玄関小説とエッセイの部屋エッセイコーナー選挙四方山話

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最初の個人演説会の翌日、今度は別の地区で個人演説会がありました。 この日も平日のため、僕は前日と同じように駅の朝立ちをしてから会社に出勤しました。 そして夕方、会社から帰ると駅から選挙事務所に直行し、前日と同じようにスタッフが用意してくれたおにぎりを食べながら、個人演説会会場に自動車で送ってもらいました。 演説会場はその地区の公民館で、やはり20名程度しか入れないこじんまりとした建物です。 そしてやはり地区の住民が寄付金を集めて建てたものであり、その地区の神社の敷地内に建てられていて、神社の集会場を兼ねています。

その地区は、以前から現町会議員のMさんの地盤でした。 しかし隣の地区から立候補した現町会議員のTさんが、お互いに相手の地区には手を出さないという不文律を破って手を出したため、地区を半分に分けて、RさんとTさんの両方を応援することにしていました。 そのため個人演説会も、RさんとTさんの二人が別々の日に行うことになっていました。 その地区は戸数が少なくて、たった28軒しかありません。 これをきっちり14軒ずつに分けて、2人の候補者を均等に応援することにしていたのです。 僕は以前からその話を聞いていたので、個人演説会にはRさんを応援すると決めた14軒の家の人達しか出席しないと思っていたところ、律儀にもほぼ全ての家の人達が参加していました。

この日の個人演説会も内輪のこじんまりとした演説会なので、やはり適当に楽しみながら司会進行役をやりました。 個人演説会の式次第は前日とほとんど同じです。 ただこの日は前日と違って話の長い人がいなかったので、ウグイス嬢のまとめ役である女性幹部のUさんに、友人代表として応援演説をしてもらうように依頼しておきました。 そして僕の狙い通り、このUさんの演説が一番大受けしました。

個人演説会があった2日間、僕は会社に出勤していたので、昼間は選挙活動をしていませんでした。 そこで状況を把握するために、夜の反省会の時に幹部の人達に選挙活動の様子を色々と尋ねました。 その時に聞いた面白いエピソードを少し紹介しましょう。

2回目の個人演説会があった日の昼間、見かけないオジサンが、

「こちらの候補者を応援したいので、候補者に会わせて欲しい」

と選挙事務所にやってきました。 たまたまRさんが選挙事務所にいたので、Rさんが会ってみると、そのオジサンは、

「自分はある政治団体の代表で、100票ほどの票を自由に動かすことができる。 こちらの候補者の意見に共感したので、支援するためにその票を差し上げたい」

と申し出ました。 Rさんは戸惑いましたが、何か見返りを要求するわけでもないので、その申し出をありがたく受けようとしました。

そこに、たまたま参謀のGさんが選挙運動から戻ってきました。 するとGさんは、そのオジサンの顔を見るなり、血相を変えてそのオジサンを怒鳴りつけ、事務所からさっさと追い出してしまったのです。 Gさんの話では、そのオジサンは選挙プロの間では有名な選挙ゴロ、つまり選挙を利用してタカリをしようとするゴロツキだということでした。 色々な選挙事務所に顔を出して、同じような話をし、相手が申し出を受けてたまたま当選すると、後から大きな顔をしてやってきて、

「ここの議員は自分が当選させてやった!」

といって、酒や食事を振舞ってもらったり、お金を用立ててもらったりするのだそうです。

以前の選挙では、選挙事務所に来る人には誰でも食事や酒を振舞っていて、選挙と無関係な隣町の人までが事務所にやってきたそうです。 選挙事務所で食事や酒を振舞うのはれっきとした選挙違反ですから、今の選挙はそういったことをあまりしなくなりました(今でも、皆無になったわけでは決してありません(^^;))。 そこで、そのオジサンのような手を使って食事や酒をタカル人がたまにいるのだそうです。 しかしGさんの話では、そのオジサンはまだタチが良いほうであり、もっとあくどい選挙ゴロもいるそうです。 選挙は欲と金が渦巻くイベントなので、自然とそういった人間を引きつけるのでしょう。

選挙ゴロ以外にも、選挙事務所には色々とわけのわからない人間が出入りします。 例えば敵情視察のために、他の選挙陣営のスタッフが支持者のふりをしてやってきたりします。 実は僕等の陣営でも、他の陣営に顔を知られていないスタッフの人に敵情視察をやってもらいました。 この役目は面白そうなので、僕もやってみたかったのですが、僕はけっこう顔を知られていたので残念ながら断念しました。

また選挙違反の内偵のために、私服警官がこっそりやってきているという噂もありました。 Gさんの話によると、以前の選挙で警察の尋問を受けた時、選挙事務所でラーメンをすすっているところを写真にバッチリ取られていて、それについて色々と厳しく尋問されたそうです。 今回の選挙でもそれらしい人が来たとか、それらしい人が事務所に出入りする人を見張っていたとか、色々な噂がありました。 区長仲間の元警察官に聞いたところでは、やはりそれに類する行為をすることがあるとのことでした。

