「ピタゴラスの定理」で有名なピタゴラス(紀元前572年〜492年)を教祖とする、数学的・哲学的・宗教的・政治的結社で、「万物は数である」という主張を中心教義としていました。 ピタゴラスはマッドサイエンティストの元祖のような人で、そのためピタゴラス教団も高尚な数学や哲学を研究するかと思えば、宗教的な儀式を行ったり、政治に口を出したりと、かなり矛盾した集団でした。
ピタゴラス教団ではそこで教わったことや発見されたことを教団外に口外することは固く禁じられていて、発見されたことは全て教祖であるピタゴラスの発見とされました。 しかも記録類を一切残さなかったものですから、ピタゴラスの色々な数学上の業績が本当にピタゴラス本人によるものかどうかは、実はあまり確かではありません。
ピタゴラスの定理を証明したピタゴラスは、
「このすばらしい定理を思い付き、その証明に成功したのは、いつも自分を激励し、守って下さっている学芸の神ムーサのお陰である」
と言って、この神に生け贄として牛100頭を奉納したと伝えられています。 しかし、ピタゴラス教団の人達は霊魂の輪廻を信じていたため、動物の殺生を禁じ、厳格な菜食主義を守っていましたから、この伝説は眉つばだと言う人もいます。 イギリスの数学者ドジスン(「不思議の国のアリス」の作者ルイス・キャロルの本名)も、「100頭もの牛を生け贄にしたら、その牛肉の始末に困ってしまっただろう」と、彼らしいユーモラスで皮肉な疑問を投げかけています。
またピタゴラス教団の人達は厳格な菜食主義者でしたが、豆だけは食べようとしませんでした。 なぜなら彼等は、人が死ぬと霊魂は一旦豆に入り、次の転生先の準備ができるまで、しばらくそこに留まっていると考えたからです。

ピタゴラス教団の矛盾の最たるものは、皮肉なことにピタゴラスが最も自慢したピタゴラスの定理に潜んでいました。 1辺の長さを1とする正方形では、その対角線の長さはピタゴラスの定理から√2となります。 この√2という数字が(整数/整数)という分数の形では表せない「無理数」であることを、ピタゴラスの弟子が証明してしまったのです。 このことは「万物は数である」という中心教義を真っ向から否定することであり、ピタゴラス教団の内部に大きな衝撃を引き起こしました。
一説では、無理数を発見した弟子は海につき落とされて溺死したとも、崖からつき落とされたとも言われています。
この説の真偽のほどは定かではありませんが、教団が無理数の秘密をひた隠しに隠そうとしたことは確かです。
しかしこの秘密は次第に外部に知られるようになり、やがて教団が崩壊する一因にもなっていったのです。
√2が有理数と仮定すると、共通因子のない整数pとqを用いて、
| √2= | b ─ q |
と表すことができる。この式の両辺を平方して整理すると、
となるからp2は偶数ということになる。 平方して偶数になる整数は偶数だけだから、pも偶数でなければならない。 すると例えば整数rを用いて、
と表すことができる。これを上の式に代入して、
となり、qもまた偶数ということになる。 pもqも偶数ということは、「共通因子のない整数pとq」という仮定に反する。 したがって√2は共通因子のない整数pとqの比で表すことはできず、有理数ではないことになる。(証明終わり)
数学的には「螺線(ラセン、spiral)」といい、極座標(r,θ)表示による方程式r=f(θ)において、fがθの単調関数になるような曲線のことです。 代表的な渦巻線として、自然界でよく見かける「対数ラセン」があります。 対数ラセンは、
という方程式で表される曲線で、渦の中心から放射線状に引いた直線に対して常に一定の角度で交わりますので、「等角ラセン」とも呼ばれます。 具体的には、円錐形の山を斜面に対して一定の勾配を保ちながら登った(または降りた)時の軌跡を真上から見ると、対数ラセンになります。 巻き貝の渦、台風の渦、渦状銀河(銀河系のように渦状になった銀河のこと)の渦など、自然界に存在する多くの渦巻線がこの対数ラセンです。
