玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

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役員予定者の内諾がほぼ得られたので、僕とRさんは、会長予定のNさんと会計予定のDさんと相談しながら発起人会の準備を始めました。 まず最初に、発起人会で提案する予定の後援会の基本的な活動方針、後援会の構成、規約などの執行部案を作成しました。 基本方針は既に決めてあったとおり、

という少々気恥ずかしいほど理想主義的で、同時に住民にとっては有難迷惑なも のにしました。

そして選挙にはキャッチフレーズが必要ということを、Rさんは過去の経験から知っていて、次のようなメインキャッチフレーズとサブキャッチフレーズを既に考えていました。

これらはキャッチフレーズとしてはやや月並みであり、あまり「新しい」ものではないので、正直いって僕としては少々不満でした。 しかし奇をてらったものや、大風呂敷を広げた派手なものはこの土地に似つかわしくなく、この程度でちょうど適当だろうということで、これで行くことになりました。

実は、今まで選挙ポスターを見るたびに、どうしてこうも月並みで陳腐なキャッチフレーズばかりなんだろうと疑問に思っていました。 しかし実際に自分でキャッチフレーズを作ってみると、周囲の状況を考慮したり、後援会の人達の意見を聞いたりしているうちに、どうしても当たり障りのない、月並みなものになってしまうことがよくわかりました。 あまりに尖ったギャグは一部のマニアにしか受けず、一般大衆に受けるギャグはどうしてもベタなものになってしまうという法則が、選挙のキャッチフレーズにも当てはまるのです。 選挙はギャグ以上に大衆受けしなければならないので、これは当然といえば当然のことでしょう。

Rさんは、キャッチフレーズと一緒に次のような基本的な政策理念も考えていました。

キャッチフレーズと同様、政策理念もどうしても月並みで抽象的なものになってしまいがちですが、これも致し方のないところなので、これで行くことになりました。

さらに政策理念が抽象的なので、できるだけ具体的な政策を公約的なものとして掲げておいた方が良いということになりました。 これについては、僕が区長会長をしていた時に、住民から要望として出され、それについて町と県と国にかけあった土木事業の中で、できるだけ早期に実現するという内々の確約を貰ったものと、近いうちに実現できそうだという手ごたえを感じたもの、そして将来的には実現できそうだという感触を持ったものを掲げることにしました。 それは次のようなものです。

区長会長の時、これらの要望に対する現状と進捗状況について、定期的に住民に報告していました。 しかし内々の約束とか手ごたえといった公式ではない情報は、役員会の中だけに留めておいて、公式には報告していませんでした。 したがってこれらのことを公約に掲げるのは、いわば「インサイダー取引」に近いものがあります。 でもまあ、これくらいのことは元区長会長の役得でしょう。

実は、その時の町政で一番大きな問題は合併問題でした。 当時、日本の色々な市町村が合併問題でもめていました。 そしてT町もその例に漏れず、合併問題でもめにもめていました。 町長派が近隣の3町村との比較的小規模な合併を推進しているのに対して、反町長派は近隣の市を中心にした11市町村との大規模な合併を主張していました。 そしてさらに、共産党を中心にした革新系グループと少数の住民グループは、合併そのものに反対しているという、3もめ構造になっていたのです。 そしてその2年前の町長選挙の時、現町長は、

「合併の是非については、最終的には住民投票で決める」

ということを公約していました。

僕は区長会長の時に町の主要な会議に出席し、町役場が、普通の企業なら何度でも倒産しているほどの驚くべき放埓経営をしていて、それが町の財政難の主な原因であることを知りました。 原価意識がなく、費用対効果を計算せず、マーケットリサーチも顧客管理も顧客満足度調査もせず、まともな人事考課やリストラをせず、顧客であると同時に会社でいえば株主に相当する住民が、経営陣に相当する町政執行部や、社員に相当する町役場の役人よりも下に位置づけられる経営は、普通の企業では考えられないことです。

