ドイツの気象学者、アルフレッド・ウェゲナーが唱えた説で、「太古の地球には1つの巨大な大陸(パンゲア大陸)しかなく、それが古生代の末期(約2億年前)に分裂し、地球の表面を移動して行って、新生代の末期(約2千万年前)にほぼ現在の姿になった」というものです。
1910年頃、何気なく世界地図を見ていたウェゲナーは、ふと諸大陸の形がちょうどジグゾーパズルのように、ぴったりと1つにはまり合うことに気付きました。 私事で恐縮ですが、僕も子供の頃、学校の壁に張ってあった世界地図を見ていて、アフリカ大陸と南アメリカ大陸の海岸線が不思議なほどぴったりとはまり合うことに気付き、奇妙な興味を持ったことをぼんやりと覚えています。 凡人の僕と違って鋭い勘の持ち主だったウェゲナーは、「ひょっとしたら、大昔は地球上には1つの大陸しかなくて、ある時それが分裂したのではないだろうか?」と考えたのです。
これだけなら単なるファンタスティックな思いつきの域を出ず、せいぜいSF小説のネタになるくらいが関の山でしたが、彼の非凡なところは、忍耐強く地道な努力によって、その単なる思いつきを洞察力に富んだ魅力的な学説にまで育て上げたところです。 (関の山とは言うものの、ウェゲナーの時代にそんな奇抜なアイデアによるSF小説が出現していたとしたら、それはまさしく驚嘆すべきことで、「日本沈没」の作者・小松左京も真青になって最敬礼することでしょう。 ウェゲナーが科学一筋の真面目な学者であり、生化学者アイザック・アシモフや理論物理学者フレッド・ホイルのように、SF作家を兼ねていなかったことは、SF界にとってはなはだ残念なことだと言わねばなりません)
専門の気象学以外にも、地質学、古生物学等、その当時の最先端の知識を漁り求め、ありとあらゆるデータを積み重ねて、とうとう自説を確信するに至った彼は、1915年、今や古典となった名著「大陸と海洋の起源」(講談社学術文庫)を刊行し、大陸移動説を提唱して地学学界に大きな衝撃を与えたのです。 80年近くも前に、現在の地球物理学の発展形態をそのままたったひとりで先取りした、まさに「地球物理学の祖」と呼ぶにふさわしい人物と言えましょう。
しかしウェゲナーの大陸移動説は、異端の説として当時の地学学界から猛烈な反論や非難を浴び、特に大陸移動の原動力が不明であるという致命的な欠陥を突かれ、やがて”まっとうな”学者からは見放されてしまいます。 さすがのウェゲナーにとっても、”動かぬこと大地のごとき”大陸を動かすのは容易なことでなく、また当時の科学知識だけでは、いかな天才といえどもその原動力を解明するのは不可能に近いことだったのです。 保守的な周囲の反発にあって、孤立無援の闘いを強いられることは、いつの時代でも、またどんな分野でも先駆者たる人が一度は辿らねばならないイバラの道です。
ところが1950年代の末になって、古地磁気学や海洋底地学の発達により、大陸移動説は劇的な復活をとげます。 そしてウェゲナーの切り開いた道を若く優秀な研究者達が次々と拡張し、整備して、大陸移動説は近代的なプレート・テクトニクス理論として生まれ変り、現在の固体地球科学へと急速に発展してきました。 この地学革命と言ってもよいような画期的な出来事を、自身もその渦中にあった上田誠也氏が、「新しい地球観」(岩波新書)という著書に臨場感あふれる筆致で書いています。 興味のある方は、知的興奮を誘うこの本をぜひ読んでみてください。
イギリスの物理学者ブラッケットが行った実験で、自説を否定する結果が出たのにもかかわらず、その結果をきちんと発表したことで有名です。 地磁気の原理がまだ不明であった1940年代に、既に物理学者として数々の業績をあげていたブラッケットが、「地球のような巨大な物体が自転すれば、必然的に1つの磁石になる」という学説を提唱しました。 その学説によれば、その原理は、当時の物理学では発見されていない種類の新しい力によるもので、もしその説が正しければ、地磁気だけでなく宇宙で特別に強い磁気を放出している恒星についても、統一的に説明することが可能だとされていました。
彼は自説の検証のために恐ろしく精密な磁力計を開発して、精力的に実験を行いましたが、必死の努力も空しく結果は否定的でした。 しかし、この古武士(イギリスですから「古騎士」というべきでしょうか?)の趣ある老学者は、その否定的結論をきちんと論文にまとめ、「否定的実験」と題して発表したのです。 自説に自信を持ちながらも、実験データを曲解することなく、公平無私な目で眺めて、冷静に適確な科学的判定を下し、科学のためにあえて結果を発表したこのブラッケットの態度は、科学者として当然と言えば当然の態度ですが、我々俗人にはなまなかなことではまねできない、粋な態度と言えましょう。
この話には印象的な後日談があります。 ブラッケットがこの実験のために開発した超高感度の磁力計は、岩石の残留磁気の測定に流用され、古地磁気学の発達に大いに貢献しました。 そしてその結果として、前項で話題にしました大陸移動説の復活に間接的なきっかけを与えることとなったのです。
色々な試験や実験では、だいたいにおいて期待どおりの結果が出るものよりも、期待はずれの結果が出るものの方が多く、それらはネガティブデータとして日の目を見ないことが多いものです(某業界では「社内資料」と呼ばれます。(^^;))。 しかし、ポジティブデータよりもネガティブデータの方が参考になることがしばしばあり、ネガティブといえども決しておろそかにはできません。 研究者たるもの、すべからくブラッケットの態度を見習いたいものです。