18世紀に、オーストリア生まれのフランツ・アントン・メスメル医師が行った独特の治療法で、彼自身が唱えた「動物磁気理論」に基づいています。 動物磁気理論とは「全ての生物は体の中に色も匂いもない磁気流体を持っていて、その流体の運動は生物の健康と成長に深い関係を持っている。 そしてその流体は太陽と月と惑星の運動の影響を受けている」というもので、「天体の運動が地球上の全ての生物の運命を司っている」という大昔からある迷信を、磁気とか電気とかいった近代的な言葉で言い替えたものです。
メスメルによれば、生体内で磁気流体の平衡がうまく保たれていると健康になり、平衡が崩れると病気になる、さらに磁気流体は生物の体に自由に出入りでき、光のようにレンズを使って集めたり、何かに蓄えておくこともできるということで、自分(メスメル)の体には磁気流体がいっぱい詰まっているから、それを病人の体に流し込むことによって、病気を治療することができると主張したのです。
メスメルは1778年にパリに行き、そこで動物磁気理論を応用した診療所を開きます。 治療に来た患者は、まず大きくて贅沢な装飾をした部屋に案内されます。 その部屋は窓に厚いカーテンがかかっていて、床に厚い絨毯が敷かれているため、ぼんやりと薄暗く、人が動き回っても足音がしません。 部屋の中央には大きな楕円形の木の桶が置かれていて、その中に水と砕いたガラスと鉄の削りくずが詰まっています。 桶には木の蓋がしてあり、その蓋のふちにそってたくさんの穴が開いています。 そしてその穴には鉄の棒がさしこまれ、その下にガラス瓶が置いてあります。
患者は助手に導かれてその鉄棒を握り、じっと立って待ちます。 やがてどこからともなく神秘的な音楽が流れてきて、香の香りが漂い始め、メスメル博士が長い絹の礼服を着込み、鉄の杖を持って現れます。 彼は患者ひとりひとりの前で立ち止まり、じっと目を見ながら病状を尋ね、杖で患部に触れて「治療」を加えていきます。 彼の杖に触れられた患者の多くはしびれを感じたり、けいれんを起こしたり、笑ったり泣いたり絶叫したりと、激しい心身の反応を起こします。 そして、この治療によって病気が治ったと言い張るのです。
メスメルの治療法は大評判となり、彼はパリの上流社会で大変な人気者になります。 しかし当時の医学界では賛否両論の嵐が巻き起こり、多くの医者がメスメリズムをめぐって議論を戦わせました。 そして1784年、ついにフランス国王ルイ16世の命により、メスメリズムを科学的に調査するための委員会が組織され、委員長にはイギリスから独立を勝ち取ったばかりのアメリカ植民地の代表、ベンジャミン・フランクリンが任命されます。 当時、たまたまフランスに滞在していたフランリンは、凧による雷の実験でも有名なように、電気と磁気専門の科学者としても世界的に名を知られていて、動物磁気の調査委員会を指導するのにうってつけの人物だったのです。
詳しい調査と実験の結果、メスメリズムの効果は患者が動物磁気の存在を信じている時だけ現れ、それ以外では現れないことが明らかになりました。 例えば患者に目隠しをして、メスメルが磁気を帯びさせたと主張する杖で触れた場合、「磁気を帯びた杖を使う」と宣言してから触れると、それが本物の杖ではなく、どんなものでも患者は反応しましたし、「普通の杖を使う」と宣言してから触れると、たとえ本物の杖を使っても患者は全く反応しませんでした。 それらの調査結果から、委員会は「動物磁気の存在を裏付ける証拠はひとつもなく、メスメリズムは有益な効果を持たない。 治療を受けた患者に観察された効果は、主として想像上の興奮によるものである」との結論に達し、メスメリズムを公式に否定しました。
その後、20世紀になり、メスメリズムに近代科学の光が当てられます。 その結果、メスメリズムの本質は自己暗示と催眠現象に他ならず、メスメルはそれと気付かずに現代医学で言う「プラセボ効果」と「催眠療法」を行っていたことが明らかになりました。 プラセボ効果と催眠療法は近代科学によって確立された理論で、精神神経医学分野を始め色々な医学分野で日常的に応用されています。
メスメルについてはとんでもないペテン師であったという説と、理論は間違っていたが真面目な医者であったという説とがあり、一般には前者の説の方が有力と思われています。 しかしながらマッドサイエンティスト愛好家の僕としては、多少山師的な傾向も持っていたものの、彼は本質的にはマッドサイエンティストに他ならなかったと考えたいところです。