このラセンは拡大しても縮小しても元のラセンと重ね合わせることができ、フラクタルに通じるような「自己相似性」を持っています。 この性質が無限に成長するものを暗示しているように感じられるせいか、対数ラセンは別名「永遠の曲線」と呼ばれることもあります。
微積分に大きな貢献をした数学者のベルヌーイは、この対数ラセンを非常に気に入っていて、生前、自分の墓石には対数ラセンと、”Eadem resurgo(私は元どおり復活する)”という言葉を彫り込んで欲しい、と遺言したそうです。 ところがベルヌーイが死に、墓石を作る時になって、数学をよく知らない石屋が、対数ラセンではなく「アルキメデスの渦巻線」を彫り込んでしまったのです。
アルキメデスの渦巻線は、
という方程式で表される曲線で、一定の速さで回転している円盤の中心から、一定の速さで遠ざかって行った時の軌跡(例えばレコード盤の溝)が、このラセンになります。 こうしてせっかくのベルヌーイの遺言も完璧には果たされず、そのせいかどうか、ベルヌーイが墓場から復活したという噂はいまだに聞かれません。
SF作家アイザック・アシモフが提唱した、SFに登場するロボットが従うべき行動原理で、次のような内容です。
アシモフはロボット物を得意としていて、この三原則をメインテーマとした連作短編集「われはロボット」および「ロボットの時代」、忘れがたいロボット刑事R・ダニール・オリヴォーが活躍するSFミステリー、「鋼鉄都市」および「はだかの太陽」などの傑作を発表しています。(作品はすべて早川書房)
「われはロボット」以後のロボット物は、他の作者の作品でも多かれ少なかれこの三原則の影響を受けています。 例えば手塚治虫のマンガ「鉄腕アトム」でも、「ロボット法」という形で取り入れられています。 しかしアトム自身の行動原理はこの三原則ではなく、むしろマハトマ・ガンディー翁の無抵抗主義を基盤にしていると、手塚治虫は語っています。 論理的でミステリータッチの「われはロボット」と、人間的でハートフルな「鉄腕アトム」との違いは、そのあたりにも原因があるのでしょう。
またもっとうがった見方をすれば、ロボットに対する考え方そのものが、欧米と日本では根本的に異なっているような気もします。 論理的な欧米では、ロボットをあくまでも人間に奉仕する機械にすぎない、と割り切って考えることが多いのに対し、森羅万象に八百万(やおよろず)の神を認める日本では、人間に対すると同じようにロボットに感情移入し、友達として考えることが多いのではないでしょうか?
アシモフのロボット物の中で僕が一番感動した作品が、「バイセンテニアル・マン(二百周年を迎えた男)」(短編集『聖者の行進』より、創元推理文庫)であったことも、そのことと無関係ではないように思います。 「バイセンテニアル・マン」は、ロボット三原則を乗り越え、人間らしくなることを切に望んだロボットの物語で、アシモフのロボット物とは思えないほど情緒たっぷりです。
アシモフのロボット工学三原則はかなり抽象的ですので、ロボットに限らず、もっと広く「テクノロジー三原則」とも、「サービス業三原則」ともとらえることができます。 そして、そこが作品を発想する上でのミソともなっています。 ちなみに「テクノロジー評価規準三項目」として、次のような項目が挙げられることがあります。
例えば自動車は作動原理が人間とは異なっていますので、人間との相性も、人間の住んでいる環境との相性もいまひとつ良くありません。 操作を覚えるのが難しく、特別な運転免許を必要としますし、地表をコンクリートで固め、人間の住む自然環境をガラリと変えてしまわなければ、性能を十分に発揮することができないのです。 この意味で、自動車はまだまだ未完成なテクノロジーと言えるでしょう。
コンピュータも作動原理が人間とはまったく異なっているため、人間との相性も、環境との相性もあまり良くないテクノロジーです。 しかしコンピュータはまだまだ発展途上であり、人間や人間の住む環境との相性を良くするような方向には向かっているようです。 将来的には、誰でもが体の一部であるかのようにコンピュータを使いこなすことができ、電話よりも気軽にコンピュータ通信ができるようになってくれたら、きっと便利で楽しいことでしょう。