断誤差や死因の特定誤差があります。 疾患名の診断や死因の特定は100%正確というわけではなく、必ず誤差があります。 特に複数の疾患を併発した時などは死因の特定が難しく、死因を特定するための病理解剖をしなければなかなか正確には特定できません。

この資料の場合、被爆群と非被爆群は通常よりも綿密に観察しているため、ガンの診断とガン死亡の特定はかなり正確だと思われます。 しかし日本全体の死亡率統計はそれほど正確ではないため、ガンの死亡率にはある程度の誤差があるはずです。 そのため日本全体の死亡率と被爆群の死亡率を比較する時には、その誤差を考慮する必要があります。 そしてその誤差はガンの種類によって異なると思われますので、誤差の大きさを評価できるのは医学的な専門家だけということになります。

解説4で、医学的な誤差範囲に基づいて死亡率に与える影響を判断できない被曝量を逆算しました。 ここで用いた誤差範囲はあくまでも仮のものであり、本来は医学専門家だけが誤差範囲を決めることができます。 しかし「被曝量−死亡率関係のグラフで、非被爆群の死亡率の医学的な誤差範囲では放射線の影響を事実上判断することはできない」ということ自体は正しく、数学的な誤差だけでなく医学的な誤差も考慮して結果を解釈する必要があります。

医学専門家は「この程度の放射線量では健康被害はない」とか、「この程度のガン死亡率の上昇は医学的に無視できる程度である」と言うことがよくあります。 これは「ガンによる死亡者がこの程度増えても大した問題ではない」という意味ではなく、「死亡率にはこの程度の誤差があるから、これくらいの死亡率の増減には実質的な意義はない」という意味のことが多いのです。 医学専門家は診断誤差や死因の特定誤差を皮膚感覚で知っているため、結果を医学的に解釈してそういった評価ができるのです。

しかし疫学調査の結果は数学的な誤差である信頼区間や標準誤差を描かないことが多い上に、医学的な誤差はほとんど表面には表れません。 そのため他の分野(例えば工学分野や物理学分野)の専門家は、死亡率を誤差のない正確な値と解釈してしまい、「たとえわずかな死亡率の増加でも、日本人全員(1億3千万人)が被曝すれば無視できない数になるから非常に危険だ!」と解釈してしまいがちです。

解説12で紹介しますが、「微量の放射線を浴びることは健康に良い」という「放射線ホルミシス効果」の存在を主張する研究者達がいて、これがラジウム温泉の効能の根拠になっています。 そしてランド温泉である三朝温泉の住民を対象にした、30年にわたる大規模な疫学調査の結果では、放射線を浴びない群よりも、微量の放射線を浴びた群の方がガンによる死亡率が低いという結果になっています。

この研究結果は二次資料しか見たことがないので何ともいえませんが、放射線を浴びない群と微量の放射線を浴びた群の死亡率の差は、数学的な誤差と医学的な誤差を合わせた偶然誤差範囲内の変動ではないかと思います。 偶然誤差範囲内またはそれに近い領域での研究では、偶然誤差のいたずらで、複数の研究結果がお互いに相反する結果になることがよくあります。 これは鋳造誤差が大きいコインを少数枚投げるという行為を何度も行った時、偶然誤差のいたずらで、表が多く出たり裏が多く出たりと、お互いに相反する結果になることがよくあるのと同じ原理です。

その証拠に、同じ研究グループが追試した同じような研究では放射線ホルミシス効果は確認できず、最初の研究結果を否定する結果になっています。

被曝量の測定誤差

放射線の影響を調べる場合、現実的な偶然誤差として被曝量の測定誤差があります。 コイン投げの場合、これはインチキの程度の誤差に相当します。 つまりある割合で表が出やすいようにインチキをしたつもりが、インチキの技術が未熟なため、やり過ぎたり、やり過ぎなかったりするようなものです。

