玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

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そうこうしているうちに2月になり、事務所開きの日がやってきました。 前日に都合のつく人だけで掃除と準備をしましたが、金曜日だったので僕は会社から帰ってから少しだけ準備を手伝いました。 事務所開きには、選挙対策本部の幹部と地区責任者が参加しました。 まず最初に神道の祭祀に倣って簡単な神棚のようなものを用意し、そこにお神酒と塩、そしてアタリメ(スルメ)を供えました。 そして事務長のCさんを先頭にして全員が選挙の必勝を祈願し、Cさん、後援会会長のNさん、そして候補者のRさんが簡単な挨拶をしました。 その後、事務所の内外をお神酒で清めて、事務所開き式は無事に終了しました。 Cさんは氏子総代を務めているので、礼拝の作法やお神酒で清める所作はけっこう板についています。

式が終わった後、RさんとCさんとNさん、そして現町会議員のMさんは事務所周辺の家に挨拶回りに行きました。 選挙事務所は人の出入りが激しく、選挙期間中はやたらと騒々しいので、あらかじめ周囲の家に挨拶しておく必要があるのです。 周囲の住人にとってはいい迷惑ですから、本来ならば菓子折りのひとつでも持って挨拶回りをすべきです。 しかしそれは明らかな選挙違反なので、さすがに手ぶらで挨拶回りに行きました。

Rさん達が挨拶回りをしている間、僕を含めて残ったスタッフは選挙事務所の整備をしていました。 事務所の設備と備品類は第1節で説明したようなものです。 今回の選挙事務所はMさんが選挙事務所として使っていた建物であり、その時に選挙スタッフをやった経験者が今回のスタッフの中にかなりいたので、準備は非常にスムーズに進みました。

前日にスタッフジャンパーを事務所に持ち込んでおいたため、選挙スタッフは早速スタッフジャンパーを着て作業を行いました。 スタッフジャンパーを着てみんなで作業をしていると、いかにも同志という感じがして、こういった体育会系のノリが嫌いな僕のようなへそ曲がりでさえ、何となく仲間意識がわいてきます。 そして事務所の周囲に紅白の幕を張り、事務所内に候補者のポスターを貼りまくると、今度はいかにも選挙事務所という感じがしてきます。 ちなみに、選挙事務所の外側に設置するポスターや立て看板の大きさと枚数には制限があります。 しかし周囲から見えない内側に設置するものについては制限が無いので、選挙事務所の内部にはこれでもかというぐらい隙間無くポスターを貼りまくります。

そのうちに町長と県会議員から、肩書きと氏名を書いた大きな垂れ幕——懸垂幕——が届きました。 町長と県会議員には、事務所開きの日時を知らせておいたのです。 そこで候補者であるRさんの垂れ幕を中央に、その2人の垂れ幕を左右に並べて事務所の正面に飾りました。 この垂れ幕は、Rさんがこの人達の後援を受けている、つまりこの人達と親分子分の関係であるというお墨付きであり、権威に弱い有権者が多い田舎の選挙では非常に効果があります。

またRさんを応援してくれる地方政界の大物や先輩議員から、必勝祈願の書が続々と届いたので、それらを事務所内に貼りまくりました。 必勝祈願の書は、「祈・必勝」と書かれたポスターくらいの大きさの書で、送り先である候補者名と、送り主の肩書きと氏名が書かれています。 これは、候補者がこの人達の応援を受けている、つまりこの人達の息がかかっているということを表すと同時に、「こうやって恩を売っておくので、俺の選挙の時にはしっかり恩返しをしてくれよ!」という意味を込めたものです。 これもやはり、権威に弱い有権者が多い田舎の選挙ではけっこう効果があります。 そしてたいていは多数の候補者に送るため、「祈・必勝」の文字と送り主の氏名は印刷してあり、後から送り先だけを書き入れるようになっているものが大半です。

今回はRさんの経歴と立候補の経緯を反映して、自民党の大物政治家や市会議員から必勝祈願の書が送られてくる一方、それらの政治家と敵対している革新系の大物政治家や市会議員、そして組合関係をバックにした地方政治家からも必勝祈願の書が送られてきました。 このため事務所内にはその人達の必勝祈願の書が並んで貼りまくられ、まさに呉越同舟といった感じでした。

これらの垂れ幕や必勝祈願の書は、ほとんどが秘書や後援会の人が持ってきてくれましたが、革新系の新人国会議員だけは本人が持参し、Rさんを激励してくれました。 その人は若くて行動力を売り物にしているので、わざわざ本人が持ってきてくれたのだと思いますが、やはり感激しました。 そしてその人の名刺を貰い、話をしてみたところけっこう話が合ったので、好印象を持ちました。 そのせいで、次の総選挙(2005年秋)ではその人に投票してしまいました。

さて、他のスタッフがそういった準備をしている間に、僕は主として事務処理関係の設備と備品を整え、コンピュータのセッティングを行いました。 コンピュータは僕が自宅で使っているノート型のものを持ち込み、小型のプリンターも持ち込んでそれを接続しました。 そして事務所に引いた選挙用電話回線と内蔵モデムを利用して、インターネットに接続できるようにセッティングしました。 町役場が運営している町の公式サイトに選挙速報が掲載されることになっていたので、それを閲覧しようと考えたのです。

こうして、その日のうちにほとんどの準備を整えることができ、選挙事務所を無事に開くことができました。 そしてこの日から選挙が終わって事務所をたたむまでの間、深夜以外は選挙対策本部の誰かがこの事務所に詰めていて、選挙スタッフは暇があれば事務所に顔を出すということになりました。 僕は、会社に行かない日は朝から晩まで事務所にいて、会社に行った日は、会社帰りにまず事務所に立ち寄り、それから家に帰って夕食を済ませ、また事務所に行って夜までそこにいるという生活になりました。 それは本当に大変でしたが、何となくクラブ活動をしているような感じで、それなりに充実した日々でもありました。

事務所開きの数日後の公示日の前日に、警察署で街宣車の事前審査を受けました。 その日は平日だったので僕は同行できず、会社から帰ってから選挙事務所で首尾を聞きました。 街宣車の責任者は参謀のGさんであり、ベテランの選挙プロですから、事前審査では全く問題なかったとのことでした。 その街宣車が事務所の駐車場に駐車してあったので、早速、見に行きました。

今回の街宣車はライトバンを使用した比較的簡単なもので、屋根の上に候補者の名前が書かれた箱型の看板のようなものを乗せ、その上にスピーカーを乗せただけのものでした。 国会議員などの選挙では、自動車の上で街頭演説ができるようにもっと大掛かりな街宣車を使います。 しかし町会議員のような小規模な選挙では、街頭演説よりも有権者ひとりひとりに歩いて挨拶する方が効果があるので、大掛かりな街宣車はほとんど使いません。 街宣車の中には第1節で説明した備品が入れられていて、すっかり準備万端整っていました。

さて明日は公示日、いよいよてんやわんやの選挙戦の始まりです…!p(^^;)