また町の役人、県の役人、国の役人とそれぞれ付き合ってみて、役場の規模が大きくなるほど住民から遊離して行政サービスが悪くなり、株主であるはずの住民を見下して、態度がデカクなることを痛感していました。 さらに役人の採用条件はコネが大半を占めていて、普通の会社ならばとっくの昔に飛ばされるか窓際族になっている無能力な人が、堂々と主要な役職に居座っていることと、業務効率がめったやたらと悪く、自分達の仕事をなくさないためだけの無意味な仕事──「仕事のための仕事」が多いことも知りました。凸(-"-)

このため財政難や役場の合理化を口実にしつつ、その実、政治的な勢力争いと権力保持が本当の目的で、財政的なツケを最終的に住民に回すような合併には大反対でした。 Rさんも、後援会をしていた町会議員から町政の内情を聞いていたため、基本的には僕と同じように合併には反対の立場でした。 しかし合併を推進している町長と県会議員の推薦をもらった手前、表立って合併反対とはいえません。 そこで薮蛇にならないように、合併問題についてはあえて何も触れず、もし合併問題について質問されたら、

「合併に関する情報を公開して住民の意見をよく聞き、住民の意見を最優先した方向に推進すべきだと思う。 町長も最終的には住民投票で決めると公約しているので、それが良いと思う」

という、まさに典型的な政治家答弁(^^;)をするということにしました。

次に具体的な数値目標を立てることにしました。 前回の町会議員選挙では、地元小学校区から5名が立候補しました。 その結果、Mさんが約550票、落選した新人候補のSさんが約450票、隣の地区のTさんが約850票、共産党の女性議員Jさんが約900票、そして隣の地区から立候補して落選したEさん(仮名)が約250票獲得しました。 したがって5名の候補者の獲得票を合計すると約3000票になり、当選ラインは約500票でした。 一方、地元小学校区の有権者数は約4500名、投票者数が約2700名(投票率約60%)であり、その中でMさんの地盤地区の有権者数は約2500名、投票者数が約1300名(投票率約52%)でした。

これらのデータと選挙経験者の話から、地元小学校区の票のほとんどは5名の候補者に投票され、MさんとSさんは地盤地区の票の約80%を分け合い、残りの20%の票が他の3名の候補者に流れたと推測されました。 今回の選挙でも、有権者数と投票率は大きく変わらないと考えられました。 そこで獲得票数の最低目標を600票にし、前回の選挙で他の3名の候補者に流れた票のうちの100票と、Sさんに投票された期待票のうちの100票を獲得することを目指して、目標獲得票数を800票にしました。

一般に、後援会の会員数は目標獲得票数の2倍程度が目安といわれています。 そこで後援会会員の目標数を1500名にし、この目標を実現するために、「草の根10倍運動」と名づけた次のような数値目標を掲げることにしました。

過去の例から考えると、はっきりいってこれはかなり高い数値目標です。 しかし目標は高くしておいた方が何かとやる気が出るので、これで行くことにしました。

数値目標の次に、おおよそのタイムスケジュールを決めました。 2節で説明した一般的な選挙活動のタイムスケジュールでは、選挙の半年前までに後援会を設立することになっています。 しかし僕等の選挙活動は半年ほど遅れてスタートしたため、選挙の3ヶ月ほど前になって、ようやく発起人会を開くところまでこぎつけたところです。 そこでこの差を少しでも縮めるべく、次のようなタイムスケジュールを立てました。

何しろ半年分以上の活動内容を3ヶ月に詰め込んだので、かなりきついスケジュールです。 能天気で楽観的な僕が見ても、わずか2ヶ月程度で1000名以上の会員を確保できるとはとても思えません。 しかし無い物ねだりをしたり、愚痴をいったりしても仕方がないので、有る物探しをしながら、突貫工事で何とかやり遂げるしかありません。 僕とRさんは、愛知万博の工事責任者もかくあらんというような、悲壮な決意をしました。