そもそも被曝量は機械的にきちんと測定できるものではなく、原理的にかなりの誤差が入る可能性があります。 被曝量のベースになるのは放射能(放射線を放出する能力)であり、それを測定する単位はベクレル(Bq)です。 これはある物質に含まれる放射性元素(放射性同位元素)が、1秒間に放射性崩壊する(原子核が放射線を放出して変化する)数を表します。 つまり「1Bqの放射能」とは、放射性元素が1秒間に1個変化して放射線を放出する能力というわけです。以前は「キュリー(Ci)」という単位が使われていて、1Ci=3.7×1010Bqという関係があります。

ところが放射性元素が1個崩壊する時に、放射線を必ず1本放出するというわけではありませんし、放射線の種類も同じではありません。 例えばラジウムが崩壊するとα線(2個の陽子と2個の中性子からできたヘリウムの原子核)を放出し(α崩壊)、放射性ヨウ素が崩壊するとβ線(電子)を放出し(β崩壊)、それによってできた放射性キセノンが崩壊するとγ線(波長の短い電磁波)を放出します(γ崩壊)。

放射線の種類が違うと性質も異なるため、放出された放射線の量つまり照射線量を統一的に測定することはできず、統一単位はありません。 ただ、同じ電磁波であるγ線とX線についてはクーロン毎キログラム(C/kg)という単位で統一的に測定することができます。 これは空気1kg中に1クーロン(C)の電気を帯びさせる放射線の量であり、放射線の持つエネルギーが空気をイオン化する能力に基づいています。 以前は「レントゲン(R)」という単位が使われていて、1R=2.58×10-4C/kgという関係があります。

照射線量が統一的に測定できないため、放射線の影響の強さは、ある物質に放射線を照射した時、どの程度のエネルギーが吸収されるかということを指標にして測定します。 これが吸収線量であり、グレイ(Gy)という単位が使われます。 これは物質1kgあたり1ジュール(J)のエネルギーが吸収された時の吸収線量で、放射線が全て吸収されるわけではないので照射線量との関係は一定ではありません。 空気中では1Rあたり約8.73×10-3Gyの放射線が吸収されるため、1Gy≒115R=2.96×10-2C/kgという関係があります。 以前は「ラド(rad)」という単位が使われていて、 1rad=0.01Gyという関係があります。

放射線が人体に与える影響を問題にする場合、同じ1Gyの吸収線量でもα線とγ線では影響力が異なります。 そこでその影響力を補正した吸収線量として考えられたのが等価線量であり、シーベルト(Sv)という単位が使われます。 これは吸収線量に放射線荷重係数(線質係数)を掛けた値です。 放射線荷重係数はγ線とX線を1として、現在はα線が20、β線が1などとなっていて、新しい研究結果に基づいて変更されることがあります。 以前は「レム(rem)」という単位が使われていて、1rem=0.01Svという関係があります。

また人体は組織によって放射線の影響力が異なるため、全身被曝した時は組織ごとの影響力を補正する必要があります。 そこで等価線量に組織ごとの組織荷重係数を掛け、それを全ての組織について足し合わせた吸収線量を計算します。 これを「実効線量」といい、等価線量と同じ「シーベルト(Sv)」単位を使います。

以上のようなややこしい過程を経て、ようやく被曝量を測定することができます。 しかし原爆の場合、被爆者が線量計(放射線の線量を計測する器具)を身に付けていたわけではないので被曝量は推定するしかありません。 この資料を作成した放射線影響研究所によると、一般的な放射線量の測定誤差は±35%程度だということです。 つまり1Svと測定された被曝量の場合、実際には1±0.35Sv=0.65〜1.35Sv程度の誤差があるわけです。 (→http://www.rerf.or.jp/general/research/raditiondose.html)

放射線影響研究所では、特殊な推定方法を用いて測定誤差を少なくするように努力しています。 しかし被曝量つまり実効線量そのものが原理的に誤差が入りやすい値ですから、身長や体重のようなものと比べると被曝量の測定誤差はかなり大きいと思われます。

以上のことから、被曝量の値には比較的大きな測定誤差があり、低線量領域ほどその測定誤差の影響が相対的に大きくなり、被曝量とリスクとの関係を不確かなものにしていると思われます。