玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

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選挙の打ち上げ会が無事に終わり、大多数の選挙スタッフにとっての選挙は終わりました。 しかし会計責任者と参謀にとっての選挙は、実はまだ半分終わっただけであり、これからの仕上げが大変なのです。 釣りに例えれば、大物が針にかかって手元まで引き寄せ、これから慎重に取り込むという段階に相当します。 ここでヘタをして針が外れ、魚を逃がしてしまっては元も子もなくなり、手伝ってくれた人達にも、応援してくれた人達にも大きな迷惑がかかることになります。

今回の選挙費用は、僕の腹積もりどおり、法定限度額の半分以下に抑えることができました。 そして選挙中は、公選法に違反しないように細心の注意をはらっていたつもりです。 しかし何しろ初めての経験ですし、選挙期間中はやたらとドタバタして全てのことに目を配ることはできなかったので、無知によるミスやうっかりミスが無いとは限りません。 それらのことを考えると、色々な本を読んで選挙の難しさと怖さをわかり始めていた選挙前よりも、予想以上の結果でみんなが大喜びしている選挙後の方が、むしろ怖い気がしました。

選挙が終了すると、立候補時に貸与された選挙道具一式を選挙管理委員会に返却し、投票日後15日以内に選挙運動費用収支報告書を提出しなければなりません。 選挙道具一式を返却するのは簡単ですが、選挙運動費用収支報告書を作成するのは非常に大変です。 選挙運動費用収支報告書は、候補者から任命された出納責任者が作成します。 出納責任者は、書類上は候補者のRさんの娘婿にしてあったものの、実際の会計役はRさんの娘さんが担当し、僕が補佐役をしました。

娘さんは仕事で会計処理をしていて、僕は会社と自治会の会計処理を経験していました。 しかし二人とも選挙の会計処理をするのは初めてなので、僕の個人的なコーチ役の選挙プロHさんに助言してもらいながら、3人で選挙運動費用収支報告書を作成しました。 Hさんは自分で小さな会社を経営していて、選挙でも会計役を担当することが多いので、まさに選挙会計のプロでした。 Hさんのコーチがなければ、まともな選挙運動費用収支報告書を作成することはできなかったと思います。

選挙運動費用の整理は、まず最初に選挙期間前90日から選挙後までの間に発生した全ての金銭および物品の出入りをリストアップし、それに関連した証票類を整理することから始めました。 選挙では、選挙運動の経費と後援会の経費と候補者の家計の3つを明確に区別し、それを証明できる証票類を揃えておくことが非常に大切です。 これらを曖昧にすると選挙違反になってしまいます。

選挙運動は選挙期間中しか行うことができず、後援会活動は原則として選挙期間中は行われません。 このため原則として、選挙費用は選挙期間中しか発生せず、後援会費用は逆に選挙期間中は発生しません。 しかし候補者の生活費は、選挙期間中でも選挙期間外でも発生します。 そして請求書や領収書の宛名は、選挙費用の場合は候補者名とし、後援会費用の場合は「○○○○後援会」とし、候補者の生活費の場合は候補者以外の個人名または「上様」とします。 このことは選挙幹部には伝えてあったのですが、選挙スタッフ全員に周知徹底することはできませんでした。 このため領収書の宛名は統一されておらず、大半が「上様」でした。

次にリストアップした経費を選挙運動の経費、後援会の経費、そして候補者の家の経費に分類し、それに応じて領収書の宛名を統一することにしました。 大半の経費は明確に分類できましたが、中にはどれに分類すれば良いのか迷うものや、1つの経費を2つ以上に分けなければならないものもありました。