ちなみに当時の調査委員会によって否定され、近代科学によって本質が解明されたメスメリズムですが、例によって大衆の間ではその後も廃ることなく生き延びます。 メスメルのすぐ後には、彼の影響を受けたアメリカのエライシャ・パーキンズ博士が「動物電気理論」を唱え、それを応用した「トラクター治療器」によって大儲けをします。 また20世紀になると、メスメルと同じオーストリア生まれのウィルヘルム・ライヒ博士が、動物磁気の影響を受けたと思われる「オルゴン理論」を提唱し、それを応用した「オルゴン・エネルギー蓄積器」を発明して病人の治療を行います。
そして現代の日本でも、気功術や磁気リングや水晶ネックレスなど、本質的にメスメリズムと同じ原理の色々な民間療法が相変わらず次々と流行を繰り返しているのです。
オーストリア生まれの精神科医兼マッドサイエンティスト、ウィルヘルム・ライヒが提唱した、超自然的生命エネルギー「オルゴン・エネルギー」に関する理論です。
若かりし頃のライヒはフロイト学派に属する精神分析医で、フロイトの伝統にのっとり、性衝動(リビドー)、特にオルガスムを中心にすえた精神分析の分野で卓抜した研究をしていました。 ところが1930年代の末、性的エネルギーの研究に関連して、「オルゴン・エネルギー」の存在を発見した(と思い込んだ)ことから彼の人生は大きく転回します。 彼はこの発見をコペルニクス革命に匹敵するほど重要なものと考え、それ以後は自分を精神科医というよりも、生物物理学者とみなすようになります。 そして思う存分研究に打ち込むために、反対者の多かったヨーロッパから逃れ、自由の国アメリカに移住します。
ライヒによれば、オルゴン・エネルギーとは自然界のあらゆるものに浸透している非電磁的な力で、生命力の基礎となるエネルギーです。 それは青い色をしていて、空や海の青さは青い光の乱反射によるものではなく、オルゴンのせいだということです。
人間ではオルゴンは性エネルギーの元となっていて、それはフロイトの言うイド(無意識領域での精神活動)が性エネルギー的な実体となったものと考えられます。 またそれは性交の最中には性器に集中し、オルガスムと共にまた全身に流れ戻ります。 さらにオルゴンは呼吸によって赤血球に充電され、生命力の源となります。 ライヒはオルゴンを吸収すると赤血球が青くかすかに光る現象を、顕微鏡によって観察したと主張しています。 また詳しい原理の説明はありませんが、オルゴン・エネルギーをガイガー計数管で測定したとも言っています。
1940年代になると、彼はオルゴンを利用した医学的治療箱「オルゴン・エネルギー蓄積器」を発明し、医療事業に乗り出します。 それは内側には鉄板を、外側には有機材料を張った電話ボックスのようなもので、その中に入ってじっと座っているとオルゴンを吸収することができ、色々な病気に効果があると彼は主張しています。
当然のことながら、オルゴン理論はまともな学界からは無視され、良心的な科学者から反論されましたが、ライヒは彼らを辛辣に批評し、反論の反論としてオルゴン理論をますます壮大なものにしていきました。 彼によれば万有引力と原子力の根本原理、物質と大宇宙の起源、空間と時間の秘密など、ありとあらゆる自然現象をオルゴン理論によって説明することが可能となります。 そしてその著書「聞け小人よ!」の中で、世の中の”小人たち”に何と言われようと、「私はお前に生命と宇宙的本性の無限に広大な分野の秘密を暴いて見せた。 これが私の偉大なお返しだ!」と叫んでいます。
1950年代になって、ついにFDA(アメリカ食品医薬局、日本の厚生省に相当)がオルゴン蓄積器の調査に乗り出します。 FDAの依頼を受けた専門の科学者達が慎重に厳密な試験をした結果、「オルゴン・エネルギーなるものは存在せず、同器は医療上有害無益」との結論が得られ、ライヒは連邦裁判所に逮捕されてしまいます。
オルゴン理論は典型的な疑似科学で、ライヒは典型的なマッドサイエンティストと言えます。 マッドサイエンティストには多かれ少なかれパラノイア(偏執狂)の傾向があり、次のような特徴を持っています。
以前はニュートンと万有引力の法則が最高の標的でしたが、 現在はアインシュタインと相対性理論がそれに代わっています。
これは精神分裂症患者の「ネオロギズム(新語。 患者にとってしか意味のない、チンプンカンプンな造語)」と呼ばれる症状と似たところがあります。
マッドサイエンティストは似非科学者や本物のペテン師とは違って、本質的には好奇心に溢れた誠実な人間であり、他人に迷惑さえかけなければ、本来は愛すべき人々です。 ライヒも、オルゴン蓄積器などを作って医療事業に乗り出しさえしなければ告発されることもなかっただろうにと、少々気の毒な気がします。 時代的に考えて無理なことはわかっていますが、彼がプラセボ効果というものを知らなかったのは本当に残念なことです。