玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

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出陣式が終わると、候補者のRさんと選対本部の幹部は地元の神社に必勝祈願のお参りに行きました。 Rさんや選対本部の幹部が神妙な顔付きで真剣にお参りしていたので、僕も形だけはそれにお付き合いしました。 でも本音をいえば、「困った時の神頼み」そのものという気がして、苦笑いしたいのを我慢していました。 しかし某神社と某神主さんのお陰で、お参りの礼儀作法だけはかなり上手になっていたので、傍目には非常に真剣にお参りしているように見えたと思います。 何しろ区長をやっていた時にも、氏子総代さん達から、

「まだ若いのに、お参りの作法が板についとるのぉ…!('o')」

と感心されたほどです。

神社の横にポスター掲示板があるので、お参りの帰りがけにポスターの掲示状況を見ておきました。 すると今回の立候補者は23名のはずが、まだポスターが貼られていない場所が3箇所ほどあったため、みんなで誰だろうとあれこれ憶測をめぐらしました。 その後、最終的には全てのポスターが貼られ、この時貼られていなかった候補者が判明しました。 そのうちの一人は最下位で落選した候補者であり、もう一人はダントツでトップ当選した元町長のCさん、そして最後の一人は僕の地区から一番離れた地区の候補者でした。 選挙結果がわかってからその時のことが話題になり、みんなで何となく納得したものです。

神社へのお参りが終わると、Rさんは運動員と一緒に街宣車に乗り込み、地区回りに出かけました。 その他のスタッフは事務所に詰めたり、票集めのために知り合いに会いにいったりしました。 立候補の申し込みが受理されると、選挙管理委員会から選挙の七つ道具が貸与されます。 その中に街頭演説用標旗が1本と、街頭演説用腕章が11個、そして乗車用腕章が4個あります。 選挙運動をする時は、常にこれらを持っていなければなりません。 候補者が名前入りのタスキを肩からかけていることがよくありますが、あれは実は公式のものではなく、この人が候補者であるという単なる非公式の目印にすぎません。 Rさんの場合は白地に黒で名前を染め抜いた、奥さん手作りのタスキをかけていました。

公式の目印は選挙管理委員会から貸与される街頭演説用標旗であり、これを持っていないと街頭で選挙運動をすることはできません。 また候補者と一緒に街頭で選挙運動をする運動員は、街頭演説用腕章を腕に付けていなければならず、街宣車に乗車する運動員は乗車用腕章を腕に付けていなければなりません。 このため、運動員の定員は11名+4名で15名ということになります。 もちろん運動員は適当に交代することができますが、一度に運動できる定員は15名が最高ということになります。 したがって事務所で運動員に提供できる食事は、1日あたり15×3食以内ということになっています。 これに対して、単純労働を行う労務者は何名いてもかまいません。 しかし報酬を支払うことのできる人数は、1日あたり7名以内ということになっています。

労務者は日額1万円以内、超過勤務手当てとして1日について日額の5割以内の報酬と、選挙運動のために使用した交通費の実費、そして宿泊代として食事料を含めずに1泊1万円を受け取ることができます。 また労務者以外の事務員は、日額1万円以内(超過勤務手当ては無し)の報酬を受け取ることができ、車上等運動員と手話通訳者は、日額1万5千円以内(超過勤務手当ては無し)の報酬を受け取ることができます。 ただし支給人数は、これら3種類の人達を合わせて1日7名以内であり、5日間の選挙期間中に35名を超えない人数に限って異なる人を届け出ることができます。 つまり報酬を支給できる7名の労務者は1日中同じ人であり、日が変われば別の人に交代しても良いということです。

それに対して運動員は原則としてボランティアであり、事務所で提供される弁当と茶菓子を除いて報酬を受け取ることはできません。 ただし実費弁償といって、選挙運動のために使用した交通費の実費、宿泊代として食事料2食分を含んで1泊1万2千円、弁当料として1食千円1日3千円、茶菓子料として1日5百円を受け取ることができます。 もちろん選挙事務所で弁当と茶菓子を提供された場合は、実費弁償を受け取ることはできませんし、1日15名以上の人が実費弁償を受け取ることもできません。