例えば飲食代の分類はけっこう大変でした。 選挙期間中には運動員のための飲食代だけでなく、候補者の家族の飲食代も発生します。 さらに候補者の家に大勢の親戚や友人が激励に訪れていて、その人達のための飲食代も発生していました。 候補者の家族はほとんどが運動員になっていたので、その人達の飲食代は選挙運動の経費になります。 しかし親戚や友人は運動員ではないので、その人達の飲食代は候補者の家の交際費になります。 ところが食材や茶菓子はまとめて購入したものを利用したため、領収書は1枚しかありませんでした。 選挙運動用に購入した食材や茶菓子を、運動員ではない親戚や友人に流用すると選挙違反になってしまうので、本来ははっきりと区別して購入する必要があります。 しかし選挙運動でてんやわんやの時に、そんな面倒なことをしていられなかったのは致し方の無いことです。 そこでそれを選挙運動の経費と候補者の家の経費に按分することにし、購入先の店にお願いして2枚の領収書に分けてもらいました。

また1つの食材を購入した際に、それをわざわざ2枚の領収書に分けてもらっているものがありました。 これは食材の量が多く、金額がかなり多かったため、購入した人が気をきかせて2枚にしてもらったようでした。 しかし2枚の領収書に記載された宛先も日付も同じだったため、それらはかえって胡散臭い領収書になっていました。

こういった領収書や宛先が不適切な領収書は、購入先の店にお願いして全て再発行してもらいました。 これらは急を要する作業でしたが、信頼できる人だけに手伝ってもらいたかったので、Rさんの家族と僕で手分けして行いました。 以前の会社でも、交際費の領収書を再発行してもらったり、領収書の日付を変えてもらったりしたことがあったので、僕はこういった処理にはある程度慣れていました(あんまり自慢できるようなことじゃないけど……(^^ゞ)。

また経費の中には、例えば自動販売機からジュースなどを購入した時のように、領収書をもらえないものがあります。 そのような場合は、領収書をもらえなかった理由を明記して報告します。 しかし領収書のない経費は何かと問題になりがちなので、今回の選挙ではそういったものを極力なくすようにしました。 そして、それについてはほぼ成功しました。

一般の経費処理と同様に、選挙費用も収入の部と支出の部に分けて整理します。 そして支出の部の整理に比べると、収入の部の整理は比較的簡単です。 選挙費用の収入は、候補者の自己資金と寄付金からなります。 候補者から金銭や物品をもらうと、選挙違反になることはよく知られています。 しかし候補者に金銭や物品を寄付しても、選挙違反にならないことはあまり知られていないと思います。

もちろん特定の利害関係がある人や団体、例えば公的な工事を受注する可能性のある企業が、候補者に寄付することは選挙違反ですし、他人名義または匿名で寄付することも選挙違反です。 しかし利害関係の無い個人が、本名で堂々と寄付することは選挙違反ではありません。 例えば候補者の友人や親戚が、「陣中見舞い」と称して選挙事務所や候補者にお菓子や祝い金を寄付してくれることがあります。 こんな時、何となく後ろめたい感じがして、「有志一同」などといった匿名で受け取ってしまうことがありがちです。 しかし本当は匿名で受け取ると選挙違反になり、名前をしっかりと記録して受け取れば選挙違反にはならないのです。

寄付された金銭や物品は、相手の名前を明記して収入の部に記載します。 物品の場合は、市場価格を参考にして適切な価格を見積もり、その価格を記載します。 そして支出の部にも、同じ物を同じ見積もり価格で記載しておきます。 ただしこれらの支出は領収書をもらえないので、領収書をもらえなかった支出の部に理由を明記して記載します。 A地区のように農家の多いところでは、近所の農家の人が自宅で採れた野菜などを寄付してくれることがあります。 これも物品の寄付になるので、適切な価格を見積もって記載します。

運動員以外のボランティアに無償労働をしてもらった場合は、例えば「無償労働8時間」などといった内容で、寄付として収入の部に記載します。 そして支出の部にも同じ内容を記載します。 これについても、領収書をもらえない支出として処理します。 運動員は原則として無償労働なので、運動員の労働は記載しません。 運動員は1日あたり15名、5日間で延べ75名です。 実際の選挙スタッフはもっと大勢いますが、大半の人は暇な時間しか手伝わないので、実質的な人数は75名の範囲にだいたい納まります。 このため今回のような小規模な選挙では、運動員以外の無償労働はほとんど発生しません。