それから選挙運動の縄張りのことで、隣の地区の候補者Tさんの陣営とひと悶着あったということでした。 Tさんの陣営とは一種の同盟関係にあり、事前に話し合いをして、お互いに相手の縄張りでは選挙運動をしないと申し合わせてありました。 ところがTさんが、こちらの縄張りで夜間に個別訪問をしたというのです。 このあたりの地区は、今でも平気で戸別訪問が行われており、僕の家にも選挙のたびに地元候補者が戸別訪問にやってきました。 選挙期間中の戸別訪問はもちろん選挙違反です。 でもこのあたりの地区ではあまりに当たり前に行われているので、選挙違反と思っていない人がけっこういたりします。

Tさんは、前の選挙では僕の家に戸別訪問にやってきましたが、今回はさすがにやってきませんでした。 ところが少し離れた家には、やはり戸別訪問に来たということでした。 そこでGさんが隣の地区の選挙事務所に乗り込み、

「これは協定違反だ、そっちがその気なら、こっちもそちらの地元で選挙活動をするぞ!」

と文句をつけたのです。 相手の選挙参謀は、

「戸別訪問は候補者が勝手にやったことであり、選挙事務所のスタッフも候補者の勝手な行動に困っている。 候補者には二度とやらないように十分いい聞かせておくので、今回は許して欲しい」

と平謝りだったそうです。 実際、選挙運動はヤクザの縄張り争いとそっくりです。(^^;)

翌日の選挙最終日は土曜日だったため、僕は一日中選挙活動に参加しました。 そしてこの日の夜、地元A地区の公民館で最後の個人演説会を行いました。 この個人演説会は、式次第こそ今までの演説会と同じでしたが、応援弁士として町長と県会議員が駆けつけるという一番本格的なものでした。 そして会場も今までで一番大きく、200人ほどの収容能力がありました。 その会場ではいつも自治会の総会を行っていて、その時はだいたい100人ほど参加します。 また現町会議員のMさんの個人演説会では、いつも100〜150人ほど参加していたとのことでした。 そこで選挙スタッフは、満席になってくれればいいなぁという期待を込めて、200席分の椅子を用意しました。

ところがフタを空けてみると、予想以上に参加者が多く、演説会が始まる10分以上前に満席になり、その後も続々と参加者が押しかけてきました。 そこで急遽、倉庫に眠っていた予備の椅子を20席ほど出しましたが、それでも足らず、最後は立ち見が出るほどの盛況になりました。 この予想外の盛況ぶりに、僕は、Rさんに対する地元の人達の期待感をひしひしと感じ、あらためて責任の重さというものを実感しました。

予想外に参加者が多かったため、この演説会ではスタッフも挨拶する人もリキが入りまくり、事務長などは感激して泣き出さんばかりでした。 しかしへそ曲がりな僕はスタッフのリキと反比例するように肩の力が抜け、出陣式と同様に気楽に楽しんで司会をすることができました。

この演説会は最後の選挙活動であり、「最後のお願い」をする機会です。 このため、演出にも色々と工夫を凝らしました。 演説会の最後で、司会者の僕を除いて全ての選挙スタッフが舞台の前に並び、候補者と一緒に最後のお願いをし、参加者から支持とねぎらいの拍手をもらいました。 その後、数名のスタッフに付き添われたRさんと奥さんが会場から出て行くのを、参会者が拍手で見送りました。 そしてその二人は公民館の出口で待機していて、参加してくれた人ひとりひとりに御礼の挨拶と最後のお願いをしました。 これは、結婚式の披露宴で花嫁と花婿が行う演出とほとんど同じです。 以前、友人の披露宴の司会をした時に同じような演出をした経験があるので、参加者をそのように誘導しながら、「我ながらベタな演出だなぁ……」と内心は苦笑いでした。

会場に残ったスタッフは、参加者が全員出て行くまで、「ありがとうございました!」と「お願いします!」という挨拶を舞台の前から繰り返しました。 この時、大入り満員に感激したスタッフの多くは、感涙を浮かべて土下座をせんばかりに挨拶を繰り返していました。 これは、こうなることをある程度計算に入れた演出であり、司会の僕も、それを狙って参加者にねぎらいの拍手を要請したりしたのです。 この恥ずかしいほどベタな演出に、純朴なこの土地の人がやすやすと乗ってくれるので、自分で誘導しておきながら、内心は苦笑いの連続でした。(^^;)

こうして演説会は盛況のうちに終わり、選挙活動は全て終わりました。 演説会が予想外の盛況だったため、スタッフはかなりの手ごたえを感じていて、夜の反省会では威勢の良い言葉が飛び交っていましたし、どの顔にも充実感が漂っていました。 僕は他のスタッフほど選挙に入れ込んではいなかったものの、さすがにある程度の充実感を感じ、「人事を尽くして天命を待つ」といった気分になりました。