選挙期間は5日間で労務者が延べ35名、運動員が延べ75名ですから、選挙運動費用中の人件費はだいたい80〜90万円程度になります。 ちなみに選挙運動費用全体の限度額は、次のような式で計算されます。

選挙人名簿登録者数(有権者数)÷議員定数×1,120円+900,000円

今回の場合は次のようになり、だいたい250万円程度でした。

28,721名÷20名×1,120円+900,000円=2,508,376円

この式の最後の90万円が、労務者の報酬や運動員の食事料等の人件費に相当し、それより前の部分が、ポスターやハガキや個人演説会などの広告宣伝費関係に相当します。 つまり一人の候補者が平均して相手にする有権者一人あたり、だいたい1,120円の広告宣伝費を使うことができるというわけです。

こうして考えると、選挙運動費用の計算はけっこう単純です。 ただしこの計算どおりにいかないのが世の常人の常であり、選挙運動の難しいところです。 よく選挙違反になってしまうのが、運動員または労務者の人数制限または報酬額制限を、うっかりまたは意図的に──大部分はこっちですが…(^^;)──超えてしまうことです。 実際の選挙スタッフは、たいてい15+7名以上になります。 そしてその中で食事を提供する人と提供しない人を区別する、または報酬を支払う人と支払わない人を区別するのは難しいので、全員手弁当のボランティアか、それとも全員食事または報酬を提供するかのどちらかになりがちです。

今回の選挙では、僕の理想としてはスタッフは全員手弁当のボランティアにしたかったのですが、諸般の理由により、報酬は支払わないものの、公選法の制限範囲内で食事だけは提供することになりました。 公選法では、飲食物の提供について次のように決められています。

この規定をそのまま解釈すると、原則として食事は選挙事務所で提供し、やむを得ず選挙運動で外出する場合は弁当を携行してもかまわない、ということになります。 実際、選挙管理委員会の解釈はそのとおりでした。

しかし今回の選挙では、選挙事務所には沢山の来客が訪れることと、食事をするスペースが無いことから、Rさんの自宅を食堂代わりに利用しました。 これは厳密にいえば選挙違反ですし、選挙スタッフが入れ替われ立ち代り食事に来るので、食事をする人数や個数も客観的に把握できません。 そこで建前上は選挙事務所で携帯用弁当を用意し、それを各自が適当な場所で食べるということにしておき、弁当の数はあくまでも制限人数分にし、弁当の費用も制限範囲内にしました。 しかし弁当をもらえたスタッフが、仲の良いスタッフに弁当の味見をさせるのは見て見ぬふりをする、ということにしました。 田舎の選挙では食事を出さないと人が集まらないので、これは苦肉の策です。 こういった悪しき習慣は、次回の選挙までには無くさなければいけないと強く思いました。

さて、出陣式が終わった後も候補者を励ますための来客が多く、初日は地元のA地区を街宣車で回って立候補の挨拶をするだけで精一杯で、街頭演説やモモタロウは行いませんでした。 ただし電話作戦は初日から行いました。 電話作戦は事務所とは別の場所で行っていたため、僕は暇を見つけて状況把握に行きました。 電話作戦には僕のカミさんがスタッフとして入っていたので、カミさんに様子を尋ねたところ、女性ばかりなので井戸端会議をしながら、比較的のんびりと電話をかけているとのことでした。

こんな調子で初日はあっという間に時間が経ち、僕は一度も街宣車に乗れませんでした。 一応、事務局であり、事務所に詰めていることが主な仕事なので、それは仕方のないことでした。 しかし経験できることは全て経験しておこうと思っていたので、明日以後で何とかチャンスを見つけることにしました。

街頭で選挙運動をできる時間は、午前8時から午後8時と決められています。 事務所や演説会場ではそれ以外の時間も運動可能ですが、下手に運動して選挙違反になってしまってはマズイので、一応、全ての運動を午後8時で終わることにしてありました。 このため午後8時になると事務所で運動終了の挨拶を行い、幹部以外のスタッフは家に帰りました。 幹部はその後で反省会を行い、明日の予定を立てました。 初日の反省会では特に問題となるようなことはなく、出陣式が盛況だったことをみんなで喜び合いました。

こうして選挙初日は、てんやわんやのうちに何とか無事に終わりました。 でも、選挙はまだまだ始まったばかりです。