街宣車は選挙運動用として認められているので、そのガソリン代などは当然、選挙費用になります。 しかし伴走車は選挙運動用として認められていないので、ガソリン代などは選挙費用になりません。 伴走車は、法律的には単に物好きなファンが街宣車について回っているという扱いであり、正式な選挙運動ではありません。 このため伴走車に運動員が乗り、候補者の名前を連呼するなどの選挙運動をすると選挙違反になってしまいます。 そこで伴走車に乗った運動員は、黙って手を振ることしかしません。 しかしいくら黙っているとはいえ、スタッフジャンパーを着て鉢巻をした人が手を振れば立派な選挙運動ですから、厳密にいえば選挙違反になるでしょう。

それから、本来は支出として報告しなければならない経費を、あえて報告しないことがあります。 これはその経費の内容がヤバイためとか、決められた選挙費用の限度額を超えてしまうため、といった理由からです。 このような経費処理を「ゲンコツ」といいます。 これは「握りつぶす」という意味から来た隠語であり、ゲンコツされた経費は「裏金(^^;)」になります。 これは企業や役所などでもよく行われる行為であり、某市役所では裏金の処理に困り、職員が自宅に持ち帰ったり、焼却場で焼いてしまったりしている──これは、とても本当とは思えませんが──そうです。

第6章で説明したように、選挙運動費用の限度額は次のような式で計算されます。

選挙人名簿登録者数(有権者数)÷議員定数×1,120円+900,000円

今回の場合は次のようになり、約250万円程度でした。

28,721名÷20名×1,120円+900,000円=2,508,376円

これに対して僕等の陣営で使った選挙費用は、3分の1以下の約70万円程度でした。 今回の選挙はできるだけ公明正大に、かつできるだけお金を使わずに行いました。 このため内容的にヤバイものはなく、費用もかなり抑えることができたので、幸いなことにゲンコツはせずに済みました。(^^;)

町会議員選挙のように規模の小さな選挙の場合は、よほど悪どいことをしない限り、選挙費用が限度額を超えることはありません。 もちろん、戸別訪問をしたついでに、候補者が自宅で採れた野菜や果物を配る、といった程度のことはたまにあります。 でもそんなものは、金額的には可愛いものです。 以前の選挙で、僕も隣の地区の候補者の戸別訪問を受け、挨拶代わりにトマトを数個もらったことがあります。 その人とは顔見知りでしたし、突っ返すのも気が引けるほど些細な賄賂だったので、そのままもらっておきました。

またプロパンガス関係の自営業をしている候補者が、自分の支持者に対して、プロパンガスの料金をある期間だけタダにするサービスを行っている、という噂を聞いたことがあります。 もしその噂が本当なら、これは「よほど悪どいこと」になりますが、残念ながらその候補者の地区はかなり離れているので、真偽のほどを確かめたことはありません。 もっとも区長会長をしていた時に、議員になったその人と付き合ったことがあります。 そして、この人ならそのくらいのことは平気でするだろうし、もっと悪どいことだってやりかねない、ということだけはわかりました。 実際、絵に描いたというよりも、マンガに描いたような悪徳政治家だったので、思わず笑ってしまいました。

それはともかく、以上のような方法で選挙費用の整理を行い、何とか選挙運動表収支報告書を作成し、締め切り前に町役場(選挙管理委員会)に提出することができました。 選挙運動表収支報告書を提出する時、町役場の担当者から内容について色々と 質問されます。 これは別に内容を疑っているわけではなく、基本的に確認のための質問なので、できるだけ正直に答えるようにします。 僕はあくまでも裏方なので、町役場には同行せず、後から首尾を聞きました。 その結果、特に問題なくすんなりと受け取ってもらえたということでしたので、まずは一安心しました。